『働く女性に贈る27通の手紙』Web往復書簡

夫婦間の“産まない選択”は、子育てと等しく豊かな時間に:『働く女性に贈る27通の手紙』トークイベント

小説家の小手鞠るいさんと、ライターや編集者として活動する望月衿子さんによる著書『働く女性に贈る27通の手紙』の出版から1年を記念して開催されたイベントの模様をお届けします。

前回は「結婚」をテーマにお二人が意見を交わしました。続いてのテーマは「出産」です。

小手鞠るい(こでまり・るい)

1956年生まれ。アメリカの東のほう在住。出版社の編集職、学習塾の講師、書店でのアルバイト、出版社の営業事務職などを経て、渡米後、小説家に。「書けるものならなんでも書く」をモットーにして書いている。手紙が大好き。恋愛小説、歴史小説、エッセイ集、児童書など多数。好きな動物はライオンとパンダ。

望月衿子(もちづき・えりこ)

1978年生まれ。東京の西のほう在住。出版社で雑誌編集を経て、独立。女性誌を中心に編集に携わった後、男女問わず生き方や働き方をテーマに取材執筆する。ライフエッセイや実用書のブックライティング実績多数。日頃のノンフィクション系執筆は「望月衿子」とは別名で活動中。好きな動物は猫と熱帯魚。

「産む人生、産まない人生どちらも最高」──進んだ道の味わい深さを知る

Web連載の第2回「子どもを持つ選択、持たない選択」をテーマにした往復書簡の中で、小手鞠さんは次のように書いています。

“子どものいる人生、いない人生、まったく同じくらい素晴らしいのだと、私はそう信じています”

こうした意見に、読者からは「子どもを持つという選択ができなかった私は本当に救われた思いです」との感想も。これに望月さんも共感を示します。

望月衿子さん

望月衿子さん(以下、望月)「小手鞠さんが、連載の中ではっきりと言ってくれたんですよね。『産まない人生最高。産んだ人生も最高』って。

それぞれがどちらにも苦労があって、だからこその幸せもある。

確かに、出産は女性の大きな分岐点ではありますが、結婚と同じように、いろいろな巡り合わせや、ちょっとしたきっかけの差でしかないのかなと思うんです。

小手鞠さんと話していると、その時々で、自分が進んだその道の味わい深さを知ろうとする姿勢が大切なんだろうなと感じます」

小手鞠るいさん(以下、小手鞠)「私には子どもがいません。でも、子どもっていいものだなと思いますし、そういう気持ちを持って児童書を書きます。

子どもがいないからといって、子どものことがわからないわけじゃないし、むしろ“わが子”がいないだけに、子ども全てが大事なものに思えることだってあります。

だから、産まない人にも子どもへの愛情はさまざま違った形であるわけです。

それに、子どもがいないからこそ、私はいまだに親の視点で物事を考えることはできません。常に自分が子どもなんです。それも面白いなって。

ただ、もちろん子どもがいないゆえの厳しさも感じます。仕事がうまくいかなくて落ち込んでいる時、『お母さんお腹が空いたよ』と言ってくれる子どもがいないこと。すべてが自分の責任であるという逃げ道のない苦しさはたくさんあると思います」

「産まない」選択をマイナスに捉える女性たち

ここまでのお話に、参加者からも感想が寄せられます。会場にいた42歳の女性は婦人科系の病を患い、子どもができにくい体質になったと話します。40歳で結婚した彼女は、旦那さんと話し合った結果、二人の時間を大切にするために子どもをつくらない、という選択をしました。

しかし、その後も周囲からは「まだ間に合うよ」「諦めなくてもいいんじゃないか」といった言葉をかけられ、辛い思いをしたことを告白。

「子どもを産まないこと」に対する周囲のこうした見方に対して、小手鞠さんは「女性自身の考え方」への違和感を語ります。

小手鞠「子どもがいないことをマイナスと捉えている人が多すぎる気がします。

まず、私たち女性がそうした考えを改めていかないと。私も30代の頃はよく『子どもはまだ?』と聞かれたものですが、聞いてくるのはいつも決まって女性でした。

説明が面倒なので、『子どもは苦手なの』と言うと鬼の首を取ったように『自分の子どもを産めばわかるのよ』って言われるし、『ハーフなんだからかわいいに決まってるじゃない』なんてことも言われました。そのたびに、辛かったのを覚えています。

まずは、女性から意識を変えていきましょう。子どもがいないことはなんらマイナスではないんです。

世間やマスコミがどう言っていても、自分はどうありたいのかを考えて選択すればいいことだと思います。

衿子さんは子どもを産む人生を選択していますが、どう感じますか?」

「子どもを産まない選択」「子どもを育てる選択」夫婦が向き合えば等しく豊かな時間に

望月「質問してくれた彼女は、ご夫婦で話し合い、納得感を持って『私たちの選択』を決めたわけですよね。このことは、きっと夫婦の豊かな時間になっていると思うんです。

そしてこれは、子どもを授かり育てる過程で、夫婦が共に『子どもを育てる』という一つの共通テーマに向き合うことと同じことだと感じました。

夫婦にとってのスタイルの選択に対して、一つの考えをお互いが共有することが大切なんですよね。結婚や出産につきまとう社会通念をもう一度改めて疑ってみる必要がありますね」

会社の中で起こる「産休/育休問題」

ここまでのトークで、子どもを産む、産まないというテーマについて、夫婦間の選択、という視点から考えを深めてきました。

一方で、出産には社会における実務的な課題も存在します。話題は、「産休で仕事を引き継ぐことへの不安」に移りました。

望月「産休によって職場に迷惑をかけてしまうのではないか......といった不安の声は取材などを通して私もよく耳にします。でも、それを言い出したら環境はこの先もずっと変わりません。

産休に限らず、職場の頼れる人が突然辞めてしまった、異動になってしまったというのはよくあることです。でもその時々で、組織はアメーバのように形を変え、補い合いながら前に進んでいきます。そしてその過程で、段々とみんなが働きやすくなるような環境が作られていくんじゃないかと思います」

小手鞠「まさに衿子さんが言う通りです。

出産や育児の影響で復帰を許さないような会社とはいかがなものか、と思います。大切な財産である子どもを産んで、もしかしたらこれからもっと良い仕事ができるかもしれない女性たちを失う会社があるのだとしたら、情けない限りです。

そしてこうした話を聞くたびにもう一つ思うのは、『男性から育児の楽しみを奪っていいのか』ということです。子どもの成長を間近で見ることはとても素晴らしいことで、男性にとっても父親になる喜びがあるはずです。

会社としての成長を優先し、極端な言い方をすれば、そうした権利を奪い取ってしまう会社の体制は、アメリカに住む私から見ていて、非常に疑問に思ってしまいます」

つい仕事を抱えてしまうあなたへ

続けて、小手鞠さんは、女性が権利を主張する際の具体的なアプローチに言及します。

小手鞠「権利を主張する際には、ただの感情論や愚痴ではなく、実際に何が問題なのか、それをどう変えていくべきなのかを冷静に伝えることが重要です。

私がおすすめするのは文章にすることです。

状況を客観的に見つめ直したり、その材料となる資料を揃えたりすることで、自分自身を冷静に見ることができますし、なにか理不尽なことがあった時には、それを示すことで反論もできます。

望月「会社の中で、引き継ぎなどの制度が整いきっていないことが不安を引き起こしているのだと思います。

ここで問われているのは、安心して引き継ぎができるような先進的な事例になろうとする覚悟なのではないでしょうか。

特に専門的なスキルを求められる職業の場合、ついつい自分で仕事を抱えてしまいたくなる気持ちはわかります。ブランクを抱えて戻ってきた時、自分の居場所があるのかしら、という不安も想像できます。私自身にもそういう経験がありました。

でもきっと、その人がいなくても滞りなく仕事や組織が回ることは、むしろ素晴らしい評価につながるはずです。

もちろん、人間関係やそれに伴う罪悪感などが絡み合うデリケートな問題ですから、そうきっぱり割り切れるものではないかもしれません。そんな時は、さっき小手鞠さんが言っていたように、文字にして、整理してみるのも良いかもしれませんね」

冒頭で紹介したようにWeb連載の中で、小手鞠さんはこのように言いました。

“子どものいる人生、いない人生、まったく同じくらい素晴らしいのだと、私はそう信じています”

しかし、これには続きがあります。

“ただし、それぞれの選択をした女性たちが、悔いなく、それぞれの人生を生き切ることによってのみ、素晴らしくなる”

選択自体に正解がないからこそ、それぞれの選択をする前に納得いくまで考え、選択したなら、そこに向き合い続けること。二人のお話からは、そうした姿勢の重要性を感じさせられます。

Profile

小手鞠るい Rui Kodemari

1956年生まれ。アメリカの東のほう在住。出版社の編集職、学習塾の講師、書店でのアルバイト、出版社の営業事務職などを経て、渡米後、小説家に。「書けるものならなんでも書く」をモットーにして書いている。手紙が大好き。恋愛小説、歴史小説、エッセイ集、児童書など多数。好きな動物はライオンとパンダ。

望月衿子 Eriko Mochizuki

1978年生まれ。東京の西のほう在住。出版社で雑誌編集を経て、独立。女性誌を中心に編集に携わった後、男女問わず生き方や働き方をテーマに取材執筆する。ライフエッセイや実用書のブックライティング実績多数。日頃のノンフィクション系執筆は「望月衿子」とは別名で活動中。好きな動物は猫と熱帯魚。

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