注目作家や著名人に最新作やおすすめ本などを聞く『honto+インタビュー』。
今回は、最新作『あなたの愛人の名前は』刊行を記念して島本理生さんが登場。
いろんな生き方や考え方が自分の中に流れ込んでくる。それが小説の楽しさです
17歳にして『シルエット』でデビュー以来、発表する小説がつねに注目されてきた島本理生さん。このたび上梓した『あなたの愛人の名前は』は、さてどんな一冊か。教えていただきました。
人と人との関係や感情の揺れ動きを、これほどていねいにすくい取って描き出してくれる作家もまたとない。そんな意をますます強めたくなるのが新刊『あなたの愛人の名前は』です。
6つの短編から成り、どの作品も男女間の関係の機微が書かれていて、読む者の胸をえぐります。
「わかる! そういう気持ち、私も知ってる」。読み進めていると、あちこちのページを開きながら、そう深く頷くことでしょう。
なぜ男女双方の内面に、島本さんはこんなに迫れるのでしょうか。
「実在する人をいろんな角度から眺めるような気持ちで、登場人物たちのことを観察しながら書いていますね。自分が女性なので、女性のほうが描きやすいはずとも思えますが、おもしろいことにそうとも言い切れない。男性のほうが客観的に距離をとって眺めることができて、意外に書きやすかったりします。女性の場合は気持ちを想像しやすい分、自分との距離感をどうとるかが難しいんです。自分に近過ぎたり、逆にあまりにも自分とタイプが違うと、うまく文章にできなかったりして」
冒頭に掲載されている『足跡』からして、かなり衝撃的な話。結婚して夫婦仲もいいほうのはずの女性が、友人から紹介されて、となり町の坂の上にある治療院に通うようになる。そこには謎めいた雰囲気の男性がひとり待っており……。
「6編とも、あまり大きな声で言えないような恋愛や、人には明かせない秘密がテーマになっています。規則正しく何の不足もない生活をしていても、ふと非日常を覗いてみたくなることは、誰しもあるのでは?
『足跡』では、幸せなはずの女性の心中に潜むモヤモヤしたものを描き出せたら、と考えました。
潜在的な不安や不満があったらみんな行動に移すのかといえばもちろんそんなことはなくて、だからこそ小説というものが存在する意味もあるのかなと思います。あえて大胆な設定にした小説を読むことで、実生活では選択しないであろうもう一つの人生を生きられたりもしますから。本を読むと、いろんな生き方や考え方が、押し付けがましくないかたちで自分の中に流れ込んでくる。そこがおもしろいんですよね」
収録作の一つ「氷の夜に」では、過去を引きずる女性が、和食店店主の真摯な態度に少しずつ心を開いていく。ちょっとした態度や佇まいによって、登場人物の性格を読み取らせてくれる手際が鮮やか。
「その人らしさというのは、しぐさや服装、持ちものといった、ちょっとしたところによく出るものですよね。私はふだんの生活の中で、できるだけ人のちょっとした特長や意外性なんかを見落とさないようにしたいと心がけています。
小説のために、日常をよりよく見ようとしている。そう考えると、小説を書くのってやっぱり楽しいことだと思います。書かないといけないのに何も思いつかないときなんかはもう地獄だっ、と思ったりもしますけど(笑)、のめり込んでいけるもうひとつの世界があるというのは本来、幸せなこと。読んでくださる方にも、同じ気持ちを共有し味わってもらえたとしたら、こんなにうれしいことはないですね」
新刊のご紹介
島本理生(しまもと・りお)
1983年生まれ。2001年「シルエット」で群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。2018年『ファーストラヴ』で第159回直木三十五賞受賞。『ナラタージュ』『イノセント』『わたしたちは銀のフォークと薬を手にして』など著書多数。
主な著作
バックナンバー
- 【vol.28】西村創一朗『複業の教科書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
- 【vol.27】森見登美彦『熱帯』(文藝春秋)
- 【vol.26】辻村深月『かがみの孤城』(講談社)
- 【vol.25】葵わかな『青夏 (講談社コミックス別冊フレンド)』(講談社)
- 【vol.24】鳥居みゆき『やねの上の乳歯ちゃん』(文響社)
- 【vol.23】コシノヒロコ『だんじり母ちゃんとあかんたれヒロコ デザイナー三姉妹と母の物語』(マガジンハウス)
- 【vol.22】阿部和重&伊坂幸太郎『キャプテンサンダーボルト』(文藝春秋)
- 【vol.21】安藤忠雄『仕事をつくる(私の履歴書)』(日本経済新聞出版社)
- 【vol.20】栗山圭介『フリーランスぶるーす』(講談社)
- 【vol.19】伊坂幸太郎『ロングレンジ』(幻冬舎)
- 【vol.18】真梨幸子『祝言島(小学館)
- 【vol.17】阿部智里『弥栄の烏』(文藝春秋)
- 【vol.16】深水黎一郎『ストラディヴァリウスを上手に盗む方法』(河出書房新社)
- 【vol.15】小手鞠るい『たべもののおはなし パン ねこの町のリリアのパン』(講談社)
- 【vol.14】上田秀人『竜は動かず 奥羽越列藩同盟顛末』(講談社)
- 【vol.13】浅田次郎『天子蒙塵』(講談社)
- 【vol.12】けらえいこ『あたしンち』(KADOKAWA)
- 【vol.11】伊東潤『天下人の茶』(文藝春秋)
- 【vol.10】真保裕一『遊園地に行こう!』(講談社)
- 【vol.9】伊坂幸太郎『サブマリン』(講談社)
- 【vol.8】松岡圭祐『探偵の鑑定』(講談社)
- 【vol.7】堂場瞬一『誘爆 (刑事の挑戦・一之瀬拓真)』(中央公論新社)
- 【vol.6】山崎ナオコーラ『ボーイミーツガールの極端なもの』(イースト・プレス)
- 【vol.5】安藤哲也『崖っぷちで差がつく上司のイクボス式チーム戦略』(日経BPマーケティング)
- 【vol.4】藤原和博『たった一度の人生を変える勉強をしよう』(朝日新聞出版)
- 【vol.3】伊坂幸太郎『キャプテンサンダーボルト』(文藝春秋)
- 【vol.2】阿部和重『キャプテンサンダーボルト』(文藝春秋)
- 【vol.1】川上未映子『きみは赤ちゃん』(文藝春秋)