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ほぼ年に一度出てる『ず・ぼん』は、時々思い出して借りてくる。しばらく忘れていたら、16と17が出ていたので、「非常勤職員がNPOを立ち上げた」というのが気になって、まず16を借りてきた。
この号では「ただいまiPad貸出中?」という電子書籍と図書館についての座談会や、「出版社も図書館も消えるのか? デジタル時代、図書館員は何を目指すのか?」という沢辺均の講演録が入っていて、デジタルとかネットとか電子書籍という流れのなかで、じゃあ図書館はどうすんの、何をすんの、という話がとくにおもしろかった。
図書館のレファレンスという機能は、これまでのところ、どこか"学校のセンセイ"に似ていて、「知識や情報やいろんなことを知ってる人」が子羊を導いてしんぜようという雰囲気があった。
ず・ぼんの座談会は「いま図書館員の中だけで情報を提供するのは限界が来ている」と話している。本という形の資料以外のものが、わんさかある今、「こういう本がありますよ」にとどまらず、例えば「ネット上にはこんなデータベースがありますよ」「必要だったらこういう人もいますよ」というところまで、ガイドできるのが図書館員であってほしい、てなことも語られる。
「情報の整理・編集・発信が図書館員の役割」という話が、私には魅力的だった。
▼手嶋 たとえばね、いまリーフレットやパンフレットは地域資料でけっこう集めていると思うんです。集めてるんだけど、ファイリングされているだけで、求められれば提供する、しかし誰もがそれにアクセスできるわけじゃない。そういう団塊だと思うんです。それが電子化によって、一種のデータベースとして公開するとかね。これからはそういうことも必要になる。
小形 地域資料のデータベース化をやってるとこはありますよね。
沢辺 少なくともファイリングするよりは電子化して串刺しで検索できるようにするほうが圧倒的に使い勝手はいいはずだから、そこまでを実は図書館員がやれるんじゃないかという気がする。(pp.18-19、座談会)
本という形の、バーコードがついて流通している資料(雑誌も含む)の多くは、図書館で蔵書としてもっている、あるいはもつことはそう難しくない。そういう資料の所蔵がメインになるのはわかるけれども、例えば出版社のPR誌の類や、地元で発行されているさまざまなニュースレターやパンフレットの類など、本という形をしていても消えモノと思われている資料や、本という形をしていない資料は、しばらく館内のどこかに置かれたあとは廃棄、せいぜいよくてファイリングされているくらいだ。
もちろん限られた資源の中で、どの資料を重点に扱うのか、レファレンスにどこまでどう応えるのかということは、取捨選択があるのだろうし、「今のいま、たくさんのリクエストがつく資料(ベストセラー本など)」と、「いつ、誰が使うかもよくわからん資料」を比べれば、前者に比重がかかるのは避けがたいのだろうけれど。
沢辺均は、講演でこんなことをしゃべっている(全国公共図書館研究集会での講演で、聴衆のほとんどは図書館員と思われる)。
▼…図書館の機能には、本屋さんに売っていないコンテンツの収集や整理、分類、編集、そして保存と提供があると思います。…僕の印象ですが、(略)必要性を認識されていながらも図書館では胸張れるところまでは行ってないんじゃないかな、というのが僕の意見なんですね。…
僕がそういう印象をもつ理由は二つあって、ひとつには、みなさんやっていることが(略)おハイソすぎる。もっとくだらないことをやったほうがいいんじゃないかなと思うんですけどね。…
みなさん、本屋さんに売っていない資料っていうとついつい地域資料とか、郷土資料とかになりませんか? もっと普通なことはないんでしょうか?
たとえば小・中学校の文集だとか卒業アルバムとか。そういうのを収集している図書館はどれくらいあるんでしょう?(略)
もう一つの理由は、収集はされているけれど、編集はしてないということ。もったいないよねってのが、僕の意見ですね。(略)
本屋に売ってないコンテンツを単に収集するだけでなくて、編集したり見出しを作ったりという、図書館員が割と得意であろうことを活かして、そして利用できる状態にどうしたらできるかといううことをきちっと考えるのが、いま電子書籍化状況の中で、公共図書館が本当に立ち向かうべきことなのではないかなと思っている次第なのであります。(pp.122-123)
「非常勤職員がNPOを立ち上げた」というインタビュー記事もおもしろかった。神奈川県相模原市で、それまで図書館で非常勤で働いていたメンバーが集まってNPOらいぶらいぶをつくり、相模原市立の一図書館の窓口業務などを受託する一方、地元のラジオ番組で発信したり、図書館というハコや枠を越えて、本の普及活動をやっている。
NPOを立ち上げるときに「わたしだったらこういうことをやりたい」「図書館だけで働いていたらこんなことはできない。でもNPOだったら実行できそう」などと、ミッションの話し合いにかなり時間をかけたという。それで決まった三本柱が「図書館利用の普及啓発事業」「読書推進に関する事業」「図書館運営に関する事業」。
といっても、図書館運営の委託を取れなかったら、食っていけないし、NPOが成立しなかったという縛りはあった。図書館運営を受託し、その事業に取り組みながらも、活動の手応えはそれぞれのメンバーが感じているようだ。
市の非常勤職員のときには、結局は補助だった、いまは自分が何かを提案して、それが形になり、子どもたちの声が直に聞けたり、一緒に楽しめる、そこにやりがいがある、前はいろいろ制約があったけど、いまはのびのびとやれている、といった声がある。
NPOらいぶらいぶの代表理事、鈴木さんは、図書館という場についてこんな風に語っている。
▼鈴木 図書館というのは、本の貸し出しとか返却もあるけど一つのコミュニティの場だと思うんです。
コミュニティの場から双方向で発信、受信が市民の人とできたらいいのにな、とか障害者サービスとしてもそういうのができたらいいなとすごく感じます。
そして、"生きてお役に立つ"ことを掲げてつくられた金光教の図書館「金光図書館」の話が、これまたよかった。宗教教団のつくった図書館ときくと、ちょっと近寄りがたいもの��感じてしまうが、豊富な資料費と寛容な姿勢もあいまって、この金光図書館が60年あまりも地域の一公共図書館として使われてきていることに驚く。
開館当初から一般の人の利用を想定し、さらには利用者のニーズに素早く対応して、点訳などの障害者サービスや児童サービスが取り組まれた。
「図書館のための図書館では意味がない。利用され、活用され、生きてお役に立つ図書館でなくてはならない。」という初代館長の言葉が、図書館報として発刊されてきた『土』誌の創刊号にある。
ず・ぼんを読むといつも、こんな図書館になったらいいな~というワクワク感がある。そういうワクワク図書館になるのに、自分も「なにか」関われるところがあるで、という気持ちもワクワクともりあがる。
16の目次
http://www.pot.co.jp/books/isbn978-4-7808-0157-6.html
(10/21了)