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確認先:杉並区立宮前図書館(IN14)
1988年、当時のサントリーの会長であった佐治敬三がTV番組上で起こした事件がある。世に言う「東北熊襲発言」である。なぜこんなものを冒頭に持ってくるのか、という閲覧者も多いことは百も承知だがお許し願いたい。
評者が本書を読み終えて実感するのは、秋月が記す「架空ヤマトタケル」の展開であったならば、佐治の舌禍はどこまで宙ぶらりんになったのだろうか、という思いである。秋月は意識していないだろうが、本書には(あとから思えば)佐治の陰がちらつくようなキャラも登場するので、本書でお確かめ願いたい。
ここまで佐治敬三を引き合いに出して、評者は何が言いたいのか。ネタバレになりかねないだけに仔細は控えるが、秋月は「ヤマトタケル」におけるクマソタケル暗殺シーンの植民地主義的なまなざしへの嫌悪感を表明していることがその答えへの糸口になる。
ただしネックを挙げるならば、明神翼が描くキャラクターだろうか。冒頭の問題に戻れば、明神にとって自らが得手とする空間における「均質と同質」な存在のみしか描けない、というある意味問題の出発点に戻りかねない問題を孕んでいること、ぐらいだろうか。秋月のストーリーラインが完璧ゆえに、見えていないだけなのかもしれないが。