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NWA世界ヘビー級王座をリック・フレアーとハーリー・レイスで争っていた時代、プロレス図鑑で50年代、10年間で936連勝、NWA王座を守った伝説のチャンピオンという扱いだった。それこそレジェンドだった。しかし、そのレジェンドは、80年代私がテレビを見ていたときには、特別レフリー、UWFインターナショナルの顧問みたいな立場、テレビのアメリカ横断ウルトラクイズなど、どちらかといえばタレントという感であった。果たして鉄人とは何者だったのだろうか?
幼少時はアメリカ生まれにもかかわらず、自宅でドイツ語だけを使用していたことと、吃音のため、学校では会話すらままならなかったようだ。おまけに左利きだったため、矯正を受けていたらしい。8歳のころには父の影響でレスリングを始めたようだ。その練習も猛烈で、数百回の腕立て伏せ、スクワット、ブリッジを行ってたらしい。10歳の頃には父親の仕事を手伝い、学校に行ってレスリングの練習をしつつ、プロレス観戦を楽しみにしていたようだ。
ここまで3頁程度。私なら言葉の問題、吃音、左利きの矯正の問題で、自分の中での家族や周囲への恨み辛み、そして周囲からおそらくいじめられていただろうからそれについての葛藤など、10歳までの体験を書くだけで本1冊になろうかと思う。小学生の時の体験、並大抵の苦労では無かっただろうが、さらりと書いて、むしろ英語を教えてくれた教師に対する感謝の念まで述べている。10歳までの体験だけでも、自立心は相当養われていただろうが、さらに鉄人の自立心を確立する出来事が発生する。それは親友との突然の原因不明の喧嘩。鉄人は、親友に恨み辛みを書き綴ることなく、ただ一言 ”絶対に他人を全面的に信じてはならない”
父から教えられたレスリングもどんどん上達する。そして、ジョン・ザストローとの出会い。プロデビュー。プロモーターであるジョー・サンダースンとの出会い。用心棒ともいうべきジョージ・トラゴスとの邂逅。まるでわらしべ長者のごとく、どんどん強者というべき師に巡り会っていく。特に、トラゴスは自分が気に入らないレスラーをリング上でつぶしていくような人物だった。こういった人物についていくのに、紙面には書けないような理不尽な事もたくさんあっただろう。弟子もたくさんいただろうし、去っていった弟子もたくさんいただろう。トラゴスが壊した弟子もたぶん居ただろう。しかし、鉄人はそんなことは一言もない。彼の良いところ、彼から学んだことの感謝の念を書き連ねている。かつ、無教養に思われるのがいやだから、ということで、図書館に通い、勉強を重ねる。ただのレスリングバカではない。
本格的にプロデビュー、家出。その後、様々なレスラー・プロモーターと出会う。この世には自分より強い人間がいる、というジョン・ザストローの教えを遵守するがごとく、強いレスラーとの出会い、学んだことを十分に書き連ねている。一つの試合の勝ち負けは鉄人にとってはどうでもよいことのようだ。エド・ルイスとのジムでのスパーリングで動けなかったことへの悔しさ、アド・サンテルとのトレーニングで完全に腕を決められたエピソードなど、自分を高めてくれるエピソードで埋め尽くされている。絶対にネガティブで理不尽な経験を沢山しているはずである。しかし、鉄人にとっては、そんなことはどうでも良いことなんだろう。
そうして21歳、3回目の挑戦で世界王者となるが、なんというか、この辺の記載が淡泊である。試合内容に不満だったからのようだ。その後、防衛戦で全米をサーキットをしていく。本当なら金、女、噂話、派手なパーティ、黒社会とのつながりなどバックステージのエピソードには事欠かないはずだが、これらに関するコメントはほとんど見られない。鉄人にとっては、リングが全てで、それ以外のことはおまけなんだろうか。
そうこうしている間、膝蓋骨骨折で1年間欠場したエピソードであるが、この間もトレーニング、試合をしたい焦りと、地道なトレーニングの葛藤があったようだ。そらそうだろう。20代前半で、世界王者から陥落した。当時の膝蓋骨骨折だから、選手生命が絶たれてもおかしくない。リングが全て、といっても過言ではない、ここまでの鉄人の人生だったが、休息ととらえることもなく、自爆自棄にもならず、過ごしていたのだろう。焦りも本当は相当なもの立ったはずだ。しかし鉄人はそんなこと一言も書かない。
第二次世界大戦、テレビ中継が全米に進出し、プロレスが激変する。リング上でのレスリング技術のみの世界が、よりショーマンシップの要素を求められるようになった。ゴージャス・ジョージ、バディ・ロジャースなどは、古き時代に頂点に立ったものからしたら邪道である。しかし、鉄人は違った。自分の技術から、テレビ受けする技を開発する。それがヘソで投げる、バックドロップである。
全米マット界をカルテル化すべく、NWAが設立、鉄人は世界王者に君臨する。リング上の世界に居る鉄人はこのNWAを評価している。ビジネスモデルとして秀逸である、という点で。この点もただのレスリングバカではない。本格デビュー前に、図書館に通い勉強をしていた、ということだが、リング外の世界を見る目も同時に養っていたのだろう。このあたりが、膝蓋骨骨折受傷後の休養期間もあせらず過ごせたのだろう。
そして、破竹の936連勝だが、彼自身を満足させる相手がすくなかったのだろうか、エド・ルイスをマネージャに迎えた事くらいで、淡々と記載している。
意外だったのが、力道山とのエピソード。アメリカで936連勝したことに飽き足らなくなったのか、あるいは、ビジネスの問題で揉めて、日本ではよくしてくれたのか、違う手合いのレスラー(なのかな?)の力道山の評価が非常に高い。彼の死に関してもコメントを述べている。同じパイオニア同士、通じるものがあったのだろうか?
本書は936連勝までのことがほとんどかと思いきや、その後もあちこちで王者として招かれたこと、本国では相手にされなくなった後、頻繁に来日をしたこと、日本で力道山の墓前で引退を決断したこと、延々と書いている。
詳細にここでかいたこと、書かなかったこと含め、何歳の時点でも、自分の評価を正確にし、常に冷静沈着で、自分ができることを確実に行う。そして、愚痴をこぼさない。そんな暇があるなら、前向きに物事をとらえる。
結論。彼はまさに鉄人である。でも、鉄人が鉄人である所以は、当たり前のことを当たり前にこなし、周りにすべてに感謝してきたからである。