紙の本
富国VS強兵の時代
2007/07/18 00:51
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Living Yellow - この投稿者のレビュー一覧を見る
「富国強兵」とひとくくりに覚えさせられた言葉だったが、本書を読んで、当たり前の道理に気づかされた。立ち上げたばかりの明治新国家にとって、強兵=軍備拡張には多大な財政負担が生じる。まだ徴税システムも確立していない中、まず富国=国家財政基盤の確立は、強兵=軍備充実=対外拡張を目指す流れとは対立せざるを得ないのだ。
本書第一、二章では幕末に「強兵論」の基本理論を確立した、「和魂洋才」というよりも「一割東洋、九割西洋」の自然科学的合理主義者、佐久間象山の流れと、「富国論」の基本理論を打ち立てた、西欧文明の吸収による「殖産興業」を儒教の本来の伝統「各物究理」の伝統に位置づける、越前藩、横井小楠の流れから説き起こし、それらが幕臣、大久保忠寛を代表とする「議会論」(諸大名と藩士を中心にした公議会=武士デモクラシーの基盤)の支持者と絡み合いながら、(その時点では「憲法」論は具体化していなかった)、幕府、薩長土を中心とする有力諸藩との「新国家の政体」をめぐる闘争が、鳥羽・伏見の戦いを経て薩長主導の新政府樹立にいたるまでが活写されていく。
第三~四章では、「富国論」の牙城としての大蔵省の成立、初期の大蔵トップ伊藤博文、井上馨、渋沢栄一と陸軍省、文部省、司法省(江藤新平)との抗争(予算争い)、そして上京した薩長土藩士を中心とする御親兵(近衛兵につながる流れ)、各主要都市に置かれた、諸藩士を中心とする鎮台、そして徴兵令(1873年)によりそこに加わった農民兵の三つの官軍の存在を描きだし、従来の「征韓論者、西郷隆盛」像を再分析し、一般に流布しているイメージに反して「情に厚い」欧化主義者、合理主義者であった西郷隆盛と麾下の薩摩グループはむしろ、「征韓論」を抑え「征台(湾)論」に積極的であったことを描きだしていく。
第五~六章では「立憲政治派」:「議会設立派」=民主派というイメージを覆し、前者を「漸進派」(木戸:長州グループ)、後者を「急進派」(板垣:土佐グループ)と位置づけ、彼らの共通のライバル「強兵」派(薩摩グループ)と対峙しつつなかなかまとまれないところに、もう一人の薩摩の巨頭、内務卿大久保利通が仕切る「富国派」=「開発独裁派」が主導権を握るが、同じく薩摩「強兵派」による西南戦争に直面するまでを分析する。
第七~終章。これまでの主要人物が相次いで様々な形で世を去った後、「富国」派(開発独裁)と「立憲派」の対立と双方の妥協:挫折、その中で地租改正と西南戦争前の減税、戦後の米価高騰で力を得た農民層の政治化、「志士」から「実務官僚」への明治政府の構造変化という「未完の明治維新」の「終了」にいたる。
読みやすい、生き生きとした描写、要を得た豊富な一時史料の駆使、「幕末ロマン」に得てして目を奪われがちな流れに、「新たな体制を整備していくことの重要さ:大変さ」伝えてくれる一冊である。
戦前を「暗黒」とするのも。明治を「栄光」で包むのも。もう。
そのころの当事者がきちんと「仕事」をしていたということが重要なのではないだろうか。
「幕末維新期にも明治年間にも昭和初期にも、自由主義や民主主義は単なる思想ではなく、政治的実践の課題だった」(本書p.245、あとがき、より)
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真新しい情報がありました。補助に入っている資料の相関図の西郷、大久保、木戸、板垣の関係が面白いです。
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[ 内容 ]
明治維新は尊王攘夷と佐幕開国の対立が一転して尊王開国になり、大政奉還の後に王政復古と討幕がやってくるという、激しく揺れ動いた革命だった。
そのために維新が成就した後、大久保利通の殖産興業による富国、西郷隆盛の強兵を用いた外征、木戸孝允の憲法政治への移行、板垣退助の民撰議院の設立の四つの目標がせめぎあい、極度に不安定な国家運営を迫られることになった。
様々な史料を新しい視点で読みとき、「武士の革命」の意外な実像を描き出す。
[ 目次 ]
第1章 明治維新の基本構想
第2章 幕府か薩長か
第3章 大蔵官僚の誕生
第4章 三つの「官軍」と「征韓論」
第5章 木戸孝允と板垣退助の対立
第6章 大久保利通の「富国」路線
第7章 「維新の三傑」の死
第8章 立憲派の後退
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維新三傑没後の旧大久保派を大隈・黒田・五代、旧木戸派を伊藤・井上・山縣他で分けるのは無理あるんじゃないのだろうか?
木戸派が木戸没後に繁栄した、とか。
この分類だと大隈の政敵として伊藤を掲げてるのは大久保の政敵としてるようにすら読めるし。
大久保の後継者は大隈でなく伊藤だと思ってたのだけれど…。
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1864年の勝海舟・西郷隆盛会談を始点とし、1880年の地租米納議論を終点とする幕末維新期政治構想小史。「富国(殖産興業)」「強兵(外征)」「立憲制」「議会制」の4つの構想をめぐる抗争と挫折を描く。先行研究を比較的軽視していること、伝記史料を多用していることが特色。個別の論点・論証には疑問あり。特に1880年を終点としているため、翌年の「明治14年政変」への見通しを全く欠いているのは問題である(本書では大久保利通や大隈重信ら「富国」派は立憲制導入に消極・批判的であったと評されるが、その「富国」派の大隈がなぜ立憲論で急進化して政変を引き起こしたのか不明)。
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普段から「明治維新」というのはわかりにくいと思っていた。
「尊王攘夷」で政権を奪取した政治勢力が、すぐに「開国」をしたり、「征韓論」に反対した勢力が反対派を政権から追い落としたあとに「台湾出兵」を行うなど、歴史上の出来事は分かっていても、なぜそのようなことになったのかの「政治路線」と「現実政治」の関係がどうもよくわからない。
本書は、明治初期の政治勢力を「大久保利通(殖産興業)」「西郷隆盛(外征)」「板垣退助(議会設立)」「木戸孝允(憲法制定)」と分類し考察している。なるほど、このように解釈すれば当時の状況はある程度わかる。
しかし、同時にちょっと議論が荒いようにも思えた。本書で扱っている時代は明治初期の激動期であり、登場人物も歴史上大きく取り上げられた人々である。多くの登場人物が活躍するこの時代全般を一冊の新書で扱うにはちょっと無理があるようにも思えた。
本書の視点が正しいのかどうなのかは、上記それぞれの登場人物のそれぞれの活動内容を本書の視点から詳細に検討すべきなのだろう。
しかし、「明治維新」という日本の生い立ちを本書のように考察することは実に興味深く面白い。
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大久保利通=産業殖産による「富国」、西郷隆盛=外征のための「強兵」
、木戸孝允=国民統治の「憲法」、板垣退助=自由民権の「議会」と、維新の立役者たちが目指した政治的方向性は微妙に異なっており、タイミング毎に離合集散を繰り返して日本の国づくりが進められていった。
「富国強兵」とは一緒くたにされることが多いが、方向性としては富国=内治であり、強兵=侵略であるため、実は対立構図にある。指導者であった大久保と西郷は薩摩での盟友であったために、2人の間でこの対立が表面化することはなかったが、新政府の官僚機構と幕藩体制の旧秩序における士族階級による西南戦争をもたらした。
明治10年までの台湾出兵や西南戦争による戦費負担は新政府に重くのしかかり、結果としてしばらく内治に専念せざるを得ない状況となる。ところが富国派の指導者であった大久保は暗殺され、維新の元勲である薩摩の2人がいなくなったために「富国強兵」路線は頓挫する。
近代国家成立のための憲法制定を目指していた木戸ら旧長州閥と、市民平等な国民議会による上下院の設置を目指していた板垣ら旧土佐閥は、薩摩閥を中心とした「富国強兵」路線に対抗するために当初は共闘していた。
大久保・西郷亡き後に立憲派と議会派は勢いづくも、ドイツ流とイギリス流で対立するようになる。皇帝=天皇の権限を強く設定したドイツ流立憲君主制を主張する木戸と、上下院議会によって民主化された政治体制を目指すイギリス流の板垣の意見は、木戸の病死と板垣の下野によって痛み分けとなる。
これら緊縮財政下において起こったインフレによって、地方の農村地主が力を持つようになる。これら民間の有力者が国債を買い支えることで新政府の財政規律は持ち直すようになる。また、当初は上院=華族(旧藩主)、下院=士族(旧藩士)と構想されていた政治体制は、これら力を持った有力者たちにも開かれるようになり、民選での議会制民主主義が実現していった。
大久保、西郷、木戸、板垣という維新の元勲たちの夢は半ばで潰えるも、明治中期には日清戦争に勝つまでに富国強兵は実現し、大日本帝国憲法は制定され、議会制民主主義による国内統治が進んでいったのであった。
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維新以降、殖産興業(大久保利通)・外征(西郷隆盛)・憲法制定(木戸孝允)・議会設立(板垣退助)と、列強に伍するべく、それぞれが対立・協力してきた歩みを詳説します。やがて「革命派武士」から「文武の官僚」の時代に主体が代わります。筆者は1880年を明治維新の終焉とします。国家が貧しいなか、よくぞ達成した!陸奥宗光の言葉に感動しますね。日本は明治以降戦前まで、常にデモクラシーを希求し、理論的にも実践的にも高みにあったという“あとがき”は、全く同感です。だからこそ切なく、そこに歴史を学ぶ意味があるのでしょう。
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2007年刊。著者は東京大学名誉教授。幕末維新期(M14位まで)の政治過程を①富国派(殖産興業。大久保利通)、②議会派(公会議。板垣退助)、③立憲派(憲法制定。木戸孝允)、④強兵派(外征。西郷隆盛)に分類し、維新政治の進展を彼らの合従連衡と離反から見るが、大久保、西郷、木戸の死、板垣下野で、試みは挫折したと解釈。ⅰこの分類法は非常に明快、ⅱ勝海舟・佐久間象山らの理念が西郷らに反映していったというのも、幕末維新の連続性でいえば明瞭な論法。ただ、個人的にⅱ以外は、一部の反通説的見解を除き、新奇ではなかった。
本書のよさは書簡などの文献検討を踏まえ叙述する点。また、外征派の目標が朝鮮でなく台湾だったというのは成程の感。征韓論下野後の台湾出兵への違和感を払拭された。他方、征韓論下野が志士同士の近親憎悪的な結果というのは?。司馬遼太郎ばりに、西郷下野が彼の大久保への信頼の証としても不自然でないからだ。また、明治維新の理念は漸進的でも持続しており、この点の評価も?本当に未完なのか?。加えて、遣欧使節団の成果の国政への反映がやや不明瞭。実は本書はかなり期待していたのだが、些か肩透かしの感は拭えない。
ちなみに、戦前昭和時代につき著者は社会大衆党などの役割を評価するようだ。もちろんそういう側面は肯定されるべきであり、間違いなく最近の議論の成果であろう。しかし、大衆党党首が首班でない以上、例えて言うなら55年体制における日本社会党の役割を一定程度評価するのと同値。換言すれば、従前の見解の補完に過ぎず、ましてアンチテーゼとまでは言いがたいという感を持った。もっとも、著者の戦前昭和時代の書は未読なので、読んでから印象は確定させたい。
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今まであまり読んだことのないジャンルで、そこそこ面白かった。明治の群像を主張別にカテゴライズして、そのバランス推移をたどる手法は、明快。
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「武士のデモクラシー」として明治維新を描く。歴史叙述というよりは概念的フレームワークを用いて解釈していくという社会科学的アプローチであり、スッキリしていてわかりやすさという点においては評価できるし、好みでもある。他方、「維新四傑」がこんなにスッキリと科学的にカテゴライズされてしまう事に違和感もある。
題名は新書なのでキャッチーにしたのかもしれないし(あとがきには編集者がつけたとある)、少々気負いすぎのようにも思えるし、そもそも内容がイメージしにくくわかりにくいし、内容にも合致していないように思えるが。