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紙の本
「一人前」の思想と自由
2002/04/11 11:47
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投稿者:戸波 周 - この投稿者のレビュー一覧を見る
マーク・トウェインといえば、日本では『トム・ソーヤの冒険』や『ハックルベリィ・フィンの冒険』などの児童向け冒険小説で知られているように思う。本作『ミシシッピの生活』は、トウェインが十代の半ばか後半で入った蒸気船の水先案内人の修行生活、その後の案内人としての活躍期、そして案内人を辞めてから二十数年経た蒸気船旅行を描いたものである。トウェインは、蒸気船水運が絶頂期だった時代の花形職業だった「水先案内人」を実際に体験したという財産を最大限に生かして、水上から見た勃興期のアメリカを魅力的に描いている。
「水先案内人」とは何か。それは広大無辺のミシシッピ川の地形をすみずみまで把握しきった川のプロであり、この人なくしては蒸気船の運航は絶対不可能という役割の人間である。しかし一口に地形といっても、北は五大湖付近から南はメキシコ湾口まで注ぐミシシッピ川のそれを把握するというのは並大抵のことではない。また蒸気船は終夜運航していたので、夜はほぼ記憶のみに頼るしかない。川のなかには沈んだ大木や見えにくい砂洲がいくつも存在し、回避するためそれらの位置もおぼえる必要があった。
見習にはいった少年期のトウェインは、こういったことを「師匠」に怒鳴られ殴られ、もうだめだと弱音を吐きながら叩きこまれていく。かなりの特殊技能を要求される厳しい仕事だったのだ。だがそれだけに「職人気質」的かっこうのよさを漂わせており、当時の子供たちには憧れの職業だった。水先案内人のみならず、蒸気船という存在そのものが非日常的な、ひとびとをどこかわくわくさせるものでもあった。蒸気船がやってくると、それまで眠っていたような街が途端に活気をとりもどした、とトウェインは懐かしそうに回顧している。
もちろん水先案内人自身もみずからの職業にそれだけの誇りをもっており、本作に登場する案内人たちも大ぼら吹き、借金魔などアクの強い人間が多いもののどこかしら風格がある。それは、完全に独立独行、腕一本で食っている男のゆるがぬ自信と誇りである。とにかく格好いい男たちなのだ。トウェインは水先案内人をこう表現している。「当時の水先案内人はこの世でただひとりの自由・独立の人であった」と。船の所有者である船長でさえ彼に命令することはできなかった。まさにこの水先案内人を通してこそ、トウェインはアメリカのもっとも風通しのよい面、「自由」を描きだしえたのではないか。
しかしその後の蒸気船商売はといえば、南北戦争以降の統一アメリカの急激な発展、直接には鉄道の勃興が乗客をうばい、一度に大量の貨物を輸送できる曳き舟が貨物部門を壊滅させていった。すなわち、「政府は我々の天職からロマンを奪い、地位と威信を会社が奪った」。案内人を辞めて新聞記者や講演家となり、二十年が経過したトウェインがあちらこちらで目の当たりにするのがこのロマンの残骸である。かつては背筋をしゃんと伸ばし威厳を保っていた案内人たちは老いぼれ、港町はさびれ放題。しかし、それだけの年月と変化をへたのちにトウェインがかつての案内人仲間や故郷の友人と語りあう懐古談もまた味がある。
リベラルな題目としての「自由」や「民主主義」ではなく、血肉をそなえた骨太な自由の雰囲気を感じるには本書はわるくない一冊である。
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