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エッセイスト「カベルナリア吉田」の持ち味は、旅先で出会った人々やハプニングを面白おかしく綴るその軽妙な旅のエッセイだ。
その中でも特に彼が偏愛する沖縄の紀行エッセイは、土地への溢れんばかりの愛が満ちている。陽光が降り注ぎ打ち寄せる青い波が足元を濡らす、そんなテンプレートな沖縄像をしっかりとなぞりつつ、普通の観光客が足を踏み入れないようなディープなスポットにずんずんと入り込んでいく。
その巨体に似合わず軽いフットワークで沖縄中を駆け巡る姿は、沖縄の人には「慣れない土地で奮闘する沖縄好き」のコミカルな姿を、沖縄県外の人には「普通の人が経験しないような沖縄体験を紹介してくれる気のいいオジサン」の面白話を、それぞれ楽しませてくれるに違いない。
そんな吉田氏の『沖縄へこみ旅』は、何度も訪れている沖縄旅の中でも「へこんだ出来事」を紹介した本だ。まえがきの中でこう書いている。
<沖縄は「癒しの島」だけど、100%癒しの島じゃないのである。時にはトンでもない出来事が突然起こって、目が点になることもある。>
一体著者は大好きな沖縄でどんなヒドイ目にあってきたのだろうか。
オバちゃんドライバーの運転に冷や冷やさせられ、渋滞にわじわじ~させられる。ハブやゴキブリ、海では無数のフナムシに驚かされる。強烈な日射しに頭皮まで焼かれ、意外と寒い冬に震え、雨に降られる。妙な造りの家に辟易、悪びれもせずに堂々と遅刻する知人にひたすら待たされる。
そんな散々な目に遭うカベルナリア氏。沖縄の人なら「あぁ~」と頷いてしまいそうなあるあるネタばかりである。まあ気象や生き物のことなど、自然環境に関することはしょうがないとしても、沖縄の人に起因する「へこむ」部分については、もうずーっと昔から沖縄の人自身が自覚し、なんとかしなきゃねと言われ続けてきた事なのだ。
著者はあくまで沖縄の味方なので、これらへこむ出来事も大方は笑って許すかネタにしてしまっている。しかしちょっとここでマジで考えてみる。著者だって実際心のどこかでは嫌な思いをしているはずなのだ。彼はきっといい人なのだ。本書中で<沖縄でタクシーに乗って嫌な思いをしたことは一度もない>と述べているが、これもにわかには信じられない。沖縄で暮らしている僕自身の経験からすると沖縄のタクシーのマナーの悪さは筋金入りだ。それを考えると、著者はずいぶんガマンしているのではないかと思ってしまう。
しかもこれら面白おかしく紹介されているエピソードの中には、シャレにならないものを含まれている。
例えば本書の中で紹介されている、地震の時に海まで津波を見物に行く人の話。<台風に慣れているせいか、小規模の天変地異と祭りの境目があいまいだ>と著者はフォローしているが、今となっては真剣に説教したい人たちである。
また時間にルーズなのはゆったり時間の流れる沖縄の特長でもあるが、時にそれでは許されない事態も招く事になるだろう。
きっと著者はそんな沖縄の姿を苦々しく思いつつも、やっぱり沖縄が好きだから本気で怒れない。そんなマイナスの部分を含めて好きにさせてしまう所こそがそれこそ沖縄の魅力そのものなのかもしれないが、しかし実のところ、僕自身沖縄の人間としてカベルナリア氏はやんわりとだがすごく重要な事を指摘しているのではないかと思ったのである。
あとがきで紹介されているあるエピソード。そこに登場する宿のオバちゃんが著者に対して放った一言。この一言にハッとさせられた沖縄の人も多いのでは。
<あーもう、だから本土の人間と関わるとロクなことがない!>
ゴメンナサイ、本当、沖縄の人だからって気のいい人ばかりじゃないし、気のいい人だって心底不平不満や愚痴をもっていない、という訳ではないのです。
だからこの本は沖縄の人こそ読むべきかも知れない。特にこのあとがきは簡潔に書かれているけどなかなか重い事が書いてあるので読んだ方がいい。
沖縄を愛する著者はおっかなびっくりこの本を書いているような節があって、(こんなこと書いて沖縄の人が気を悪くしたらどうしよう…)とか考えていそうである。
ちゃんと言ってもらった方がいい。悪いところは直した方がいい。だからこの本は貴重なのだ。沖縄に憧れて沖縄にやってきて、でも予想外に辛い目にあって幻滅する人もいるだろう。不必要にそんな思いをする人を増やさないために、また沖縄に過剰な幻想を抱かないために、「へこみ旅」の記録は貴重なのである。
でもまあ、やっぱ根っこの所で沖縄の大らかさや優しさを著者は愛している。めげずに沖縄を全国に発信してくれている。そういう姿はとっても嬉しいのだけど、ホットスパーを「ホッスパ」と略している所なんかは「まだまだ甘いな(ニヤリ)」と微笑ましく思ってしまう。