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幻の白い犬を見た
著者 西村寿行 (著)
山東まさの車が、崖から濁流の天竜川へと転落した。目撃者は、彼女が車の前を走る白い犬を轢き殺そうとして追っているように見えたという。確かにブレーキを踏んだ跡はなかったが、犬...
商品説明
山東まさの車が、崖から濁流の天竜川へと転落した。目撃者は、彼女が車の前を走る白い犬を轢き殺そうとして追っているように見えたという。確かにブレーキを踏んだ跡はなかったが、犬の足跡もなかった。保険調査員、尾形は山東家が短命の女系家族で、明治時代に彼らの里が山津波で潰滅したことを知る。謎の背景には、数世代前の山東家のおぞましき因縁が関わっていたのだ。戦慄のハードロマン全七作。
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紙の本
野生は残っているか
2005/03/13 21:26
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
富士の樹海で襲いくる野犬の群「青い魔境」、盲いた老犬の嗅覚の世界「牙」、山津波で消えた村から続く怨念の現れる「幻の白い犬を見た」、その他に社会派サスペンスもの4編。
特に「牙」が秀逸。かつては猟犬であった、今は老いた上に目も見えなくなり都会で主人の家の居間で寝ることを好むようになっているが、それでも嗅覚は健在で番犬としての勤めを立派に果たしていた。刑事には軽くあしらわれたが、野生の力を失うことは無かった。
動物と人間の間にある交情と野生のせめぎ合うバランスの危うさが、いつも寿行作品のスリルを形作っている。中でも特に犬を扱うときに、作者の思い入れは一層強固になるように思える。こんな強い絆を持てることがいっそ羨ましいぐらいに。
全体で、どの作品も日常のほんの裏側に潜む、絶望感とでも言いたくなるような、殺伐として冷え冷えとした世界への裂け目を見てしまった男や女の物語だ。そんな救いの無い場所に踏み出す時でも、なにがしか僅かながらの光を感じる。その正体を考えると何か陳腐なことを言ってしまいそうだが。
この頃、70年代は、まだ人々の善意というものが信じられる時代だったようだ。悪人ははっきり悪人として、人々からは分離されていた。たぶん経済は成長し、頑張れば普通の幸せに手が届くと思われていた。今は、努力せずに何もかも手に入ると思ってしまうことが、向こう側に流れていく要因ではないだろうか。
当時の東京では多くの人が地方出身者だった。子供の頃に野山を駆け巡った記憶が残っている。何kmも歩いていくのが当たり前だった。単なる「思い出」でない、その景色から眼底に染み付いた遠近感が、たぶん今は無い。