紙の本
流れに乗って運ばれるような文章が魅力的。
2015/09/07 10:54
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投稿者:紗螺 - この投稿者のレビュー一覧を見る
タッチがいい。すごくいい。多和田葉子独特の、読ませる文章というか表現というか、濃密な言葉の世界に浸っていられる。起伏のあるストーリーなわけではなく、ひと続きになった筋があるわけでもない。むしろ、「私」の思考の赴くがまま、場所も人間も時間も変わっていく。そういう描き方だとぶつぶつと切れる落ち着かなさを味わってもおかしくなさそうだが、そんなことはなく、雲から雲へやわらかく運ばれていくようにそれぞれのエピソードの中へ意識を沈めていける。不思議な魅力なのだ。
ただし、最後がよくわからない。意味ありげなひとことで終わっているが、それをどう解釈するのか。自我の緩やかな崩壊のようにも感じたのだが、自分の読み取りにいまひとつ自信が持てない。
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人は一生のうち何度くらい犯人と出遭うのだろう――。
わたしの二ヵ国語詩集を買いたいと、若い男がエルベ川のほとりに建つ家をたずねてきた。彼女へのプレゼントにしたいので、日本的な模様の紙に包んで、リボンをかけてほしいという。わたしが包装紙を捜しているうちに、男は消えてしまった。
それから一年が過ぎ、わたしは一通の手紙を受け取る。
それがこの物語の始まりだった
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なんだか不思議な感触の物語だった。物語というよりも、エッセイのような語り口で、長い長い日記を読んでいるようでもある。語り手の「私」の心の底でいつもうごめいているのは、「禁固刑」とか「犯人」とかで、人生で何人の犯人に出会ったかと考えてみたり、狭い独房に入れられる自分を想像してみたりしている。そのせいか、そんな話題や出来事を引き寄せ、引き寄せられたりもするのである。夢と現の境目もあいまいなことがあり、現実のことかと思って読んでいると夢の中の話だったりして驚かされながらもほっとさせられることが幾度となくある。実際のところ雲をつかむような一冊である。
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怖いもの見たさでついつい怖いものに近づきたくなってしまうという著者のキャラクターが呼び寄せるのか、この作品では著者自身の身辺に「犯人」たちが、次から次へとたち現れる。
その妄想とも夢ともいえぬドラマ性のある登場に、著者は翻弄されリアルな感情を引き出されていく。事件が人を呼び寄せるのか、人が事件に近づいていくのか定かではないが、あまたの数の殺人者や犯罪人が著者の人生に流入してくるところは実に怖い。
虚実ないまぜの混沌とした小説作品だ。それが空想の世界であるかどうかは著者以外に知りようがないのだが、、、まさにこれは雲をつかむ話。
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相変わらず不思議ワールド。飛行機内で周りの乗客について思いを馳せるところが、多和田さんがいつもしている思考なのかなあと、作家の頭の中を覗いたような気持ちになった。
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初めて読む多和田葉子。
新聞の書評で興味を覚えて読んでみたのだが、いつもこんな不思議な話を書く人なのだろうか?
ドイツ在住の小説家の語りだったので、あら?これはエッセイだった??とはじめ戸惑った。
時間の流れや場面の変化がわかりにくく、ふわふわした浮遊感を感じながら必死に追いつこうとするが、夢の話だったり、現実の話だったり。
タイトル通り「雲をつかむ」ような話で、ちょっと苦手…。
つまらない、とかではなく、苦手なので星2つにしちゃいました、ごめんなさい。
他人の頭の中をのぞくとこんな感じなのかも。
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連想が連想を呼ぶ。
(作中における)実際の出来事と思い出されたこと、妄想、シンクロニシティ。
全てが並列に描かれ、どれが現実でどれが虚構か、境界は曖昧になる。
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ただようような、透明な文体に惚れました。物語になるようでならないところも、すごくいい。久々に、好きな本に出逢えました❤敬愛する庄野さんにすこし近い気がする。
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人は一生のうち何度くらい犯人と出逢うのだろう。犯罪人といえば、罪という字が入ってしまうが、わたしの言うのは、ある事件の犯人だと決まった人間のことで、本当に罪があるのかそれともないのかは最終的にはわたしには分からないわけだからそれは保留ということにしておく。
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この人の的確な表現力がまるで目の前にその情景が広がるような手触り感のある世界を創る。だから現実だと錯覚してしまいそうになるが、物語は過去か現在か妄想か又聞きのゴシップか、人物も出来事も錯綜していて、まさしくタイトルの『雲をつかむ話』に相応しい物となっている。
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境界型の精神世界を、
小説という媒体を透してのぞかせてもらった気分。
最後の女医とのやり取りで、
自己同一性に対する不安や混乱が、
寛解に向かえば良いのにと思った。
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『言葉と歩く日記』を読んで、著者の作品をいろいろ検索して、これを借りてみたが、少し読みはじめて(あ、前に読んだな)と思い出す。思い出したが、「雲をつかむ」ような話につるつると引かれて、再読。
(2016/3/23了)
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図書館の面陳の棚でみかけて、ふと借りてみた小説。この人の名前だけは知っていたが、本を読むのは初めてかもしれない。いちど借りてきて、途中まで読んだところで返却期限がきていったん返し、それからまた借りてきて続きを読んだ。
913なので小説なのだろうが、主人公の「わたし」がなんだか著者のように思えて、読んでいると「実際にこういうことがあった」話のようで、しかし「えそらごと」の話に思える箇所もあり、ふしぎな読後感。しかもタイトルは「雲をつかむ話」だ。捉えどころがないような、たよりないような感触が残るのは、著者のねらいどおりか。
読みはじめたときに、ちょうど『ライファーズ』や、そこからさかのぼって『アミティ 「脱暴力」への挑戦』、『癒しと和解への旅』などを読んでいたせいか、この小説の「わたし」がひょんなことから出会った男が、その後刑務所に入っていて、その刑務所が刑務所改善促進運動のモデルに選ばれていて、囚人が尊厳をもって扱われている、「もし自分が青少年の時からこんな環境で育っていたら刑務所に入らないですんだだろうという気さえします」(p.16)などと書いた手紙が届く場面で、この刑務所はどんな処遇をしているのだろう、人の命を奪ったというこの男はどのように罪と向きあっているのだろうと思ったりした。
男は手紙で、刑務所内に図書館があって、そこで自由に本を借りられることが驚きでもあり喜びでもあった、と書く。監獄でただ一つだけ耐えられないことは騒音で、金属のきしむ音、重い扉を閉めて鍵をかける音、人間の出す唸り声や罵り声が聞こえてきて、あるいはいつ聞こえてくるか分からないので心が安まらない、という。
▼たった一つ、平和な世界で一人になれるのは、本を読んでいる時だけです。身体は活字でできた壁に暖かく守られ、気持ちは雀のように羽根をはやして、どこまでも自由に飛んでいきます。本を読んでいる間だけは本当に心が静かで、その静けさの中に暖かさが思い出されてくるのです。(p.18)
この、終身刑を受けているという男の話がところどころで出てきながら、ドイツでの「わたし」の話が続いていく。
「電話では何度か痛い目に遭っていたので、たとえ面倒でもできる限り郵便で用件をすませようとした」(p.31)というわたし。電話族に対する不信の念は深い。
▼それと違って手紙は、人の本性を暴き出す。便箋のデザイン、紙の選び方、文字の配置の仕方、文章、サインの字のバランスやスピード感などから、その人の顔が浮かび上がる。…特に言葉の選び方にそれぞれ、その人と文学との関係が見えてくる。手紙から受けた印象と実際にあってみた感じがずれていたことはないが、電話では反比例の関係にあった。(pp.31-32)
どんな小説?と聞かれると、まったくもってタイトルどおりの「雲をつかむ話」というくらいしか言えないが、ときどき、どきっとすることが書いてあった。
まだドイツの永住権をとっていなかったわたしは、年に一度は朝早く真っ暗なうちから外人局の前に並んで滞在許可を延長しなければならなかった。建物は8時に開き、それからわたしの並んでいる列は少しずつ確実に進んでいくが、隣の列はほとんど動かない。その列は、自分の国にパスポートを出してもらえないまま逃げてくるしかなかった無国籍の人たちの列だった。
▼どこの国の人間でも滞在許可を延ばし忘れれば不法滞在になり、犯罪者になってしまう。…犯罪者にされるというのはとても簡単なことなのだ。誰にも危害を与えなくとも、生きているということ自体が不法滞在という犯罪になることがある。(p.50)
「生きているということ自体が」に、胸をつかれる。
路面電車で、乗車券を持たずに乗っていた青年が、高すぎる切符を買う必要はないと主張するのに出会ったわたし。切符を持っているか、抜き打ち検査に乗り込んできた人間に、高いなら乗るなと言われたその青年は、電車はみんなのものだから乗る権利があると言う。わたしは、その発想に、初めは驚き、そのうち納得できてなるほどと思う。
▼それからしばらくの間、路面電車に乗ると、近くにいる人が乗車券を持っているかどうかが気になって仕方がなかった。特にちょっとはずれたことをしている人が気になる。はずれていること自体は許されていても、切符を持っていないという理由で連れ去られて世の中から姿を消してしまうかもしれない。(p.135)
「はずれていること自体は許されていても」に続く後段に、ぎょっとする。
(2012/11/20了)
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「雲をつかむ話」(多和田葉子)を読んだ。とりとめもなく語られていく事柄が、実はある一点を軸に回っており、なにものかに囚われる漠然とした予感若しくは恐怖なのかもしれない。多和田さんの紡ぐ緩やかなうねりの中で心地よい「酔い」を味わうことができます。ラスト40頁にすべてが結実する傑作。
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多和田葉子の作品は、おそらく講談社文庫の『犬婿入り』以来で、多分10代のころ読んだその作品はカミュに熱狂していたその頃の私にはピンとこなかったのだろう、全く記憶にない。あるのはぼんやりとしたイメージだけで、つかみどころのない作家なのだろうと思っていた。
大晦日になって、2012年最後の読書をどうしようかと本屋で立ち止って、評判になっていたこの本を選んだ。理由は、現代文学で世間一般の文学ファンから評価を得る書き手の最新作に触れたかったから。
ついていけなかった、というのが感想だ。
勿論、とおりいっぺんの内容は理解したつもりだし、作者の技巧を意識して再読し、仕掛けを解きほぐそうとした。ただ、ドイツに長く住む著者の日本語へのこだわりの異質さに寄り添うことができず、ただ単に物語を楽しんだ、という程度に留まっている。たしかに物語は面白かった。だが、なんというか、憧れるほどのものではない。期待しすぎたのだろうか。もしかしたら、群像2012年1月号の沼野充義との対談の印象が強すぎて、作品と向かい合うことができなかったのかもしれない。
章別の「犯人」に関わる内容は以下の通り。(もちろん、この作品は「犯人」をめぐるばかりではない為念)
1.犯人(フライムート)からの手紙
2.文芸誌盗難
3.政治犯Z
4.牧師による殺人
5.マボロシさんのビデオ
6.亡命詩人
7.無賃乗車のオズワルト
8.夫殺しのベアトリーチェ
9.マヤと紅田①
10.マヤと紅田②
11.飛行機の中で私がナイフ所持
12.犬を放し飼い
なお、8章までは実話だと本人が語っている(「群像」2012年7月号)。
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不思議なあじわい本でした。
この作者さんのほかの本も読んでみたいです。
起承転結とか、きっちりとした筋とかそういうことを求めてはダメなんでしょうね。
獄中から手紙をくれた人はどうなったのか?
愛憎?なマヤと紅田さんの詳細、
女医とジョイする関係は結局どうなったのか?とか気になる。
表現の面白さ、限界にチャレンジ的な面白さを堪能する文章でした。
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第四回読売文学賞受賞作品。
長年ドイツで暮らす「わたし」の身の回りで起こるあれこれ。
なんというのかな。春先のお天気のいい午後に、日当たりのいい部屋でうつらうつらしながらお気に入りの小説を読んでいる感じ。目が追っている文章と、頭の中に浮かぶ文章が入り交り、どこまでが小説でどこからが自分の夢の中のことなのか、はっきりしないけれどそのつかみどころのなさがなぜか心地よくて、できればこのまま小説の行間に埋もれていたい、と思うような。