電子書籍
逆説の日本史 別巻1 ニッポン風土記[西日本編]
著者 井沢元彦
ベストセラー歴史ノンフィクションの金字塔『逆説の日本史』が10倍面白くなる「別巻シリーズ」第1弾!この「別巻シリーズ」は、井沢元彦氏が『逆説の日本史』で書ききれなかった「...
逆説の日本史 別巻1 ニッポン風土記[西日本編]
逆説の日本史 別巻1 ニッポン風土記 西日本編 (小学館文庫)
商品説明
ベストセラー歴史ノンフィクションの金字塔『逆説の日本史』が10倍面白くなる「別巻シリーズ」第1弾!
この「別巻シリーズ」は、井沢元彦氏が『逆説の日本史』で書ききれなかった「ニッポンの真実」を、より深く味わうための必読書です。
第1弾は「ニッポン風土記[西日本編]」。
〈同じ気質のグループは現在の「県」ではなく昔の「国」で捉えたほうがいい〉というのが持論の井沢氏が、五畿(大和・山城・河内・和泉・摂津)、山陽道(播磨・備前・備中・美作・備後・安芸・周防・長門)、山陰道(丹波・丹後・但馬・因幡・伯耆・出雲・石見・隠岐)、南海道(紀伊・淡路・阿波・讃岐・土佐・伊予)、西海道(豊前・豊後・筑前・筑後・肥前・壱岐・対馬・肥後・日向・大隅・薩摩)の38国のお国柄と気質に迫ります。
「なぜヤマトが大和となり、日本の総称になったのか?」「平清盛が安芸に厳島神社を建てた狙い」「坂本龍馬の心に火をつけた土佐の“いごっそう”魂」「西郷隆盛や大久保利通など維新の志士を育てた薩摩の郷中教育」……。
全国津々浦々を訪ね歩き、逆説史観で読み解いた「平成版人国記」の決定版!
著者紹介
井沢元彦
- 略歴
- 1954年名古屋市生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局(政治部)記者を経て、作家に。「猿丸幻視行」で江戸川乱歩賞を受賞。ほかの著書に「逆説の日本史」など。
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それぞれの地域の歴史トピックス
2021/10/26 22:00
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:だい - この投稿者のレビュー一覧を見る
◯五畿
・大和
ヤマト(山門)は九州にあり、東遷により日本の中心になった
地名の由来は“大いなる和”
・山城
天武系から天智系への転換で平安京は作られた
・河内
古市古墳群は大国日本を示すランドマーク
・和泉
鉄砲の火薬(硝石)輸入拠点として堺は発展
・摂津
応神・仁徳が都を置いた日本の玄関口難波宮
◯山陽道
・播磨
日本三奇“石乃宝殿”(生石神社御神体)
石室作成中止の跡と思われる
・備前
縄文の美、備前焼は日本六古窯のひとつ
・備中
古代吉備王国の中心地
造山古墳は第4位の大きさ(吉備津彦の墓?)
・美作
森忠政(森蘭丸弟)築城の津山城は三大平山城
・備後
鞆の浦は古代から瀬戸内海交通の要衝
・安芸
伊都伎嶋(厳島)神社の社殿デザインは清盛?
・周防
室町時代の守護大名大内氏により山口は世界に名の知れた大都会だった
・長門
壇之浦で源氏が平家を滅ぼし、松下村塾では維新の英雄を生んだ
◯山陰道
・丹波
戦国時代丹波亀山城にて光秀が治めていた
・丹後
峰山では弥生土器が多く出土し、中国“新”時代の貨幣も発見された浦島太郎の発祥の地
・但馬
朝鮮王族“天日槍”の到来地(出石神社)
生野銀山があり、和田山竹田城は山名宗全が築城した
・因幡
大国主命が助けた白兎海岸”因幡の白兎”
・伯耆
大山は、白山“加賀”や月山“出羽”と並ぶ山岳信仰の聖地
・出雲
国譲り神話で大国主命が天照大神に国を献上し、神霊を祀ったのが出雲大社
荒神谷遺跡と巨大建物を支える支柱跡が発見され、伝承の信憑性が高まった
・石見
石しか見えないから“石見”
柿本人麻呂が水処刑されたと言われる鴨山
・隠岐
後鳥羽上皇(承久の乱)と後醍醐天皇(元弘の乱)が流された島
◯南海道
・紀伊
弘法大師(空海)は、俗界と交わりを断つ深山幽谷というべき高野山を拠点とした
・淡路
海産物や米を天皇の食膳として供給する“御食国”に指定されていた
・阿波
阿波踊りは、蜂須賀家の奨励により盛んになった
・讃岐
真言宗を開いた空海の生地は善通寺
金比羅様は大物主神とされている
・土佐
いごっそうの代表格は“坂本龍馬”
筋は通っているが頑なではなく柔軟性もある
・伊予
藤原純友の乱は伊予水軍の決起
将門が討死しなければ京を占領する勢いだった
◯西海道
・豊前
小倉を中心とした関門海峡を守る軍事基地としての城下町
全国八幡宮の総本社“宇佐神宮”があり、大和朝廷の発生地かもしれない
・豊後
元は豊の国で卑弥呼の後継者“トヨ”の国ではないか
・筑前
日本の中国・朝鮮への玄関口
磐井の乱は、九州王と大和朝廷の闘いかもしれない
・筑後
関ヶ原で西軍に味方した“立花宗茂”は柳河21万石に奇跡のカムバックを果たした
・肥前
吉野ヶ里王国は、大和朝廷と覇権争いに破れた国のひとつと考えられる
フェートン号事件で目覚めた佐賀藩は近代化を進め、薩長土肥として維新に活躍した
・壱岐
魏志倭人伝の“一支国”を確定する原の辻遺跡に弥生時代の船着き場が発見された
・対馬
島主宗氏は、秀吉の朝鮮出兵で、板挟みにあい、二枚舌外交で生きていた
・肥後
装飾古墳が集中しており、大和朝廷とは別の勢力“熊襲クマソ”の文化ではなかったのかと推測される
・日向
天孫族が降臨したと言われる高千穂は2つあり、北部の高千穂町であり、南部の高千穂峰である
・大隅
鹿児島神宮の主祭神は山幸彦
負けた海幸彦がハヤトの祖先であり、天孫族が隼人族を征服した証と言われている
・薩摩
日本最大の革命明治維新は薩摩隼人によって成し遂げられたが、極めて保守的な民族である