紙の本
少なからず得るものはある
2001/12/12 12:31
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:白井道也 - この投稿者のレビュー一覧を見る
“文学”とは何か、“良い小説”とは何かについて、仏文学者の桑原武夫が述べる。話は抽象的であるが、小説という芸術ジャンルに興味を持っている人間ならば、一読して得るものは少なからずあるだろう。最終章にある、『アンナ・カレーニナ』の読書会の模様も興味深い。
世界の近代文学傑作選が巻末にあるのも参考になる。
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本棚を探っていると、
桑原武夫『文学入門』(岩波新書)が出てきます。
本に書きこまれたメモによると、高校生のときに1回、
予備校生のときに1回、大学に入って1回、読んでいます。
パラパラめくってみたら、
「ああ、この事柄は、この本で学んだのか」
ということが多いのに、改めて驚きます。
桑原先生の書いたことは、いつの間にか
わたくしの頭脳の中で、勝手に「わたくしの物」化していたのです。
巻末に、「世界近代小説五十選」が載っています。
イタリアのボッカチオ『デカメロン』から
中国の魯迅の『阿Q正伝』に至るまでの
名作50作品の“必読書リスト”です。
50作品の中で、実際に読んだ作品数を数えてみたら、
『アンナ・カレーニナ』や『ボヴァリー夫人』など
18作品に過ぎません。
自分では、「結構、読んでるつもり」でしたが、
実際は、まだ半分の25作品にも達していない。
まだまだ、これから、ですね。
*
いえ、まだまだ、楽しみは残っている、と解釈します。
ただし、『チボー家の人々』など、絶対に読まないであろうという本も入っているので、
すべて制覇することはできそうもありません。
新しいリストが必要ですね。
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[ 内容 ]
私たちの文化生活のなかで最も重要な地位を占めている文学、これを狭い文壇意識から解放して、正しく社会に結びつけることほど大切な問題はないであろう。
なぜ文学は人生に必要か。
すぐれた文学とはどういうものか。
何をどう読めばいいか。
清新な文学理論と鋭い社会的洞察力をもって、文学のあるべき姿と味わい方を平明に説く。
[ 目次 ]
第一章 なぜ文学は人生に必要か
第二章 すぐれた文学とはどういうことか
第三章 大衆文学について
第四章 文学は何を、どう読めばよいか
第五章 『アンナ・カレーニナ』読書会
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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文学という物は「インタレスト」によってその価値が決まるというのは、何となく分かったような分からないような感じだった。しかしその後にまるで大衆文学の存在を批判するような、記述がみられたが、その後には大衆文学が必要であるというような記述もみられて結局どういうことが言いたいのか分からないような本だった。その原因はこの著者がこういった主張の文章(論文)を書く能力が弱いからだと思う。そう考えると分かりよい文章を嫌う人なのかもしれない。
ところでこの本の最後にあげられている「世界近代小説五十選」は非常に役立つと思う。これから国際化の中で教養として世界で読まれている文学を読んでおきたいがなにを読めばいいのかは、なかなか見えてこない物だったから。
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いささか古いが、文学の中核的な意義は存分に語られていると思う。最後に読書会をもってくることも構成的に素晴らしい。その意義がしっかり伝わる。それにしても日本の私小説に対して本当に腹立たしいのだろうな。
・理性の増強と知性の増加に、人生へのインタレスト、感動する心、常に新しい経験を作り出す構想力が必要。
・現実の人間は哲学者の区分をこえて全的に生きることを具体的に示すのが文学。
・文学者の偉大さとは、彼がその胸の中にいかに多くの人間を生かしうるかによって定まる。
・すぐれた文学:生産的、変革的、現実的。通俗文学:再生産的、温存的、観念的。
・新聞に小説を載せるのは日本だけではないか。
・普遍的な客観性を通らない個性はない。
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『文学入門』。直球のタイトルであります。今時かういふ書名は、気恥づかしくて付けられないでせう。
昭和25年といふ、まだ戦後の混乱が続く時代を感じさせます。
なぜか。当時の文化人と呼ばれる人たちは、敗戦の責任の一端に、日本の文化が欧米に比して大きく遅れを取つてゐたことがあると感じてゐたらしい。文化国家を目指す日本としては、如何なる文学が必要か、啓蒙活動が必要だ...
戦後日本の、アジア軽視・欧米追従の姿勢はかういふ点も関係してゐるのでせう。
友人のS氏は「俺のバイブルだ」と評し、先輩のN氏は「つまらん本だ」と切り捨てた本書。ちよつと見てみませう。
第一章「なぜ文学は人生に必要か」では、文学の面白さを広く指す言葉として、「インタレスト」なる用語を多用します。作者が読者に迎合する面白さは低俗で、断じてインタレストではないさうです。
人生は合理性一辺倒では生きられず、人生に充実と感動を与へるものが必要だと説き、それが正にインタレストなのでせう。
第二章「すぐれた文学とはどういうものか」では、トルストイが提唱した藝術に不可欠な三要素「新しさ・誠実さ・明快さ」を借用し、桑原流文学論を展開します。ここでもインタレストといふ概念が比重の重さを占めてゐます。
第三章「大衆文学について」では、すぐれた文学が生産的・変革的・現実的であるのに対し、通俗文学は再生産的・温存的・観念的であるといふ。日本ではこの通俗文学がはびこり、それは出版社・作家・読者・批評家の共同責任であると述べます。この人は要するに、通俗文学が好きぢやないのですね。
第四章「文学は何を、どう読めばいいか」この題に反感を抱いた人は(わたくしもさうですが)、従来の日本の文学観に引き摺られてゐるからださうです。ふうん。巻末の「世界近代小説五十篇」は、作者なりの回答なのでせう。俳句や短歌に対する評価の低さは気になります。
第五章「『アンナ・カレーニナ』読書会」は、まあ第四章の実践篇と申せませうか。恥づかしながら、わたくしは『アンナ・カレーニナ』を読んでませんので、発言内容についていけないところもありますが...K先生の自身たつぷりな語り口は絶品ですな。
文学入門といふよりも、日本の文学はかうあるべきだといふ提言を込めた、桑原武夫氏による文学評論ですかな。特に第一章・第二章には卓見が多く含まれ、現在も版を重ねる理由が分からうといふところです。
ぢや、ご無礼します。
http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-109.html
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純文学と通俗文学の違いがわかるようになったような……少なくともその目指すところの違いはわかったような気がしないでもない。
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フランス文学研究者の著者が、文学作品のおもしろさについて平易に語った本です。
著者は、「インタレスト」(興味・関心・利害観)を引き起こすところに文学のおもしろさがあると主張しています。文学作品の著者が個人的に抱いた「インタレスト」が、作品として客観化され、読者の「インタレスト」を引き起こすことになります。そしてこの「インタレスト」の広がりと深みが、文学作品に価値と意義を付与することになります。
「文学入門」と銘打たれた本書では、18世紀に起こった近代小説を重視する立場が取られています。その理由として、近代小説は市民階級の文学であり、特別な教養や約束を前提としていないこと、また、自由意志を持つ個人をベースにして日常生活が描かれていることがあげられています。
巻末には、トルストイの『アンナ・カレーニナ』をめぐる架空の読書会と、「世界近代小説五十選」というリストがあります。
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文学の持つ意味。本物の文学とは。
近代小説というジャンルのみを取り扱っていますが、現代人が必要とする文学の本質を突いているような気がします。60年以上前に書かれたものとは思えないほど、鋭さを持っています。
文学入門というタイトルから想起するほど難しく複雑ではないので是非一読してみることをお勧めします。
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要約
第1章
文学は、はたして人生に必要なものであろうか?
単純に、文学が面白いからこそ必要だと著者は考える。ここで言う面白さとは、amusing ではなく interesting 。両者の違いは能動性にある。つまり、作者の誠実ないとなみによって生まれた文学作品を能動的に堪能することが、文学の醍醐味と言える。
第2章
すぐれた文学とはどういうものか。
我々を感動させるもの。その感動を経験したあとでは自分が何か変革されたと感じられるものである。
このような文学の条件は、明快さ=再経験しうるもの、誠実さ=作者自身が切実なインタレストをもっていること、新しさ=新しい経験 だと著者は考える。
第3章
すぐれた文学に対し、大衆文学(通俗文学)が世に溢れている。すぐれた文学と通俗文学には大きな差異があり、価値について前者は生産的、後者は再生産的、精神について前者は変革的、後者は温存的、全般的性格について前者は現実的、後者は観念的などがあげられる。こうした通俗文学が人気を集めるのには、社会的な土壌が影響している。
第4章
文学は何を、どう読めばいいか、という問いに対して答えを出すためには、日本国民の文学教養における共通なものを持つ必要がある。それ自体楽しいのは言わずもがなだが、低俗な文学を遠ざける副作用を持つ。
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最終章「アンナ・カレーニナの読書会」以外を読み終えた。古い本だけど、中身は今でも通用するし、踏み込んでしっかり意見も言っている。開かれてはいるけど言うべきは言うと言った感じ。文学にわくわくしたものを感じさせてくれるので不運にもいい本に巡り会えない時なんかに読み返すといいかもしれない。そもそも文学とはという感じがあっていいように思う。
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13年4月7日日経朝刊の「リーダーの本棚」のコーナーで、SMBC日興証券副会長の渡辺英二さんの座右の著として紹介されており読んでみた。
本自体はだいぶ昔の本なのだが、とても面白く読むことができた。
文学を読むということは、それを通して新しい経験をすることであり、本当の文学はハイキングではなく初登頂のようなもの、というような表現があったが、きっとその通りだと思う。ただ、それが書かれた時代では初登頂であっても、そこから歴史を経るとどうなるのか、文学はそれでも生き残ったものなのだろうが、その辺り疑問が残る。
日本には文学が育ちづらいというが、では海外文学を鑑賞するのに翻訳でいいのか、といった点にも触れられていて、好感が持てた。
私自身、文学というものはあまり読んだことがないが、これを読んで、『アンナ・カレーニナ』を読んでみたくなった。巻末の必読書リストも読んでいきたくなる。
[more]
(目次)
第一章 なぜ文学は人生に必要か
第二章 すぐれた文学とはどういうものか
第三章 大衆文学について
第四章 文学は何を、どう読めばいいか
第五章 『アンナ・カレーニナ』読書会
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主に大正から第二次大戦前にかけての文学・大衆文学批評。
入門というだけあって、この手の本にしては平易なことばで書かれており読みやすい。
ただ、自分の読み込みが甘いのだと思うが、「文学とは何ぞや?」から始まって、結局「小説」に落ち着いてしまった感。
こういう観念的なやつは著者と同じ視点にならないとなかなか理解できないと思われるので、とりあえず巻末の50選を読んでから出直してこい、ということかな。
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安心安定の岩波新書。
私は常に「何故ライトノベルは低俗な小説」として扱われているのかを考えていた。それにあたり、文学とは?についての本を読んできたが、この新書が一番納得できる考えだった。
新たな道徳は大抵多くの人に嫌悪され、既存の枠組みに満足であることは、多くの若い人の理解を容易にさせる。
速い話が、同じ道徳の下で同じ枠組みを使い、読者の心を大きく変革させることは難しいことが挙げられるのだろう。
ただ、近代小説は評価が固まっていないことも評価されない理由であるともいい、近代小説は読むべきではないという内容ではない。
筆者は、過去にしか興味を持たず近代および現実に目を向けない人を「世捨て人」と定義する。
再読こそ必要な本だが、読みやすくかつ非常に面白い新書だった。
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2022.2.18 読了
文学に対する厳密な論考を積み重ねる入門書であった。世俗的観点・歴史的観点から海外と日本文学の対比や、文学作品と大衆誌の差異が述べられているが、全体的に議論が遠回りな印象を受けた。