白井道也さんのレビュー一覧
投稿者:白井道也
紙の本レ・ミゼラブル 改版 1
2002/06/24 10:14
訳は岩波より新潮
9人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
岩波は4分冊で新潮は5分冊。ついつい岩波文庫で買ってしまいそうだが、訳は新潮がいい。これは1ページ目を読めばすぐわかる。
19世紀の長編小説がいいのは、ゆったりしてることだ。登場人物が少なくはないが、ひとりひとりに関する記述が濃い。第1章は神父、第2章はジャン・ヴァルジャン、というふうに、ゆっくりじっくり物語を味わえるのがいい。
第1巻は、マドレーヌ市長として振舞ってきたジャン・ヴァルジャンが、良心に従って自らの本性を現すところで終わる。この第1巻だけでも完結できる内容だ。今後、物語がどう展開していくのか楽しみだ。
紙の本うらおもて人生録
2002/05/19 18:13
人生はギャンブル、ではないけれど
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
つらいことが重なってヘコんでる時期に読んだせいもあるけれど、この本の中のコトバがすごく胸に染みた。
「全勝を狙うな。9勝6敗を狙え」とか、「運と実力を見極めろ。運の総量には限りがある」とか。ギャンブラーならではのコトバはすごく含蓄がある。人生をギャンブルに置き換えて考えるのは安易なことかも知れないけど、それにしてもグッと来た。
2001/12/12 12:44
新潮より岩波
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
新潮文庫より岩波文庫の方がいいと思ったのは、出だしを読み比べて訳が簡潔でいいと思ったのと、主要登場人物が巻頭にリストアップされているから(これがないとロシア文学はつらい)。岩波の方が文字は小さいのだけど。
内容は、さすが古典、という面白さ。3組の夫婦の「それぞれに不幸な様子」がディテールまで丁寧に描かれており、1500ページほどもある長さもほとんど苦にならなかった。
紙の本地下室の手記 改版
2001/04/24 14:15
やっぱり面白いドストエフスキー
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
最初の章はやたらに晦渋て、というか主人公の憤懣が抽象的な形でしか語られず、こりゃ大変だと思っていたら、次の章から読みやすくなってほっとした。
確かに「過剰の自意識な男の独白」なのだけど、彼が語る過去の物語がメイン。ほっとけばいいのに嫌な奴に復讐しようとして逆に嫌な目に会ったとか、風俗嬢に説教垂れてそのおねーちゃんに惚れられてうざったくなる話とか、もちろんテーマを真面目に考えればとても深いものがあるのだけど、それを抜きにしても単純にバカな男の失敗談としてすいすい読めてしまう。ドストエフスキーはやっぱりストーリーテリングが巧み。で、その物語をいちど読んだ上で最初の章に戻ると非常に面白い。
2001/01/29 10:19
冷静に物語を分析すれば、そこからはシニカルな現実認識が見えてくる
4人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
ムーミンは物語を読んだこともなければ、アニメも見たことがなかったのに、この「ムーミン・コミックス」にはいともたやすく魅了されてしまった。それはまずは、祖父江慎(「伝染るんです」などでお馴染み)の上品な装丁に負うところが大きい。いくら面白いコミックでも、幼稚な体裁の本は購入する気にならないから。
シンプルな線で豊富な表情をあらわしている表現力と、小さいフレームの中に少なくない要素を盛り込む構図の妙。そのイラストレーションの表現力は、すごいとしか言えない。そしてなにより、ユーモラスな画とは対照的なシニカルな物語が、抜群に面白い。以下では、その物語を簡単に紹介する。
「黄金のしっぽ」:しっぽの先のフサフサがハゲかけているムーミンが、いろんな医者にかかるが効果が現れず、しかしムーミンママの中世的な療法により、何と金色のフサフサが生えてくる。ムーミンは一躍人気者になり、有頂天になるが、次第にその人気を利用する人間も現れる。次第に金色のフサフサもなくなり、ムーミンは普通の生活に戻る。この物語では随所にスナフキンが登場し、うかれるムーミンに対して冷笑的な言葉をかける。その冷めた視線が面白い。
「ムーミンパパの灯台守」:灯台守の求人広告を目にしたムーミンパパが、ロマンチックな夢を求め、一家総出で灯台に赴く。ムーミンパパはそこで海に関する壮大な物語を書こうとするが、インスピレーションが湧かず苦悩する。きちんと灯台守の勤めを果たさないムーミン一家は、前の灯台守に追い出され、ムーミン谷に戻る。ここで面白いのは、ムーミンパパは本当に創作意欲があるのではなく、ロマンを求める男のイメージに憧れているだけだ、というところ。それは、「みんなは気楽でいいよなあ。書けもしない本を書かずにすむんだから」というセリフに顕著だ。さらに、そんなムーミンパパを見守るムーミンママは、殺風景な灯台に生活雑貨や植物を持ち込もうという強迫観念めいたところがある。そこには、「ロマンを求める男、現実的な女」という構図が見える。もうひとつ興味深い箇所は、ムーミンがママに対して「ママ、若いころ暗闇が怖かった?」と聞くと、彼女は「いいえ。パパのために怖いふりをしただけよ」と答えるところ。ここにも、男と女の役割意識(あるいはジェンダーの問題)のようなものが垣間見える。
紙の本外国語上達法
2002/05/25 15:07
これぞ王道
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
外国語習得で大切なのは時間と金。で、その時間と金をかけて何を学べばいいかというと単語と文法。
自らを天才ではないといいながらもマルチリンガルであった千野先生によるコトバは、ストレートで説得力がある。辞書や教師の選び方、発音の大切さなども説いており、とても読みがいのある名著。
紙の本整体 楽になる技術
2001/12/12 12:57
もっとこの本は注目されるべきだ
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
「身体感覚を取り戻す」と同じぐらい興味深い身体論の本なのに、注目度が薄いのは、やはり書名に問題があるのではないか。実は整体の技術に関する記述はほとんどない。参考になるのは、不眠に効く背伸ばし運動のやり方と、眼の疲れをとるためのアクビを出す方法で、あとは身体論の話。
いろんな話があちこちから飛び出すのだけど、面白かったのは身体と音楽の関係。著者によると、身体感覚が人々にあった数十年前はロックのグルーヴ感が有効だったけど、身体感覚が希薄な現代人にとってはそのグルーヴもあまり効果的ではなく、むしろレディオヘッドの『Kid A』的な浮遊感が効く、というもの。整体の本でレディオヘッドが出てくるとは思わなかった。著者の懐の深さを痛感した。
2002/06/20 10:26
塩野の人生訓
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“歴史”というものにまるで興味のなかった僕でも非常に面白く読める、ということは、ローマ帝国の歴史が物語として面白いということもさることながら、その面白さを理知的に書ける塩野の文才が絶大だということだ。
バルザックは小説のなかでしばしば人生訓を語るが、塩野も負けていない。例えば、
「敗けっぷりに良いも悪いもない。敗北は敗北にすぎない。ただ、敗北からどう起ち上がるかが重要なのだ」
といったようなもの。こういった含蓄あるひとことが興味深い。
紙の本バルザック「人間喜劇」セレクション 第11巻 従妹ベット 上
2002/06/10 12:41
評判どおり
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“バルザック年の最高傑作”ということは聞いていたが、読んだら納得。
登場人物の多さもちょうどいい。彼らの関係網が面白い。冗長な話が少なくて、話がどんどん深まっていく。文句なしに面白い。
紙の本バルザック「人間喜劇」セレクション 第3巻 十三人組物語
2002/05/19 18:30
バルザックの面白さを痛感
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毎日新聞の書評にも載っていたけど、これは面白い本。三話からなるオムニバスで、それぞれの登場人物が密接に絡み合い、パワフルな登場人物がいて、ストーリーがどんどん展開していく。バルザックおなじみの無駄話も面白い。
2002/04/16 13:27
胡散臭いタイトルだが中身は秀逸
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胡散臭いタイトルの本だけど、中身は秀逸。あのじれったい「失われた時を求めて」をいかにして読むか(あるいはなぜプルーストはあのようなじれったい文章を書いたのか)ということが、プルースト自身の姿をあわせて書かれている。
長々とした喩えやディテールへの執着などを楽しめるようになれば「失われた時」は克服できるし、日々生きていても“幸せ”を感じることが多くなる。少なくとも僕はそうだ。
紙の本野球人
2002/04/02 10:17
4番とは、タイトルとは、等々
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第1部は日ハム時代の回想。第2部は落合の記憶に残る10勝負の回想。ここでは、長年4番を張ってきた者にしか分からない「4番」の意味、“アーティスト”と“スラッガー”の違い、3度三冠王を獲った者ならではのタイトルの取り方・タイトルの意味などなど、含蓄のある話題が読める。
落合は別に「プロフェッショナル」という書を著しているけど、落合こそはプロフェッショナルであり、そのプロでしか分からない“極意”が読めるというこで、僕は落合の文章が好きだ。
紙の本マクルーハン
2002/02/25 19:15
デザインすごい
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マクルーハンの思想がコンパクトにまとめられている、という点で“買い”。『メディア論』も『グーテンベルグ』もサッパリだった(僕の頭が悪いのか翻訳が悪いのか)僕にとっては嬉しい限りの入門書。
で、この本で特筆すべきはデザイン。“イラストを多用!”とか“ポップなデザイン!”なんてレベルではなくて、何と言うかテキストを読者に読ませるためにデザインが最大限の奉仕をしている。こういうデザインの形がマクルーハンの思想に結びついているのかどうかはさておいても、このデザインはもっと話題になってもいいと思うのだが。
紙の本季節の記憶
2001/04/20 17:29
静かに刺激的
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良い小説かどうかは分からないけど、好きな小説ではある。
妻と別れた男とひとり息子との日常が淡々と綴られるが、この小説で面白いのは物語の展開ではなくてその親子の会話。子供ならではの哲学的な疑問(例えば、時計は僕が見ていない時にも動いているのか、のような)に、父親が真剣に(決して子供騙しではなく)答える。その問答がまず刺激的。
そして、父親は息子に文字を教えようとしない、という設定も、著者の言葉に対するなんらかの姿勢を表明しているように思える。
なにげない小説ではあるけれど、刺激は多い。そして中公文庫は文字が大きくて読みやすい。
紙の本バルザック「人間喜劇」セレクション 第1巻 ペール・ゴリオ
2001/04/09 18:10
こんなに面白いと思わなかった
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バルザックは凄いという話は前から聞いていたが、初めて読んでみたらびっくりした。文句なく面白い。
寂れた下宿を舞台にした群像劇。立身出世を遂げようとする若者や、タイトルロールである落ちぶれたペール爺さん、あるいは痛快な悪党など、出てくる人物がとにかく生き生きとしている。物語そのものもダイナミックで、ハッピーエンドではないにしても、そのラストはかなりかっこいい。
表紙も粋だし、随所にイラストが入っていたりと、装幀も素晴らしい。訳者・鹿島はあとがきで「この世には二種類の人間がいる。それはバルザックを読んだ人と、バルザックを読まなかった人」と記しているが、それはあながちオーバーな表現ではない。