心理学のプロが教える　認知症の人のホントの気持ちとかかわり方 新着

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1. 認知症への偏見を乗り越えて：「ホントの気持ち」に寄り添うために
本書は、心理学の専門家である大庭輝氏が、認知症の方々が抱える真の気持ちや、それに基づいた適切な関わり方について、具体的なエピソードや心理学的知見を交えながら解説するものです。冒頭では、穏やかに生活していた認知症のAさんが入院を機に混乱状態に陥った事例を通じ、環境変化が認知症の方の行動に大きな影響を与えうることが示唆されます。かつて「痴呆」と呼ばれたことによる侮蔑的な意味合いや、「何も分からなくなる」といった社会的な偏見は依然として根強く、多くの人が認知症になることへの不安（生活上の支障、周囲からの否定的な目、家族への迷惑など）を抱えている現状が指摘されています。本書は、このような誤解や偏見を解き、認知症の方の「ホントの気持ち」を理解することで、より良い共生社会の実現を目指しています。

2. 「認知症」とは何か？：病気ではなく「状態」としての理解と多様な原因
認知症の基本的な理解として、本書はそれが特定の**「病気」そのものではなく、「何かしらの原因によって脳に器質的・機能的な障害が起こった”状態”」**であると明確に定義しています。これは、例えば腹痛が食べ過ぎや食中毒といった様々な原因で生じる「状態」であることと同様に捉えるべきだと説明されます。認知症を引き起こす原因となる疾患は多岐にわたり、代表的なものとして、脳に異常なたんぱく質が蓄積し神経細胞を破壊するアルツハイマー病、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害、脳の神経細胞にレビー小体という異常物質が蓄積するレビー小体病、そして脳の前頭葉と側頭葉が萎縮する前頭側頭型認知症などが挙げられます。これらの原因疾患によって障害される脳の領域が異なるため、現れる症状や必要とされる関わり方も大きく異なります。例えば、アルツハイマー病では初期から記憶障害が顕著に見られる一方、レビー小体型認知症では初期には記憶障害よりも幻視といった視覚機能の異常が目立つなど、「認知症＝もの忘れ」という画一的な捉え方は誤りであると強調されています。また、薬物療法においては、特に認知症高齢者に対する抗精神病薬の使用が死亡リスクを高めるという報告もあり、副作用によって症状が悪化したり、認知症が進行したと誤解されたりするケースもあるため、薬を使い始めた前後の状態を注意深く観察することの重要性が指摘されています。

3. 「症状」の奥にある本人の思い：当事者視点で捉える「チャレンジング行動」
認知症の方に見られる一見不可解な言動は、介護者側からは単なる「症状」として捉えられがちですが、本書は**「当事者の視点に立つ」ことの圧倒的な重要性を繰り返し強調します。当事者にとっては、それらの言動は、自身が直面している困難な状況や不安を何とか解決しようとする必死の試みであり、「チャレンジング行動」**として理解することができると説明されています。近年、認知症の行動・心理症状（BPSD）をこのようにポジティブに捉え直す動きも出てきています。私たちは無意識のうちに自分自身の視点や価値観の枠組みで物事を判断しがちですが、当事者の立場に立ってその行動の背景にある気持ちや意図を想像することで、初めて認知症の方の本当の気持ちを理解し、適切な関わり方のヒントを得ることができるのです。かつて「痴呆」という言葉が持つ差別的なニュアンスを払拭するために「認知症」という呼称に変更されましたが、調査によれば「認知症」という言葉に対しても依然として様々な受け止め方があり、必ずしもネガティブなイメージが完全に払拭されているわけではないという現状も示唆されています。

4. 記憶の迷路に寄り添う：同じ質問、もの盗られ妄想、薬の飲み忘れへの具体的な関わり
認知症の方との関わりで頻繁に遭遇する記憶に関連する行動について、本書は具体的な対応策を提示します。「何度も同じことを尋ねてくる」のは、健常者の物忘れ（主に想起の問題）とは異なり、出来事自体を覚えられない（記銘や保持の問題）ことが多く、本人の不安を解消しようとする試みです。対応としては、安心感を与え、時には話題を転換することが有効です。「お金を盗られた」と訴える**「もの盗られ妄想」は、記憶障害と現実認識の困難さ（リアリティ・モニタリングの問題）が複合的に作用した結果と考えられ、説得は逆効果です。本人の怒りや悲しみの感情に寄り添い、「一緒に探しましょう」と提案し、本人が自分で発見できるよう導く工夫が求められます。「薬を飲み忘れる」のは、将来の予定に関する記憶である「展望記憶」の障害が原因であり、お薬カレンダーやリマインダー、そして「時間ベース」（例：8時に飲む）だけでなく「事象ベース」（例：食後に飲む）の声かけが有効です。言いたい言葉が出てこない「喚語困難」に対しては、何を言いたいのかを推測し、周辺情報を引き出すような質問を交えながら、会話そのものを楽しむ姿勢が大切です。質問に対してつじつまの合わない返答をする「取り繕い」**（アルツハイマー型に多い）は、プライドを守るための本人なりの努力と理解し、否定せずに話を合わせる配慮が求められます。

5. 行動と認知のつまずきを支える：できること探しと安心できる環境づくり
身体の使い方や物の認識に関する困難さへの対応も重要です。包丁の使用や自転車の運転といった身体が覚えている**「手続き記憶」は比較的保たれやすいものの、「料理をする」といった一連の行為は難しくなることがあります。この場合、「料理」のような抽象的な指示ではなく、「野菜を切る」といった具体的な動作に着目し、本人が「できること」を探し、行ってもらうことが自尊心の維持に繋がります。「歯ブラシの使い方が分からなくなる」のは、物の名称や用途に関する知識の記憶である「意味記憶」の障害であり、言葉やジェスチャーでの説明が困難になるため、同様に具体的な動作への支援や代替手段（例：箸からスプーンへ）の検討が必要です。「物が歪んで見える」といった視空間認知の障害や幻視・錯視に対しては、バリアフリー設計、手すり、照明の工夫など、不安を与えない環境整備と心理的サポートが有効です。ものの扱い方や体の動かし方が分からなくなる失行のある人には、一つ一つの動作を順番に促し、本人の同意を得ながら最小限の介助を心がけます。時間や場所が分からなくなる見当識障害は、本人にとってはそれが現実であり、「状態」であるため、その主観的な事実を否定せず、カレンダーなどで客観的な情報を提示し認識を助ける工夫が求められます。道に迷う不安に対しては、分かりやすい目印の設置や外出時の付き添いが基本です。周囲の言動を真似たり、目に映ったものに反射的に手を出したりする「環境依存症候群」や「口唇傾向」**（手に取ったものを口に入れる）は、主に前頭葉の障害によるものであり、本人の意思とは別に体が反応してしまう状況と理解し、危険物を取り除くなどの環境調整で対応します。同じ行動を繰り返し続ける「常同行動」（周徊など）も、無理に制止するのではなく、行動のきっかけを観察し、別の活動に置き換えるなどの工夫が有効です。注意が散漫になりやすい場合は、静かな環境を整え、名前を呼んでから短い言葉で伝えるなど、丁寧な確認が大切です。

6. 心を通わすコミュニケーション術：「ふだんどおり」と「その人らしさ」を尊重する関わり
認知症の方とのコミュニケーションにおいては、予防介護の鍵とも言えるいくつかの重要なポイントがあります。最も大切なのは、認知症というフィルターを通さず、その人自身に対して「ふだんどおり」に接することを心がけることです。認知症は原因疾患や進行度が個々人で異なるため、「認知症だから短く話す」といった一律の対応は避けるべきです。高齢者に対して幼児に話しかけるような不適切な言葉遣いである「エルダースピーク」は、本人のプライドを傷つけかねません。むしろ、介護者側のペースではなく、相手に決定を委ねるような声かけ（例：「お風呂に入りませんか？」）で自己決定を尊重し、同意を確認する姿勢が重要です。加齢による難聴（特に高音域）も考慮し、声のトーンを調整したり、明瞭な発音を心がけたり、対面で話しかけたりする配慮も必要です。また、認知症の方は注意の選択や持続が困難な場合があるため、静かな環境を整え、本人の視界に入ってから、名前を呼び反応を確認しつつ、会話を区切りながら応答を急かさずに話すことが効果的です。質問も「はい・いいえ」で答えやすい「閉ざされた質問」を中心にするなどの工夫が求められます。意思疎通は言葉だけでなく、**表情、口調、話すスピード、身振り手振りといった「非言語的コミュニケーション」や「周辺言語」も極めて重要であり、特に笑顔は安心感を与える上で有効です。認知症ケアの基本理念である「パーソンセンタードケア」は、認知症という「病気」ではなく、認知症の「人」そのものに焦点を当て、その人らしさを尊重することの重要性を説いています。だます、子ども扱いする、無視するといった「悪性の社会心理」**に陥っていないか常に自問し、誠実に向き合う姿勢が求められます。

7. 介護を支える視点と制度：「ケア・ライフ・バランス」と「早期希望」、そして共生社会へ
認知症の方の介護を持続可能なものにするためには、介護者自身の心身の健康を保つ視点が不可欠です。本書は、仕事と生活の調和を指す「ワーク・ライフ・バランス」と同様に、介護と自身の生活の調和を図る**「ケア・ライフ・バランス」の重要性を強調し、介護を家族だけ、特に一人で抱え込むことの危険性を指摘しています。介護はチームで取り組むべきであり、デイサービスやショートステイといった公的サービスの活用や��専門家、信頼できる相談相手を見つけることが推奨されます。また、認知症の早期診断については、かつて治療法がないことへの絶望感から「早期診断、早期絶望」と揶揄されることもありましたが、近年では治療薬の開発が進み、人生の最終段階に備える時間を確保できるといったメリットから「早期診断、早期希望」**へと意識が変化してきています。最後に、本書は認知症を「異常」なものではなく、脳の機能障害による「状態」として捉え、その行動や気持ちを理解し、時には環境調整によって対応していくことの重要性を改めて訴えています。紹介された対応策は多岐にわたりますが、実際には複数の要因が複雑に絡み合っているため、完璧な正解はなく、個々の状況に合わせて試行錯誤を繰り返しながら、その人らしい生活を支えていくことこそが大切であると結ばれていま