紙の本
「性」と「悪」、そして「許し」
2011/09/12 22:12
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:kumataro - この投稿者のレビュー一覧を見る
空也上人がいた(くうやしょうにん) 山田太一
空也上人の彫像は京都六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)にあります。見たことがあります。口から出ているのは、音符ではなくて、仏像です。わたしは最初、音符符号と勘違いしました。四分音符に見えました。そういうわけで、カバーにある空也上人の絵を見て読むことにしました。心に重い負担を与える内容です。人間の根源にあるのは「性」なのです。そして「悪」なのです。最後に「許し」がくるのです。
主人公は中津草介27歳で、特別養護老人ホームのヘルパーです。車椅子を押しているとき、ストレスで精神が切れて、車椅子を放り出します。車椅子にのっていた女性は床にころがり落ちます。そして、認知症のはずの女性は、車椅子から落ちた瞬間だけ正気に戻り、中津草介をにらむのです。<おまえがやったな>。女性は6日後に亡くなります。周囲の職員は、中津草介をかばいますが、彼は自ら辞職します。警察沙汰にはなりません。
中津草介は退職後、ケア・マネージャー重光雅美46歳の紹介で、81歳男性吉崎征次郎の個人契約ヘルパーとして働き出します。吉崎も車椅子生活者です。吉崎は自分の変わりに中津に空也上人を関東から京都まで見学に行かせます。空也上人の彫像の目が光るのです。<おまえがやったな>。
そこまでの展開でも胸にぐっとくるものがあるのですが、物語はその後、重厚な積み上げ作業へと進展していきます。全体で155ページ、文字数はそれほど多くない小編です。されど中身は濃い。作者の魂ののり移り先が吉崎征次郎です。読んでいる途中で何度か、吉崎のおっさんはいったい何を言っているのだ!と憤慨しましたが、なかなかたいした個性の持ち主でした。
紙の本
人生の途中で重荷を背負った人に。山田太一「空也上人がいた」。
2011/08/22 12:05
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:オクー - この投稿者のレビュー一覧を見る
150ページぐらいの短い小説だ。脚本家である山田太一の小説は風変
わりな設定が多い。だからこそ、読む側はグググッと前のめりになる。
しかも、そこに鋭いアッパーカットが!これが効くのである。さて、今
回の小説、作者は裏表紙でこんなことを書いている。「もう願い事もい
くらも果せない齢になり、あと一つだけ小説を書いておきたかった。二
十代の青年が語る七十代にならなければ書けなかった物語である」。山
田太一76歳、そうか、実際にはどうなるかわからないが、これが最後の
小説か。
さて、「空也上人がいた」である。タイトルだけ見ると時代小説とさ
え思えるがそうではない。空也上人は確かに出て来る。重要な役割だが、
出番はそれほど多くない。特養老人ホームのヘルパーだった27歳の草介
はある事故がきっかけでホームをやめる。心配した女性ケアマネージャ
ー重光が新しい仕事を持って来る。吉崎という82歳の男性の在宅介護だ。
山田太一らしい予想外の展開がここから始まる。吉崎は草介に京都に行
けと言う。六波羅蜜寺に行って、木彫りの空也上人を見て来いと言う。
ほら、口から小さな仏像を出しているあの空也上人の立像だ。吉崎の意
図は?それを見た草介の反応は?
人生の途中でなんらかの重荷を背負ってしまった人間がいる。この物
語に登場する3人は軽重の差はあるがそういう人々だ。彼らに必要なも
のはいったい何なのか?その答えがここにはあるような気がする。46歳
の重光さんを真ん中にこの3人の間には「恋のようなもの」も垣間見え
る。その恋の行方は?交錯する思いの果てにたどりつくのは?ラストが
圧倒的。これは山田太一がたどり着いたある境地だ。少し驚きながらも、
それを受け入れている自分がいる。さて、あなたはどうだ?
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ベテランの筆。口から「南無阿弥陀仏」の言葉が小さな仏となって出ている空也上人の像は一度見たら忘れられない。
老健施設の元職員だった青年と40歳代のケアマネが、在宅介護を依頼した老人を介在として温かい交流が芽生える・・という話。
年齢についての社会の概念、そんなものハズセヨってメッセージは、スナオに腑に落ちる。
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山田太一の描く大人の御伽話。誰もが心に持つ「抜けずにいる小さな針先」のような罪と赦し、高齢化社会における尊厳死のあり方、介護の現場の厳しさ、40半ばの女性と20代の若者との恋愛。こんな都合のいい筋書きは現実にはないだろうと思いつつ、最後に救いのある話だった。
人は幾つになっても恋をするし、恋をするとその人の幸せを願うものなんだな。
「サバサバしていて色っぽいのはせいぜい十代の終わりくらいまでで、四十代のサバサバは、ただしらじらとしているだけと思うけど、八十代から見ると、自分の齢の半分くらいなのだから随分若く感じるのかもしれなかった。」イタい言葉だ。
来年は、京都に行ったら、六波羅蜜寺の空也上人の光る眼を見たい。
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老人介護とか自殺とかかなり重い内容で話が展開していくにもかかわらず、かなり読みやすい。軽く読みすぎてしまってはいけないような気にさえなるくらい。あまり感情移入せずに読み終えて、最後にじっくり考えてもらいたいという筆者の意図があるのかもしれない。
誰にも言えない過去ほど大袈裟なものではなくても悩みを誰かに言えたらかなり救われると思う。だけど理解してもらえることはたぶんないと思うし、自分が欲しい言葉が返ってくる確率は非常に低いと思う。私はこの本を読んで、自分をあまり責めない自分勝手な生き方をもっとしてもいいような気がした。少し救われた。
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それぞれの世代の性(生)がリアルに描かれている。山田太一さんが書く作品なのでドロドロした感じは受けなかった。ラストもさすが山田太一さんと思う結び。
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山田太一さんの小説ははじめて読んだ。小説というには物足りない気がする(行間を味わうのかなあ……? 私が味わいきれていないのだろうなあ)
でも、ひっかかりのある会話のやり取りはさすがという感じで、映像が思い浮かぶ。山田太一さんのドラマの空気があって、やっぱり小説で読むより映像で観たい気がする。弱っているときに読むには重すぎて、ちょっと読み続けるのが辛かった。
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110422byNHK review
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六波羅蜜寺 空也上人目が光る 63 ←行こ
『異人たちとの夏』 158
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・・・悪いと思ったら、まだ生きているお年寄りにやさしくすればいい・・・ 77
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山田太一の19年ぶりの書き下ろし力作小説。特養ホームで老婆を死なせてしまった27歳のヘルパー草介は、女性ケアマネの重光さんの紹介で、81歳の老人の在宅介護を引き受ける。介護する側の疲労、介護される側のいたわり。ヘルパーと老人とケアマネの風変わりな恋がはじまる。彼らはどこまで歩いていくのか。そして、心の痛みを抱える人々と一緒に歩いてくれる空也上人とは?重くて爽やかな衝撃作。
ヘルパーと老人とケアマネと、介護の現場で風変わりな恋がはじまる。ぬぐいきれない痛みを抱える人々と一緒に歩く空也上人とは?都会の隅で起きた、重くて爽やかな出来事。
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無駄な描写が多く、焦点がぼやけた感じ。
今の僕が読みたいものではなかったか。
若い介護サービスの男性と介護老人の交流があるかと思えば、ありえない方向に話が転換。
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一気に読んでしまった~私は27歳の介護士で特養で老婆を車椅子から放り出してしまい,それっきりで辞めてしまったが,ケアマネージャーの46歳の重光さんは一人暮らしの81歳の吉崎さんの在宅介護を紹介してくれる。車椅子だが病気も呆けもなく,月25万だが,それ以上に出てくるご馳走に驚かされる。病院の付き添いの帰りにはデパートで自分の体型に合った有名ブランドの服まで買ってくれ,京都への使いを言いつかる。東山の松原通りの六原の辻に行けと携帯で指示され,六波羅蜜寺の宝物殿で空也上人の像を下から覗くと,空也上人の眼が光り,どうしようもなく動揺し,特養の入所者を死なせてしまっても仏教に帰依すれば大丈夫だと言われているようで,雇い主の吉崎さんの押しつけが不快で,辞めることを重光に告げると,雇い主は素直に詫び,重光と私が結婚したら財産を相続させようと新たな申し出がなされる。吉崎さんが重光さんを気に入っているのは解るが,ちょっと気になる相手であることは年齢の差が障害であることは確かだ。結婚はありえないと答えると,新しい提案は,目の前でセックスすることだと呆れたことを言う。六波羅蜜寺に行かせた理由を吉崎さんは話し出し,証券会社のお得意さんに儲けさせて褒美を貰って帰る道で,2・3歩道を踏み出し,偶々通りかかった自動車が急ハンドルを切って死亡した事件で取り返しの付かない事をしでかした自分に,空也上人が寄り添ってくれる感覚を得たからだった。一切の申し出はなかったことにされ,たまには実家に顔を出すように言われて5万円のボーナスまで渡されて,豊橋へ出掛けた夜,警察に呼び出された重光さんから吉崎さんが死んで,書き置きが遺されたことが告げられた。睡眠薬を飲んでの入浴。通夜の夜,吉崎さんが熱望し,二人が密かに夢想した関係となる。呼びかけても返事が返ってこない妻の車椅子を押して,新宿の町を歩く~山田太一って,もしかしたら初めて読んだかも。夜10時過ぎから2時間で読んでしまった。81歳の男性って山田さんの数年後の姿だろうか。二人が年取った最後の場面は,やっぱり必要なんだろう。ドラマになるとしたら,シナリオライターは最後の部分をカットするかも知れない。一晩限りか,一生を共にするか,という含みを持たせるためにね。木下恵介のシナリオライターとしての拘りが見える気がする。いずれにしても2時間ドラマ
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老人介護の施設で働いていたが、ある日、車椅子から入居者の女性を「落として」辞職した草介・27歳。ケアマネの女性、重光さん・46歳に紹介され、一人暮らしの老人、吉崎さん・81歳の個人介護を始める。なんか訳ありの草介の目を通して語られるあれこれが好きでした。(*^_^*)人間の無意識の行動が時々指摘され、その背景の種明かしも楽しめたし。吉崎さんの不可解なところは、それが意地悪からではないことが感じられたから、翻弄される草介のこともあんまり心配しないで済みました。とは言え、草介と一緒に驚いて、一緒にほっとして。(*^_^*)草介以外は、重光さんも、吉崎老人も、読者にとっては予測不可能な行動をとるのだけど、つい、頭の中でキャスティングを考えてしまうのは、山田太一さんが映像を思い浮かべながら小説を書いておられるせいでは、と思います。ちなみに、草介は、私の中では最初からオダギリジョー、重光さんは、なぜか片桐はいりでした。吉崎さんは、誰がやっても面白くなる「もうけ役」かも。実年齢をほとんど考えないキャスティングになっていますけど、オダジョー=草介、は譲れない。そうそう、重光さんを松阪慶子っていうのもいいなぁ、と思ったんでした。それこそ実年齢無視なんだけど。
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「事故」を起こして勤務先を辞めた介護士の青年草介は、ケアマネージャーの重光さんの紹介で独居老人で80代の吉崎さんの世話を始める。
吉崎さんの指示で京都の六波羅蜜寺へ行った草介は空也上人像を見上げて、「事故」ではなく、自分がキレて車いすから放り出した認知症の老女の目を思い出し衝撃を受ける。吉岡さんはかつて自分のせいで交通事故死した一家のこと、空也上人像を見て赦されたのではないが一緒に歩いてくれると感じた経験を語る。
吉岡さんは40代で独身の重光さんに恋し、重光さんが草介を密かに意識していることを感じ取って、草介を自分の代理のようにして、重光さんと結婚させようとしたり、自分の目の前でセックスさせようとするが、重光さんに拒絶され、覚悟の上で介護なしで風呂に入って溺死する。
身寄りのない吉崎さんの葬儀を終えた夜、ふたりは吉崎さんの棺の前で結ばれる。
自分の親が介護が必要になり、介護施設の人と接点ができたので、介護に携わる人たちの「思い」を読むことができた。
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日々身体に精神に忍び込む老いと付き合っていく人たち。それを支える介護の人たち。お互いに折り合いをつけて日々を過ごしていく。吉崎さんの数々の奇怪な言動に戸惑いながらも、対処していく草介と重光さん。人間だれでも忘れ去ることのできない深い悔恨を伴う罪悪的出来事を経験しているのだな。吉崎さんの決断は痛く悲しい。
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もっと読み進めにくいと思っていたけど、いつの間にか読み終わっていた。
「もう願いごともいくらも果たせない齢になり、あと一つだけ小説を書いておきたかった。二十代の青年が語る七十代にならなければ書けなかった物語である。」という筆者の言葉が全てを表しているとも思える。
何というか、印象に残る、心に響く物語なのだけれど、誰かに薦めたり、誰かと感想を言い合ったりということが気軽にはできない作品。
これを最後の一つにしてほしくないと、強く思う。
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「とりかえしのつかないことは帳消しにはならない」
罪の意識にさいなまれる男たちは、心情を吐露したことで少しは気が楽になったのだろうか。
81歳の介護を必要とする老人、世話を依頼された27歳の青年、46歳独身ケアマネの女性。3者3様の赤裸々な真実と短いけれど濃密なかかわりが語られるが、どうもNHKかなんかの単発ドラマになりそうな話だ。もう少し深みがほしい。