紙の本
冷徹で精緻なガイキチ
2018/03/13 12:56
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:犬丸52 - この投稿者のレビュー一覧を見る
新境地。例えば前作「ビビビ・ビ・ビバップ」が熱く燃えながら狂っていくバルトークだとすると,こちらは冷徹に精緻にしかし着実に燃えながら狂っていくストラヴィンスキー。あるいはサン・ラ・アーケストラとグローブユニティ。育ちが悪い私は我慢できずに通勤電車でむさぼり読んだけど,二週間くらいバケーションを取り,森の中のコテージとかでじっくり向き合うべき作品。場所が青木ヶ原なら尚良し。ところでこの登場人物で次作とかあるんかな。あるかもな。どうなんだろ。あってくれよ頼むよ
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投稿者:雄ヤギ - この投稿者のレビュー一覧を見る
まず文章がそれまでと違い、擬古文というほどではないが古めかしくされている。単語も外来語は漢字を当てて読み仮名を振るなどして雰囲気が出ている。
歴史ミステリーというジャンルなのだが、架空の人物に実際の歴史上の人物を交える事で自由に物語を作れているのかもしれない。
登場人物にぶっ飛んでいる人物が多いが、華族が主人公ということで体面もあり、ぶっ飛んだところを隠して澄ましているところが面白い。
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維佐子が魅力的で、厚さと密度の割にぐいぐい読ませるのはさすが。226事件前夜の不安な情勢を背景に、ミステリ的な興味で引っ張りつつ、得意な幻想も絡み悠然と進む物語になっています。でも、最後は私にはちょっと中途半端感がありました。
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奥泉光の最新作。
二・二六事件をテーマにした長編は幾つかあるが、女性が主人公で、こういう描き方をしているのはあまり無いのではないか。
前作のようなはちゃめちゃさは余り無かったが、落ち着いた雰囲気が気に入っている。
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「雪の階」という題名のユキノキザハシという響きが魅力的。題名のみならず本文にも漢字がこれでもかと使われており、そのことごとくにルビが振り返り振られていて、見た目に流麗、しかも読みやすい仕立てになって、587頁がスルスルと過ぎていきました。さらに特徴的なのは人称が巧みに展開していて、惟佐子の主観が知らず知らずのうちに千代子の主観に変わっていて、さらに男性の蔵原にも移り変わる、という感じで、それが読みにくい訳じゃなくて、登場人物それぞれのキャラと視点を通して、群盲象を撫でる的にみんなで大きな謎を触っているようなエンタメ読書体験でした。ユーモア成分もふんだんに振りまかれていて、まさにやめられないとまらない状態で一気読み。設定も天皇機関説から2・26事件に至るまでの松本清張の「昭和史発掘」当時の真っ暗な時代に突入する寸前のローソク最後の煌めきのような時代で、自滅していく華族世界そのものが主人公なのかもしれません。特に主人公の惟佐子の和服についての描写がとにかく緻密で艶やか。また昭和10年の食べ物の記述も詳細で豊か。谷崎潤一郎の世界を彷彿させるようです。そうそう、松本清張といえば遺作の「神々の乱心」とのシンクロも感じました。物語前半で緻密に謎が積み上げられていく気持ち良さに対して、後半は収集つかなくなったお話を強引にまとめた感がちょっとして、そこだけマイナスかな…でも物語というより文体を楽しむ小説だとしたら充分に満喫出来ました。
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序盤が長すぎ。読みにくさをとても感じ作者の他の作品を調べたら、昔挫折したことのある作家さんだった。
言い回しが無駄にとても長く、故にこの厚みなのかと納得。
読みにくさも慣れた頃、ようやく寿子の心中事件。
千代子の登場で読みやすくもなり、昭和な感じが面白く謎に満ちていたのに、序盤はたんに何を考えてるのかわらからない感情の薄い華族の娘だった惟佐子が、終盤なぜか淫売というか、いろんな男性と関係を持つようになり妖艶というか気味の悪い女性になってからが、もう謎。神人?獣人?もー突拍子もない。
これと226事件を絡ませるのはどうかなあ。
寿子の事件は解決したし、千代子と蔵原もハッピーエンドだったし、惟佐子の話がなければもっと良かったかな。
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おもしろかった-!前作「ビビビ・ビ・バップ」とはまったく違う趣向とテイストだが、盛りだくさんの要素を詰め込んだマンダラ図のような作品世界は共通していて、こういうのを書かせたら右に出る人がいないのではなかろうか。
ヒロインは華族の令嬢。友人が失踪し、やがて陸軍士官と共に死体となって発見されるが、これは心中なのか。なぜ彼女は死んだのか。この謎が最後まで物語を牽引していく。そこに、周辺で続く死、あやしげな寺院、異相のドイツ人音楽家、心霊音楽協会、錯綜する政治家の思惑、陸軍内の不穏な動きなどなど、種々さまざまなピースがちりばめられていって、どんどん物語に引きつけられる。
惟佐子というこの女性、最初のあたりでは、奥泉作品ではお馴染みの霧子(フォギー)を思わせるところがあると思っていた。一般的な「女性らしさ」からは外れたユニークな個性の持ち主。健啖家という点も共通している。しかし、読み進めていくうちにだんだん、フォギーとは違う妖しい気配がたちこめてきた。深窓の令嬢らしからぬ振る舞いには(どんなことかはナイショ)、ちょっとびっくり。実に不思議なキャラクタだ。
時折差し挟まれる、ヒロインが幻視するこの世ならぬ光景や(冒頭のシーンがこれであるのは暗示的だと思う)、同じ場面ですっと視点が切り変わる語り方が、いやが上にも幻惑的な雰囲気を醸し出していて、読んでいてクラクラする。オカルト風味もあり、暗い官能の気配が濃厚に漂うところもある。
同時に、いたって健全な登場人物もヒロインの近くに配してあって、その筆頭と言えるのが女性カメラマン。彼女と新聞記者の青年が登場するパートはちょっとコミカルで、こういう緩急の付け方もうまいと思った。そうそう、惟佐子のお召し物の描写が丁寧なこともさすがという感じ。
物語の底でずっと低く響いていた重苦しい空気は、終盤、二、二六事件として眼前に立ち現れる。何がゾッとすると言って、この流れってなんだかちょっと知ってるぞと思ってしまうことだ。世論の動向、政治家の言辞のあれこれ、今現在のものと似ているようで…。
タイトルとなっている「雪の階」の場面が、冷たく退廃的で美しい。槇岡中尉がかっこいいのよ。
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☆3.5あたり。新聞の読書案内で高評価だったので期待したが…。
『貴族の階段』のパチモンか?
悪くはないのだが、心中事件の真相、二・二六事件への絡み、清楚で賢女なのにやたらと淫乱な華族令嬢、お転婆女子カメラマンなどなど、作者がただ書きたいものをごったまぜで詰め込んだという感じが。
文豪のまねごとのような擬古典的な文体も、読点でつなぎすぎて読みづらい。そのわりに言葉遣いが現代語になっていて、時代の空気感がないような。
題材が面白そうだったが、中途半端に感じる。
とくにタイトルになった雪のシーン。それって、そんなに衝撃的なことだろうか。いま、ジェンダーフリーがわんさか書かれている時代に。
夏目漱石が好きなのだけは好感が持てた。
舞台を壮大につくって、何を訴えたかったのかよくわからない。文章の技巧に熱はあるし、資料を良く調べてある力作だが、女子カメラマンと新聞記者の紀行ミステリーものみたいな探偵ごっこのシーンは要るのだろうか。
あと、右翼や皇室好きが読むと怒り出す内容であるのは間違いない。天皇が純粋な日本人じゃないとか戦前の日本人は戦後残ってないとか、精神的なことを言ってるのだろうが、捉え方によっては問題作。
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減点ポイントまるで無し
完全無欠の大名著。
大大大満足の昭和ロマンミステリ人情小説。
数年後また読み直したいと、
読んでる最中に思いました。
読み応え充分、
重厚でプロフェッショナルな
文体を堪能しながらも
物語の本筋は自然と理解され、
何よりも評価せずにいられないのは、
登場人物の中でも
最も一般的な二人の関係が
この小説をより一層
親しみのある物語に
してくれているところです。
読み始めれば誰もが
直ぐにわかりますよ、
ちっとも長く感じない
一気読み必至の著書であると。
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友人が起こした心中事件の謎を追う華族令嬢と、女性写真家の物語。一応ジャンルとしてはミステリなのですが。事件そのものよりもその他の物語の存在感が大きい気がしました。当時の政治情勢なども大きくかかわってきて、読み応えたっぷり。その中で本来なら時代や家に翻弄されるだけであるはずの華族令嬢・惟佐子の自我の卓越っぷりが、見事なような怖いような……。最初はしっかりとした強い女性だと思ったけれど、途中から彼女が何を考えているのか全く分からなくなって恐ろしくすらなってきたのですが。それもまた、ヒロインとしての強烈な魅力でした。
それに比べると女性写真家・千代子は当時としては数少ない職業婦人でありながら、いたってまともなところにほっとさせられました。凡人としては、彼女のほうが親しみを感じさせられます。事件の解明は少しずつしか進まないし、おそらくかかわってくるであろう大きな事件にも見当はつくのだけれど。それでも退屈はさせられない物語でした。
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武田泰淳の『貴族と階段』、松本清張の『点と線』を足して二で割ったような小説。二・二六事件前夜の緊迫した政治的状況を背景に、伯爵家の令嬢が友人の死の謎を解く、ミステリ仕立ての一篇である。特筆すべき点は、元ネタとして、上に記した二作品をフルに使いきっていることだ。自炊用にバラした二篇を適当につなぎ合わせて筋が通るように手直しし、一篇に仕立て直したような凝った作品になっている。
貴族院議員笹宮惟重伯爵の娘で女子学習院に通う惟佐子には宇田川寿子という親友がいた。松平侯爵邸のサロン演奏会のあと、外苑で花見をする予定でいたのに、寿子は演奏会を欠席した。その後も連絡がなく、心配していた惟佐子が事実を知ったのは数日後。寿子の死体が発見されたからだ。寿子は久慈という青年将校と富士の樹海で情死していた。
しかし、惟佐子には寿子が心中したとは思えなかった。惟佐子宛の仙台中央の消印のある葉書には「くわしいことは帰ったら話す」と書かれていたからだ。貴族の娘で外出もままにならない惟佐子に代わり、この謎を追うのが、幼い頃の惟佐子の「おあいてさん」になっていた惟佐子が「ねえさま」と慕う千代子。新米写真家の千代子は蔵原という顔見知りの記者と二人で、心中事件の謎を追う。
惟佐子をめぐる出来事が『貴族の階段』をモチーフにし、千代子と蔵原のコンビが鉄道に乗って事件を捜査する『点と線』の刑事二人に擬されている。情死に見せかけての殺人事件を冒頭に配したのは『点と線』に対する挨拶。ならば、二つの小説を読んでいないと面白くないかといえば、そんなことはない。むしろ、知らずに読む方が面白い。既読であればあまりにそっくりなぞられていることがかえって煩く感じられるにちがいない。
というのも、恐らく作者はそういう仕掛けを施すことで、かえって自由気儘に小説世界を遊ぶことができるからだ。二・二六事件に関する資料や稗史を大胆に活用して、かなりアブない小説世界を展開してみせている。霊能者や霊夢、神智学、神人、獣人といった概念を日本という国家と絡み合わせ、天皇親政を目指して決起した青年将校の動きを利用し、別の目論見が進行していたというのだ。
三千年も昔のアメノミナカヌシノカミに始まる純粋日本人の系譜が廃れ、大陸から渡ってきて日本を席巻したのがヤマト民族、つまり現在の日本人で、かつては神人の純粋な血であったものが、今ではヤマト民族と混血することで濁ってしまった。この穢れた血を廃することが肝要だ、というのが惟佐子の母方である白雉家の伯父惟允の考えだ。とんでもない内容で、ナチスのアーリア人種を優先し、ユダヤ人弾圧につながる同系の理論である。
惟佐子の兄、惟秀は伯父の思想を受け継ぎ、二・二六事件を利用して皇居に入り、天皇を人質にしてクーデタを起こそうという妄想に支配されていた。白雉家こそが、純粋日本人の血を引くわずかな生き残りだからだ。一方でこの白雉家の血を継ぐ者は淫蕩で乱倫、同衾相手は男女を問わないというもの。惟佐子にもその傾向があるのは次第に明らかになる。没落貴族の退嬰的な風俗描写は『貴族の階段』由来であろう。
それに食傷気味になるだろう読者を意識して、食欲旺盛で健康的な千代子と新聞記者をやめて出版社を始める蔵原という健全なコンビがいる。なかなか進まない恋愛模様が、事件の捜査と共に進捗する。男に混じって三脚や重いカメラバッグを持って駆け回る千代子がいなければ、この小説は胸につかえる。どこまでが事実で、どこからが妄想なのか、スパイ疑惑や組織による暗殺、放火殺人といった不審な事件が二人の行く先々で待ち受ける。
もとにしたネタがあるのだから、話の行き着く先は決まっている。広げに広げた大風呂敷をどううまく畳んでみせるかが腕の見せ所である。一応合理的な解決がなされているが、オカルトめいた世界をすっかり払拭するところまではいかない。惟佐子にはこれから先の日本が戦争へと向かうことや国土が焼尽に帰すことまで見えているようなのだ。つまり、結末の明るさは蝋燭が消える前の束の間の明るさに過ぎない。
白雉家の血を引く清漣尼がいう。この国をヤマト民族に任せておけば、戦争で滅ぼされてもまた同じことを始めるだろう。なぜなら彼らは自分で自分を滅ぼしたいのだ。この言葉が妙に心に残る。敗戦以来一人の戦死者も出さなかった憲法を変え、軍隊の持てる国にしたいという人間を国民が支持するのだ。清漣尼の言う通りではないか。今頃、『貴族の階段』や『点と線』を持ち出した作家には、今のこの国の在り様がデジャヴのように見えているのではないのだろうか。
漢語ルビ振りを多用し、擬古的な文章に見せているが、漢字の多さを気にしなければ文章自体は特に時代がかってはいない。文章中にも言及されているがヴァージニア・ウルフの用いる次から次へとくるくると変換する視点も、慣れればそんなに気にならない。それよりも、作家が用意した奇手妙手に手もなく翻弄される楽しさの方を味わいたい。そして、暇があれば、泰淳や清張の小説にも手を伸ばしてみたいと思う。
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初出 2016〜17年「中央公論」
軍部が台頭する時期の社会背景をしっかり描いたスケールの大きな作品。ただ、後半で「神人思想」が具体化したのには違和感があった。あれはないほうが社会派歴史ミステリーとして緊迫感があるのではないか。
伯爵令嬢笹宮惟佐子のキャラクターがいい。美貌の深窓の令嬢ながら、囲碁と数学が得意で、パズルのピースを的確に嵌めていく。相手の心理を読み、推理も行動も大胆で面白い。
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一応ミステリのカテゴリに入れたが、ミステリ風な小説と言うべきか。『神器』同様暗い辛い矛盾だらけの世界であろうとも、一筋の光明があり、前を向いていける終わり方が好き。
夢中で読んだ。
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昭和初期、女学生の心中事件とニニ六事件に至る背景とを、ひとりの華族の娘と女性カメラマンの視点から追っていく。
一見無関係のように思われるふたつの事件が、じつは複雑に絡み合っていたことがわかるにつれ、謎解きの要素が強まっていく。とともに、ナチスドイツの民族浄化や古事記にまで遡る純血種としての日本人、天皇家の血筋への言及など、話は広がり続ける。
ニニ六事件についてこんなとらえかたもあるのかと興味深く読む一方で、謎が解き明かされるにつれ、欲張りすぎた感のある話にかえっておもしろみが削がれたようにも。おそらく、前半の美しい華族の娘の魅力が圧倒的で、文豪の文体を模した重厚な語り口を味わいながらじっくり文字を追うこと自体が楽しかったからだろう。
また、事件を追うカメラマンもその相棒も、これはこれで愉快なキャラクターなのだが、全体から見るとトーンが二分されてしまう。謎解きを担う役目があるのはわかるが、個人的には神秘的な雰囲気で通してくれたほうがよかった。
読後、以前新聞に出ていた評を読んでみた。
ニニ六事件だけでなく、不純な血を排除しようとして不敬罪に問われた女官長の事件もあったとのこと。また、武田泰淳『貴族の階段』と松本清張の『神々の乱心』がベースにあるそうだが、どちらも未読の私はまったくのオリジナルの発想として楽しめた。
やはり、書評に目を通すのは作品を読み終えてからに限る。
本の厚さ以上に、読み応えのある一冊だった。
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谷崎潤一郎を思わせる文体にとまどいながら長編大作を読了できたのは主人公・惟佐子に不思議な魅力を感じたから。
カリスマ性を持つ不可解な娘でした。艶やかな着物を自分流に着こなす華族の娘でありながら、当時としては女性にはご法度だった数学に長け霊的なミステリアスな部分を持つ。伯爵である父親への鋭い観察眼は容赦ない。政略結婚に嫌がらず従いながらも婚約中に数人の男性と関係を持ったり~。一方、惟佐子の「お相手さん」だった千代子は対称的で現代に通ずるキャラクターで登場する。その対比が鮮やかで面白い。
背景が2,26事件前後で私の興味ある時代。天皇機関説を巡る政権争いで台頭してくる軍部の動き。それに連動し、惟佐子の双子の兄と姉は純粋な大和の血のみでない現天皇家を否定し、それに代わる純粋なる血統の物を擁立しようとする。
おどろおどろしい笹宮邸の描写。軍隊に批判的だった異母弟が無理やり陸軍学校に入学させられ、帰省した折に右傾化した態度で笹宮氏に迫ったのは皮肉でした。
せめて惟佐子だけは2、26事件に巻き込まれないようにと祈り続けてページを繰り続けた数日。
千代子と新聞記者・蘆原とのロマンスで幕を閉じ爽やかな読後感を添えてもらいほっとしました。
パラレルワールドに入りこみ現に帰りまた異次元の世界に耽読できる本作です。