子どもたちの想像力を育む アート教育の思想と実践

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演劇とか美術とか音楽とか。個別に演劇教育、美術教育って考えるんじゃなくて、それらをひっくるめてアート教育と考えよう。様々なアート教育の見解や実践がつめこまれた一冊。興味のある人はぜひ。ぜひ。

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375.7
内容（「BOOK」データベースより）
現代の子どもにもっとも必要なものは、アートの教育なのではないか。本書における「アート」は、人が想像力によって「もう一つの真実」「もう一つの現実」と出会い対話し、その経験を表現する創造的行為の「技法」のすべてを示している。本書が探求し叙述しているアートは「芸の技法」であると同時に、新たな意味の創造と新たなコミュニケーションの創造によって「もう一つの自己」と「もう一つの世界」を「生きる技法」と言い換えてもよい。
内容（「MARC」データベースより）
アート教育は「図画工作」を超え、子どもの生の技法を育む活動として生まれ変わる。教育学とアート実践のコラボレーションにより、いま最も子どもに必要な教育の姿を提言する。


想像力と創造性の教育へ : アートと子どもの結合の諸相 / 佐藤学著
子どもの美的経験の意味 / 今井康雄著
子どもの遊び体験における創造的瞬間 : 体験を反復する創造性のコミュニケーション論 / 矢野智司著
レッジョ・エミリアの教育学 : 幼児の100の言葉を育む / 秋田喜代美著
シュタイナー教育のアート : 「フォルメンが想像力を育む」とはどういうことか / 西平直著
音楽療法との対話 : 「音楽の力」についての一試論 / 真壁宏幹著
ドイツにおける美的人間形成の展開 : 芸術活動による暴力克服の試み / 藤川信夫著
アートとしての演劇と教育 : 額縁 (frame) を破るもの / 栗原浪絵著
民俗芸能を学ぶ子どもたち : 2つの神楽の伝承事例を通して / 生田久美子著
スポーツの美学とアート教育 / 樋口聡著
レイアウトと知覚 / 佐々木正人著
子どもたちのアートプログラム / 和多利恵津子著
アーティストと子どもたちの幸福 (しあわせ) な出会い / 堤康彦著
野村誠と子どもたちの共同作曲 / 野村誠著
鑑賞教育の可能性をさぐる / 塚田美紀著
子どもの身体とダンス / 中嶋夏著
アート教育とコンピューター / 苅宿俊文著

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セクション5
「シュタイナーのアート　「フォルメンが想像力を育む」とはどういうことか/西平　直」のまとめ

シュタイナー教育独自のアート（芸術、しかけ）に「フォルメン線描」がある。
このフォルメン、その元をなすのは「フォルム」という名詞。それは「形」であり、「姿」であり、【型】だ。
云うまでもないことだが、シュタイナー教育の掲げる目標は、「自由」である。
ここでいくつかの疑問が浮かび上がる。
①型に入るフォルメンがなぜに子どもの想像力を育てることになるのか
②自由で独創的な想像力、それを型に入るなどしてはてんで逆なのではないか
以上の問題的がなされた上で、筆者は本台へと話を移す。
まず最初に触れるのは、にじみ絵という教育技法。
たっぷり水を含ませた紙に、水で薄めた透明な水彩を「置いていく」だけのものだ。絵具の種類は赤・青・黄の3色のみ。
最初に描いた赤い線は、次第に滲みを重ね、広がり、流れの中をいく。
そうした後に加える黄色。
赤色同様、段階的な変化をみせながら、いつしか赤との世界との融合を果たす。
この混じり合う瞬間、互いに浸食をし、滑り込むように明け渡し、溶け合う瞬間。
そこには一刻たりとも同じ色であることはなく、色は刻々と姿を変える。
そして、作業を終え、一昼夜の乾燥を経たバリバリの「完成品」。
ここで重要なことは、その完成品を観て、その絵の背後に、ここまで見てきたような変化のプロセスを感じとることができるかということである。
背後に、色が刻々と変化する流れのプロセスを思い描くことができるかどうかである。
同じぬらし絵の「完成品」。
その完成品を前にした際に、「乾燥した絵をただ見ること」と「絵が出来上がっていくプロセスを体験していること」ということの間に、大きな違いがあるということ、
そのことを本題のフォルメンに入る前に、念頭に置いてほしいと筆者は述べる。
つまり、「結果としての完成した絵」がぬらし絵なのではなく、「その絵が出来上がってゆくプロセス」こそが、ぬらし絵を、「ぬらし絵」たらしめている。
これはフォルメンも同様。出来あがった図形がフォルメンではなく、フィルムが出来あがっていくプロセスこそがそれをそれたらしめる。
哲学的に活発に議論されるそれを抜きに、シュタイナーはフォルメンを通じて、その区別を認識させてしまうのだ。
ここでひとつの帰結が導かれる。
シュタイナーは「子どもたちに、結果としての硬直した完成品だけを切り離して与えることを、警戒しているということ。とりわけ、出来あがって行くプロセスを体験する前に、「完成品」だけ見てわかったつもりになる危険に対ししては極めて警戒敵であるということ」だ。
そして、たとえ、「結果」としての知識量が少なくなったとしても、その結果が出来上がっていくまでのプロセスを体験することに時間を使う、正確には、「知識が出来あがっていくまでのプロセス」を伴って、「結果としての知識」を身につけさせようとするのだ。

さて、このフォルメン描線。シュタイナー学校��は1年生から5年生までが授業で学ぶことになっており、自然界の物、たとえば、かたつむりの殻、夜空の惑星の描く曲線、そうしたフォルムを、「完成品といて模写するのでなく、それらのフォルムが出来あがってゆく動きを自ら体験する」という仕方で学ぶ。それにより、外界からくる視覚刺激として造形物を捉えるだけでなく。形が出来上がるプロセスを通じて、内側から観る（体験す）ようになる。
流れの終着点としての硬直した完成品ではなく、「まさに自然がその独自の形を作り上げてゆく生き生きとした流れ」を身を持って体感する。

それでは一体どのようにしてフォルメンの講義は進められて行くのであろうか。
まず先生から今日描く図形（フォルム）の話を聞く、その際、先生は黒板に書いたりはせず（視覚情報として完成品を与えたりはしない）、子どもたちは先生の指が空中に描くフォルムを必死に観ている。そして子どもたちは、そのフォルムを体を使って動く、たとえば、その形に沿って歩いてみる。身体表現としてそのフォルムを空間の中で体験する。さらに今度は、そのフォルムを空中に手で描く。その際、子どもたちには、眼でその手の動きを追うことが求められる。上か下か。丸みか角張りか。子どもたちの眼は、自分の指が創りだしたシュプールの後を追いかけていく。
そしてその後もいくつかの段階をたどり、ようやく紙に書く。ゆっくりと、慎重に、最新の注意を払って。この光景は書道に似ている。「じらす」、まじないのように、ゆっくりと作法に沿って動いていく。
では一体このように時間をかけたプロセスの中で、子どもたちは何を体験しているのか。
それはイメージを思い描くこと。実際の知覚には与えられていない事物の心像（イメージ）を心に浮かべることが出来る。あるいは自分が今から行っていくことを推し量ること、そうした説明しにくい体験を、日本では一言「想像力」という。しかしここで重要なのは、そのしかけの背後に回ってみることである。
ゲジュタルト心理学におけるプレグナンツの法則、いくつかの点が近似的に円周上に並んでいるとすると、人はそれを円としてみる、与えられている視覚情報はつながりのない点にであるにも関わらず、である。つまり、それは「円というフォルム」として、能動的に再構築、内側にフォルムを生じさせるということなのである。
こうした内側に生じるフォルムを、フォルメンは狙っている。正確には、この【フォルム】は、フォルムを形成する動き・働き・活動と表現される。
では、この【フォルムを形成する動き】とは何か。
重要なのは、シュタイナーが、この動きを「自然界の生命力と同じ力・動き・活動」と考えている点である。植物が成長してゆく、独自の葉をつけ花を咲かせるということは、独自のフォルムを形成してゆくということである。つまりシュタイナーは生命の成長し変容する動きをすべて、「フィルムを形成する動き」と捉えるのである。
そして、そうした「フォルム」を形成する動きを「形成力」と呼ぶ。流れがフォルム(形・姿・型)を形成する活動である。あるいは、フォルムは【流れを持つ、流れの位相を持っている】ともいえる。
ということは、｢フォルムを生じさせる｣とは、｢流れを生じさせ��｣ということである。しかもその流れが、自然界の生命力であってみれば、｢内側にフォルムを生じさせる｣とは、「内側に自然界の生命力を呼び覚ます」ということになる。フォルメンは完成したフォルムの模写ではなく、「子どもの内側にフォルムを生じさせること」であるのだ。
解剖学的な観察からは得られない生命力の体感。植物のフォルムを内的に再構成することを学ぶと、生きた自然の内に、その形成法則、形態形成力を見出す。
フォルメンを通して、「フォルムを形成する動き」を内側に育て、すでに出来上がっている自然のフォルムの内に、生命力を感じとること、あるいは世界全体を流れとして体験し、生きた変容する相（メタモルフォーゼ）において体験することをフォルメンは目指している。

フォルメンを型の動詞形と見れば、それは「型になる」「型に入る」ということになる。そして実際子どもたちはフォルムを繰り返し描く、繰り返し。ここで重要な意味を見出すとすれば、それは「型に入る」練習ではないか。あるいは、「型に入る」という視点から、このフォルメンを理解することはできまいか。フォルムの習得とは型に入ること、しかし型に入ると動きは固定する、ではフォルメンが動きの固定をねらっているのかと言うと決してそうではない。ここに「型」の逆説がある。
型は「次の動き」を生む。この次の動きは、型に入るための意識的な動きではない。むしろそうした意識的な動きが止まった時に、自然に内側から生じてくる「次の動き」である。そしてその「次の動き」がそのまた次の動きを発生させ、そのまた次に繋がっていく。つまり「流れ」になる。
それは意図的でもなければ、意識的でもない。内側から自然に湧き起こり、自動的・自発的に体験される。しかし意識的に創りだすことはできない。ただ一定の動きを習得すると、自然に内側から生じてくる。
つまり、次の動きは、一定の動きの習熟を前提とした自然な動きである。ひとつのフォルムのアートに習熟する時、初めて自然な動きが発生する。逆にアートがないと、この「次の動き」は発生しない。
そう考えてみると、フォルメンとは、「フォルムという型」に入ることを議題としつつ、実はその一歩先に生じる「次の動き」を狙っていることになる。
フォルムの意識的な練習を積み重ね、内側に生じる流れを自然に表現できるようになった時、余計な力みがとれ、工夫がやむ、その意味でフォルムの習得とは意識的な工夫の停止である。そして、まさにその時、作為的な動きの工夫がやむ時、自然な流れが生じる。
人は自ら、動くことはできるが、自ら「流れる」ことはできない。流れは自ら、生じる、まさにそうした流れこそが、「子どもの内側に生じるフォルムを形成する動き」と語られてきた。
そしてここまで理解した上でならば、この「型から生じた自然な流れ」が、「想像力」を育むと言ったとしてもなんら不自然ではない。
想像力もまた、意図的・意識的に発生させることはできない。想像力は流れと同様、意図的な動きの中から「その次の動き」としてのみ、発生する。
想像力はゼロからの出発ではない。ただ待てば良いというわけではない。むしろリズミカルに繰り返される訓練を積み重ねる中で、初めて想像力が「次の動き」として流れ始めるのだ。