紙の本
なぜ、そんなに不潔になってしまったの?
2021/04/19 17:57
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投稿者:amisha - この投稿者のレビュー一覧を見る
日本人は清潔好きなので、逆になぜそんなに不潔が平気なのか知りたい。と思って読み始めた。
テルマエ・ロマエ時代にはあれだけ風呂に入っていたのに、習慣や文化というものは恐ろしいもので、「これが正しい!」と普及してしまえば、大抵の人間は抗うことなく右へ倣うのだ。黒死病が流行し、入浴で開いた毛穴から感染すると信じられていたため、風呂に入らなくなったと。流行病に翻弄される人々の姿は今も昔も変わらない。変わってモスリムの人たちは水が貴重だと知りながら、体を清潔に保つために洗うのである。ヨーロッパのキリスト教周辺だけ特筆すべきほど不潔で、こんな歴史まで語れるとは。驚きである。でも、人間って意外に丈夫で、ちゃんと生きているんである。
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図説とあるだけあって、挿絵が多い。もっと多ければもっといい。
タイトルは不潔の~だが、ギリシアやローマから始まる風呂と、時代・国家・民族による「清潔」の定義の変遷、現代の脅迫めいた清潔神話までが軽快なリズムで書いてある。訳がいい。
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図書館で借りた本。
幅広い時代を抑えていて面白い。
とにかく中世~絶対王政時代のフランスが本気で不潔できつかった。
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人類が潔癖症の現代に至るまでの、不潔の歴史―。
これ程まで、凄まじいとは思っていなかった。正直。
18世紀頃のパリなんかは、過剰に着飾った貴族たちや
壮麗な宮殿のイメージがどうしても思い浮かぶし、
その光景からきっと良い香りがしていたに違いない…
などと思ってしまいそうなもの。
いつ頃だったか、チェンバー・ポット(当時のトイレに
あたるもの)の中身を道に空けていたとか、
あまりお風呂に入らないから香水文化が発達したとか
いう話を知ってからは幻想(この本を読んだら
そう言わざるをえない)に影を感じてはいましたが。
いくつか引用してみますとですね…
エリザベス一世の入浴は月に一度だった。
エリザベス一世の跡を継いだジェイムズ一世は、
指しか洗わなかったと言われている。
フランス国王アンリ四世は体臭のすさまじさで
名を馳せていたし、息子のルイ十三世も引けを
とらなかった。ルイ十三世は「朕は父王に
似たのだ。わきががある。」と誇っていた。
とか…
ルイ十四世の宮廷にいる者なら誰でも、
この<太陽王>の口臭は知っていた。
王の愛人のモンテスパン夫人は、しょっちゅう
このことで文句を言っており、自己防衛のために
大量の香水をつけていた。王のほうはといえば、
夫人の香水を忌み嫌っていた。
とか……
(十八世紀初頭)不潔なのは多くの意味で当時の
イギリス人としては当然だった。
女性は骨か革ででできたコルセットを十年も二十年も
洗わずに身につけていた。キルトの布でできた
アンダースカートも洗わないままで、べったりとした
汚いぼろ布になるまで着続けるものだった。
…とか……
十七世紀から十八世紀にかけてのほとんどあいだ、
ヴェルサイユ宮殿できるかぎり自然なものから
距離を置こうとしていた。宮廷に集う人々はさわやかさの
パロディを考え出し、かつらをつけ、口紅を引き、
白粉をはたいてオイルを塗った。そこらじゅうに
充満している汗のにおいを隠そうと、麝香や竜涎香などを
調合した香水をたっぷりつけた。
とかorz.
なんとも凄まじいw
当時の人達はよほど具合の悪い人でない限り
湯に浸かるという事はなく、入浴は怠惰につながるとか、
病を呼び込むと信じていて(宗教的背景も大きく、
ペストの大流行なども影響した)、かたくなに
避けていたそうで。今では中々考えられない
世界を垣間見てしまった…気になります(^_^ι)。
で、「お風呂に入らないから香水文化が発達した」
っていうのは実際のところどうなの?と興味深く読んで
いたのですが、書いてあったのは引用にあげたところ
ぐらいだったと思うので、モヤモヤはあまり消えず。
でも、読んでいて、おしゃれするためというよりは、
自己防衛・自分の体臭への恐怖感から香水をつける
という印象が強かったように思います。
まぁ『不潔』が大きなテーマになっている本だから
かもし���ませんが。
先日、ひっさしぶりに映画を観に行ってきました。
『テルマエ・ロマエ』です。
「不潔の歴史」にはもちろん、入浴の発信地・古代ローマの
お風呂に関しても載っているので、興味のある方には
面白いかもしれません。
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[ 内容 ]
オイルまみれのローマ時代、垢まみれの中世、そして“不潔恐怖症”の現代にいたるまで、多くの図版やコラムとともに紹介。
[ 目次 ]
はじめに 「でも、その人たち、におったんじゃない?」
1 浴場へ、飲みに食いに語らいに―ギリシャ人とローマ人
2 汚れをため、キリストに浴する―二〇〇~一〇〇〇年
3 湯けむりにしのび寄る疫病―一〇〇〇~一五五〇年
4 水を寄せ付けるな、悪い気が入る―一五五〇~一七五〇年
5 自然に帰って水の復権―一七五〇~一八一五年
6 風呂の入り方がわからない―ヨーロッパ、一八一五~一九〇〇年
7 水と清潔で開花される人々―アメリカ、一八一五~一九〇〇年
8 広告が人を洗い上げる時代―一九〇〇~一九五〇年
9 衛生という名の信仰―一九五〇~現在
[ 問題提起 ]
[ 結論 ]
[ コメント ]
[ 読了した日 ]
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まだ読んでいる途中なのですが、面白い。これを読むとどんなに疲れていて暑くて今日はシャワーで済ませよう、と思っていても風呂に入らずにはいられなくなります。
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人が清潔にすること、入浴することに価値を見出したのは、古代ローマ時代と1960年代以降。
王族、貴族でさえも一生のうち身体を洗ったのは数えるほど。
有名な話だが、ベルサイユ宮殿にはトイレがない。
マリー・アントワネットやポンパドール夫人の優雅に膨らんだドレスは、立ったまま用が足しやすい。
豪華な衣服を洗うことはない。
リネンの下着を替えれば、それが身体を清潔にすることになった。
パリの街路は馬糞と、アパルトマンの窓からふりそそぐ糞尿まみれ。
読んでいて、思わず鼻をつまみそうに。
それに比べると、江戸時代の日本は何と清潔だったことか。
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再読。
昔の西洋人は汚かった。
キリスト教徒は宗教的な教義の理由から身体を洗わなかった。
皮膚にある微細な孔から、害のあるものが侵入するため入浴は身体に良くないとされた。
その孔を塞ぐために垢をため、頻繁に着替えをするのが良いとされた、、、
特に欧州の人たちが19世紀頃までまでの病的なほどに入浴や、洗顔、手洗いを嫌い、それらを異教徒の行いとしてみていた事など、今の常識から比べると大きなギャップ仁川驚く。
そして20世紀後半に入って、衛生というレベルを超えて、極端なまでの口臭、体臭に対する恐怖感と、それを抑制する商品が爆発的に売れ始めるアメリカの極端さも面白い。
しかし、コロナウイルス騒ぎで、手の洗浄やソーシャルディスタンスが厳しく言われる昨今、笑ってばかりもいられなくなった。それが前回(たぶん10年くらい前か?)と今回の読後感の違いだろうか。
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西洋を中心に、人の衛生観念の移り変わりを書いた本。客観的な「清潔」の定義は時代と場所によって変化するが、主観的ならば常に同じ。自分たちの慣習こそが清潔で、異なる人々は不潔なのである。
現代の日本人からすると、清潔に対する意識は皆同じようなものであると言って良い。人によって程度は違うとはいえ、「どちらがより清潔か」について意見が割れることは無いだろう。垢はついていない方が清潔。体臭はしない方が清潔。そして風呂にはちゃんと入った方が清潔で、健康的な生活である、と。しかし中世から大航海時代あたりまでのヨーロッパでは違った。地域差はあるが、風呂どころか水にも体を浸すべきではないし、身体は垢で覆われていた方が清潔で健康的だとされていたのである。
清潔の定義は宗教を始めとする文化や、科学レベル・定説によって大きく左右される。場合によっては清潔の意味が180度反転することさえある。さらにマーケティングが入り込んでくる。こうして清潔の歴史を眺めると、婚活で頻発するワードである「清潔感」は実に厄介だ。この言葉の本質は、「自分と同じ文化であれ」ということなのだろう。
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とても面白かったです。内容がぎっちりつまって読みごたえはあり、本代の3200円(税別)はお高いけれど、十分モトがとれる。
ところで━━。次から次へとしつこいぐらい様々な実例やエピソードが出てきて、それはそれで面白いのですが、読んでいるうちに「あれ? この項のテーマはなんだったっけ?」とたまにわからなくなることがありました。
日本人の書いたこの手の本にはめったに抱かない感想です。そしたら養老先生だったか誰だったか、外国の学者さんの書く論文はしつこいと言っていたのを読んで、なんとなく納得してしまった。
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不潔-清潔の軸が時代によって大きくブレていく様子を古代ローマから現代まで描写した力作。
イエスはユダヤ教の虚礼を批判したのは知っていたが、それが器に過ぎない体を大事にしすぎない=洗わない…に繋がっていたとは…
その後も垢で覆いつくすことによって病気にならないという信念故に洗わない等、今の感覚だとそれどうやって暮らしてたの?レベルの違いがあり、SFを読んでいるような価値観の大転換があって興味深かった。
歴史を扱う本だが、男性の清潔とか入浴にしか触れていないなんていうことはなく、子どもや女性についても描写があるのでその点も安心。
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ヨーロッパとアメリカで体を洗うかの文化についてまとめられている
時代と共にかなりダイナミックに変わったことがわかる
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表紙のアングルの絵に惹かれて手にとった一冊です。
『不潔の歴史』とは、なかなか題名もインパクトがあり興味をそそられました。
そういえば、『アガメムノン』では、不倫をしていた妃にアガメムノンは入浴中に殺されてしまうし、ローマ人といえば、ローマ風呂テルマエですね。
お風呂で多くの時間を過ごしていたギリシアやローマの古代の人々は清潔に思えるが、清潔の概念も時代とともに変遷を経て今日に至ったようだ。
公衆浴場が全盛を極め、開放的な雰囲気で裸のつきあいをしていたローマは、が四世紀に入るとキリスト教のストイックな思想が優位になっていく。
熱は性欲を亢進すると考えられたため、貞淑な女性はワインや湯浴みを禁じられた。
清潔な体と清潔な衣服は不潔な魂の表れという教義を持っていた女子修道院も出現した。
享楽的な入浴は洗礼と対立するものとされ、苦行や清貧が信仰心に重要なものになるにつれ、浴場は廃れていった。
それでも中世に入るとまた共同浴場が西洋各所に造られたが、ふたたび浴場は平和をかき乱す不節操で無作法な場所と認識されるようになってきた。
そして、ヨーロッパを何度も襲ったペストの大流行や梅毒などの病気も入浴し体表の孔が開くのが感染の原因だとされていたようだ。
ペストの脅威が下火になっている時期も中世後期に端を発した水に対する恐怖はどんどん広まっていった。
フランスで一番報酬が高い医師の意見では、体の分泌物が体表に保護膜をつくるとされていた。
要するに垢ですね。あらゆるところに垢をため、匂いをごまかすために香水が発達し、美しい衣装をまといながらノミや虱をつぶす。現代の私たちには想像もできないことですが、それが常識な時代もあったんですね。
ベルサイユ宮殿は建てられたときトイレがひとつもなかったようです。王侯貴族たちはベルサイユに限らず、汚物で滞在できなくなると別の城にうつりという生活をしていたこともあったとのこと。
からだも建物もなにもかも洗浄しない。そのような時を経て先進国に見られる不潔恐怖的な清潔すぎる現代が訪れていると思うと不思議にさえ思えます。
「不潔の歴史」は終焉を迎え、「清潔の歴史」の方が長くなっていくであろう未来はどのような歴史を刻んでいくのでしょうか。