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- カテゴリ:一般
- 発売日:2004/12/01
- 出版社: 法政大学出版局
- サイズ:20cm/169p
- 利用対象:一般
- ISBN:4-588-12017-4
紙の本
マラケシュの声 ある旅のあとの断想 新装版
古都マラケシュの人々の心に旅し、異文化に触れ合いながら、失われた原初の言葉の顕現と魂の始原の郷国を探る紀行文学的文明論。初版1973年刊の新装版。【「TRC MARC」の...
マラケシュの声 ある旅のあとの断想 新装版
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商品説明
古都マラケシュの人々の心に旅し、異文化に触れ合いながら、失われた原初の言葉の顕現と魂の始原の郷国を探る紀行文学的文明論。初版1973年刊の新装版。【「TRC MARC」の商品解説】
古都マラケシュの人々の心に深く旅し,その聴覚的世界に魂の始源の郷国をさぐる。作者の死の意識の風景にこの都の内的現実を鮮明に浮彫りにした紀行文学的文明論。【商品解説】
著者紹介
エリアス・カネッティ
- 略歴
- 〈エリアス・カネッティ〉1905〜94年。ブルガリア生まれ。ヴィーン大学で化学を専攻。群衆・権力・死・変身をテーマにした著作を発表。81年度ノーベル文学賞を受賞。著書に「眩暈」など。
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観光の目玉は大道芸人の集まる広場——モロッコの古都で、見ることの刺激からでなく、言葉や音や歌の耳新しさから派生した思索の断片をまとめたノーベル賞作家の特異な紀行文学。新装復刊。
2005/03/04 12:11
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中村びわ - この投稿者のレビュー一覧を見る
マラケシュは、大西洋に面したカサブランカからバスで南西にゴトゴト4時間半、アトラス山脈の裾に横たわる。山の向うは広大なサハラ砂漠。町の中央には大道芸人の集う広場があり、蛇使い、軽業師、楽団、ストーリーテラーなどを地元のベルベル人と観光客が囲む。思い出したように、ときどき上がる歓声やかけ声。
広場の片側に沿って、露店のスークが形成されている。少し赤茶けたモロッコ皮の鞄に財布、金細工、じゅうたん、トウモロコシらしい植物の皮で編んだカゴや敷物といったものが商われ、同じ場所で大人と子どもが製作に取り組み、1日を過ごす。白く露出された肌に黒いサングラスが似合うヨーロッパからの観光客が値引き交渉する後ろを、水売りが声を上げて行き過ぎる。
広場のもう片側には、さすがにフランスが元宗主国、おいしいバゲットを山盛りに供すレストランやカフェが立ち並ぶ。歩き疲れた観光客たちの喉を潤してくれるのは、簡易な道具で絞られるオレンジの果汁。だが、ベルベル人たちの好みは、ミンテーと呼ばれるミントの葉を何枚もガラス製の小さな湯呑みに入れたお茶だ。
ヨーロッパはおろか極東からの観光客のエギゾティシズムも十二分に満たしてくれるこの場所に、1981年度ノーベル文学賞作家カネッティは数週間滞在した。ドイツ文学の重鎮として知られたこの作家の生まれはブルガリア。しかし、元々彼の父祖は15世紀にスペインを追われたユダヤ人であり、カネッティはウィーンで大学教育を受けたのち東欧から英国へ亡命。ドイツ語で文学と哲学にまたがる諸作品を発表しつづけた。
英国からこの地へ旅し1968年に出版された本書の断想のひとつには、ユダヤ人家庭に迷い込んだこと、就職の世話を頼み込まれてのその後の短い付き合いについて、少なくないページが割かれている。異文化のなかでの同胞との出会いは、名前をめぐって楽しい会話ももたらしてくれるが、相手の奇妙な思い込みや振る舞いから、深い親交には発展せずに終る。
ぜんぶで14篇の断想がまとめられているが、上記のユダヤ人との交流の話でも見て取れるように、ここには紀行文に期待されてしかるべきの「すごい」「素晴らしい」といった感激や昂揚が極端に少ない。読んで即「この町に行ってみたい」と思わせられるような調子では書かれていない。
書き出しも以下のような調子である。
——三度わたしは駱駝たちと出会ったが、出会いはそのたびに悲劇的な結果に終った。(7P)
駱駝市に誘われて出向いたところ、病気にかかって屠殺場に連れて行かれる駱駝に出くわしたエピソードが書かれていたりする。
エピソードの1つ1つには、そこに行ってみたいという形で人を誘うものではないが、物語のきざし的な要素はある。何しろ場所が場所だけに、奇妙な体験や不思議な出来事は幻想的色合いの小説として加工し易いと思われるのだ。けれども、この作家は、物語に再生し得る体験を小説としてはまとめなかった。
原書には、「『断想』は体験されたことに依拠し、体験されたことを改変しようとせず、体験されたことの特別な意味に固執する」という説明が付されていたということで、彼が行っているのは、自分の意識に働きかけつづけた「音」をめぐっての思索である。わずかに最後の1篇に、深層に射し込んでくる「光」をキャッチしたような昂揚感がある。マラケシュの声に自分なりの解釈を見つけたそのくだりには、ある種の旅ができた人にのみ書ける「確信」が露わになっており、旅と哲学の相性の良さを改めて認識させられる。