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商品説明
戦前は皇国史観、戦後は唯物史観によって黙殺され、歪められてきた朝河史学。現代中国を分析してきた眼で、日欧封建制の比較研究を礎に日本の未来を指し示した哲人の業績と見識の今日的意義を論じる。【「TRC MARC」の商品解説】
著者紹介
矢吹 晋
- 略歴
- 〈矢吹晋〉1938年生まれ。東京大学経済学部卒。横浜市立大学名誉教授。21世紀中国総研ディレクターなど。著書に「習近平の夢」「コロナ後の世界は中国一強か」など。
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紙の本
驚愕の史実、重たい問題提起の一書
2021/09/25 07:23
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投稿者:浦辺 登 - この投稿者のレビュー一覧を見る
表紙写真の人物に見覚えがあった。平成30年(2018)11月24日付、読売新聞西部版「維新150年」特集に取り上げられた朝河寛一(1873~1948)だ。「おごる祖国 愛国の苦言」という見出しの脇に表紙と同じ表情があった。
本書は、全9章、600ページに及ぶ大著。なかでも、第2章の『入来文書』において、朝河が早くに文書を読み解いていたことに驚く。中世日本(鎌倉時代)の封建制成立過程を知りえる資料として貴重なものだ。この『入来文書』については九州大学名誉教授の秀村選三氏(81ページ)から直接に話を聞いたことがある。『入来文書』解読は朝河が勤めていたイェール大学の委嘱が発端だが、その先駆者が朝河であったと知り、驚いた。日本の連作可能の稲作、欧州の休耕地、牧草地を必要とする畑作との比較は斬新。ふと、欧州の海洋進出の理由の一つが、肥料となる海鳥の化石化した糞鉱石を求めてであったことを思い出した。
本書第4章の「ペリーの白旗騒動は対米従属の原点である」は必読の箇所だ。第6章、第7章において提起される問題の「原点」でもあるからだ。嘉永6年(1853)、ペリーが黒船を率いて来航した。この時のペリーの通訳官であるウィリアムズに注目した朝河の慧眼には恐れ入った。歴史の現場の生き証人である通訳官の記録は、今後の歴史解説の見本ともいうべきものだ。この通訳官の存在の重要性を受けての第7章「日中誤解は『メイワク』に始まる」は、歴史に残る誤訳事件。事件の背後を丹念に追った著者の記述はミステリーを読んでいるが如くで、読み手を飽きさせない。一般に「マーファン事件」ともいわれるこの事件は、1972年(昭和47)、日中国交樹立の最終場面で起きた。田中角栄首相(当時)の「迷惑」と発言した箇所が中国側の誤解を招いた。通訳官がスカートに水がかかった程度の「麻煩(マーファン)」という中国語に翻訳したからだ。この「マーファン事件」を読みながら、日本人の記録文書に対する曖昧さを再認識した。根本に、記録を重視しない、解読しようとしない国民性とでもいうべき感覚があるのだろうかと訝る。そう考えると、本書が大分であることの意味も納得できる。
余談ながら、この「マーファン事件」については、筆者が初級中国語講座を受講している時、横地剛先生から教えていただいた。同文同種と思って安易に中国語を理解しないようにとの戒めを込めてだった。
冒頭、読売新聞の記事を紹介したが、その締めくくりは「戊辰戦争の敗者の側から朝河という世界的な知性が生まれたことも、近代日本の一断片だった。」である。まさに、本書の総括にふさわしい言葉である。なぜ、日本の歴史学会は、このような学者の存在を無視し続けたのだろうか。
ちなみに、実名を挙げての研究者らを批判する文章が目につく。しかし、朝河寛一の如くあれとの著者の警告ではと感じた。歴史は、何のために存在するのか。それは、後世の人々に同じ失敗の轍を踏ませないためだ。驚愕の史実が開陳されると同時に、歴史解読の問題提起の書であった。