紙の本
歩くことで見えてくるもの
2022/10/14 23:06
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投稿者:pinpoko - この投稿者のレビュー一覧を見る
本を読む過程で、登場人物に心理的に共感したり、その世界観に深く入り込むというのは、多くのひとが経験することだが、その身体的な感覚や五感までもが、自分のそれのように感じられることは一体どれくらいの読者が、そういう幸運に巡り合うものだろう?
自分の場合、特にそういった感覚が身体的なものとなって現れることがたまにある。結構苦しい状況にある登場人物の心理が、私の体の不調となって警告してきたのだ。ここでいったん読むのを中断しろと。
それと似たことが、久々のレンデル作品である本作でも起こった。これはこの物語と今の自分の心身の状態が、あまりにも接近しすぎていて、アラームが鳴り響いているのか、又は読者の心の深いところにある無意識を呼び覚ますような不思議な力がこの物語に宿っているのか、いずれにせよ、本を頭ではなく身体感覚として受け入れるのは、ほとんどバーチャル体験といってもいいくらいだ。
物語はロンドンのリージェンツパーク界隈を中心とした高級住宅街(結構観光客も多いところのようだ)に暮らすメアリ、周辺住人の飼い犬散歩係のビーン、過去の喪失感を忘れるためあえて路上生活をしているローマン、公園でヤクを仕入れ、暴力仕事を代行しているホブらの目を通して見た街の風景やその匂い、行きかう人々、その心に秘めたものを淡々と描き出す。ロードムービーという言葉があるが、これはまさにストリートストーリーといってもよいほど、次々と通りの名前が登場し、登場人物の目線にあわせて、また次々と後方に去ってゆく。
散歩小説とでもいうような雰囲気を醸し出していて、読む側もいつしか心拍数が上がり、うっすら汗ばむまでになっている。ただし、この散歩に目的はなく、はっきりした行先もまたないように思われる。強いて言えば、各人の人生模様がこの歩きに重ねあわされているようでもある。登場人物はみな歩くことで、自分の心を整理し、反芻し、とまどいながらも答えを求めて、さらに歩き続けるのだ。
最終的にみなそれぞれの場所にたどり着くのだが、その過程が歩いている街の風景とともにこちらの心にエネルギッシュに伝わってくるのを感じる。
コロナ禍の外出不足のためかもしれないが、歩くということの大切さに今更のように気付かせてくれた貴重な体験だった。
あと思ったのが、ヨーロッパの旧市街でよく見かけるスパイク付きの鉄柵の危険さだ。この物語ほどではなくとも、その切っ先は鋭く、ただ歩道を歩いているだけでも、視界の端に見える鉄柵は、街というものが常にもつ底知れなさ、その先に何が待っているのかわからない不安を暗示しているかのようだ。
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骨髄移植のドナーとなったメアリは、骨髄を提供する際にできた傷や秘密によって同棲中の恋人からDVをうける。恋人は、自分に無断で美しい体に傷をつけたことが許せなかったのだ。
恋人の身勝手さに恐れをなし別居をしたメアリは、かねてより手紙のやりとりをしていた骨髄提供相手レオに会うことになる。
やがて病後の繊細なレオに魅かれていく。
そのころ街では路上生活者をねらう連続殺人がおきていた。
レオもメアリの優しさに触れ、二人は恋人となるが・・・実はレオは素性を偽ってメアリと付き合っていることがわかる。
なんかもう麻薬でキメてる時の描写がしつこい。
結局のところ登場人物たちがそれぞれ、つながってないようで、つながっていたってことなんだろうけど、わかりにくかった。
しかも最後のメアリに至っては、顔見知りならもう誰でもいいのか?と。
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ルース・レンデルがこの五月に亡くなっていたのを、裏表紙で知った。そうだったのか…。ここのところ名前を目にしなくなってすっかり忘れていたが、「ロウフィールド館の惨劇」や「引き攣る肉」を読んだときのインパクトを久々に思い出した。これは二十年近く前の作品らしいが、まったく古い感じはしない。さすがの傑作。
途中までは、正直もどかしい。ロンドンの通りや街の描写にかなりの筆が割かれているし、事件の姿がなかなか見えてこない。何よりも、支配的な恋人(嫌なヤツなんだよね、これが)に毅然とした態度をとらないヒロインにイライラする。あーあ、またそんなこと言って、それじゃダメなんだってば!と何度思ったことか。
しかし、ジリジリしつつ読み進めていった終盤近く、ある事実が明かされて、え?と驚きそこからはもう一気読み。さらに最後の最後、だめ押しのようなあっと驚くラストが待っていた。慌ててページをめくり直したのは私だけではないと思う。
全体に漂う雰囲気が独特だ。うまく言えないが、ひどく不穏なのだけれど、それがとても上品な感じ。こういうのを読むと、イヤミスと呼ばれる国産ミステリって底が浅いなあと思ってしまう。
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図書館より。
DV傾向のある恋人の元から逃れたメアリ。海外旅行に出かける祖母の友人宅の留守番役として新天地で生活を始めた彼女は、自身が骨髄を提供した元白血病患者の男性に会うことを決意する。折しも街では路上生活者を狙った連続殺人が起こっていた。
文章は非常に巧いです。メアリ以外にも、路上生活者、犬の代行散歩を生業とする老人、そして薬中の若者と4つの視点で話は展開するのですが、それぞれの日常描写や心理描写がどれも丁寧でリアル。
犬の代行散歩をしている老人が、富裕層の家庭に苦いものを感じる描写や、犬の散歩コースで悩んだり、と町の描写に加えそうした細かいところを書いているのが、すごいと思いました。
ただ一方で筆が丁寧ゆえにどうしてもテンポが遅く感じられるところがあったのが少ししんどくもありました。
メアリのロマンス描写であったり、路上生活者であるローマンのドラマであったりと読ませるところはあったのですが、ホームレス殺害事件との絡め方がイマイチ……
自分の読み込みが甘かったのかもしれませんが、犯人がぱっと想像できず、少し読みなおしたりして、たぶんこういう事なんだろうな、と結論付けたものの、その結論通りなら、それはそれであんまりインパクトがあるとは正直思えませんでした。
メアリたちのドラマと殺人事件の絡ませ方に一番期待していたので、そこがちょっと微妙だった分、筆勢の割に評価しきれませんでした。
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最初はなかなか進まなかったが、途中からは俄然面白くなってきた。人物描写が素晴らしいだけに、登場人物のカスっぷりが際立ち、読んでてイライラムカムカしながらも、最後まで引っ張られる。細部に納得出来ない所もある。そして読後の感想は、身の蓋もないけど、これ…殺人いる?
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いつもながら静かな緊張感が続くレンデルの世界。もう読めないのが本当に残念。P・D・ジェイムズ、レジナルド・ヒル、コリン・デクスター、本格ものの大家がみんな亡くなってしまった。
ウェクスフォード警部ものを読み返したいが絶版になっているのが多い。
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面白くて、いっきに読めた
ビーンが模倣犯に殺害されても全く同情できなかった。それぐらい嫌な奴だった
最後、メアリの目の前でカールが車に飛び込む←ここが納得できない メアリの目前でそんな行動するって…意味不明 そのまま姿くらませればいいのに メアリにトラウマ植えさせたいのか⁉ 元彼のアリステアも、ダメんずだったが…。つくづく男運のないメアリの前に現れたローマン(待ってたよ!)「きみを見守っていた」なんて言葉かけられたらもう…ヤバいよね そら教訓なんか吹っ飛んでコロッと行ってしまうわ
ローマン、不幸まみれのメアリを今度こそ幸せにしたってくれ。あなた様には、お金もあることやしw
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書き出しはキャッチ-とは言えず、構成も今時のミステリーに比べるとシンプルで特に凝ったギミック等が仕掛けられているわけではないけれど、物語が進むにつれて複数の視点が徐々に収斂する方向へと動き出し、それとともに空気が緊迫していく様が非常にヴィヴィッドかつソリッドだ。
文字を追っていて、映像が目に浮かぶだけでなく、少しずつ緊張感を増すBGMまで聞こえてくるような、そんな気すらする。
事件そのものの真相についてはこの作品に限っては核心ではなく、読了した後に少し振り返って、ああそういうことだったのか、と納得するぐらいが気持ちいい。
一点、ナッシュ兄弟がなぜ2度目の骨髄移植を拒んだのか、その合理的な理由は私には分からなかった。
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便利になったものだ。机上のモニターにグーグル・マップでリージェンツ・パーク界隈を開いておいて、作中に現れる場所を打ち込んでいくと、人物たちの移動ルートが手に取るように分かる。特に主人公が住んでいるパーク・ヴィレッジ・ウェストなどの高級住宅地では、建っている建築物の写真が見られ、なるほどこんな感じのところなんだな、と分かる。おそらく、作者もその辺を分かって書いているのだろう。異様に詳細に移動経路を示している。
紙の地図で、登場する通りの名を調べようとしたら、多分すぐにあきらめてしまうだろう。人物が角を曲がるたびに、次から次に出てくるアベニューやレーンの名前は地図ではなかなか見つからない。一度や二度ならロンドンにも行ったことはあるし、リージェンツ・パークも歩いて横切ってはいる。記憶に残っているのは、広い緑地を小径が走り、ところどころにベンチが設けられていて周囲は木立で囲まれているといった景観だ。野生の栗鼠が足もとで木の実を食み、リードもついていない大きな犬が走り回っていた。
謎解きミステリではない。無論、連続殺人は起きるし、犯人は最後に逮捕される。ただ、それを追うのがストーリーの中心ではない。犯人の目星を付けるための必須アイテムである、例の、主な登場人物の紹介もない。主人公は、メアリという若い女性である。DV男と縁を切るため、それまで住んでいた家を出て、長期のバカンスをとる祖母の友人の家の留守番をしようとしている。男は未練たらたらで、後を追ってくるのは見え見えだ。
メアリは、過去に骨髄移植のドナーになった経験がある。団体から手紙が届き、移植を受けた相手の名が分かり、偶然、留守番先の近くに住んでいることが分かる。当然二人は出会い、恋に落ちる。三角関係のもつれで殺人事件が起きるかと思いのほか、殺されたのはホームレスだ。植え込みや、草地の多い公園内は、夜間は施錠されるが、ホームレスが夜を過ごす絶好の場所になる。ところが、それを憎む者がいたのだろう。死体は、わざわざ公演を囲む鉄柵についたスパイクに串刺しにされていた。二人目の死体が出るころには犯人には<串刺し公>という異名が付いていた。
ある意味、主役はメアリではなく、リージェンツ・パークそのものではないか、と思えてくる。それというのも、この公園を根城にしたり、そこを毎日の仕事場にしている複数の人物が、事件に絡む。その人物たちをつなぐのが、公園という、身分の上下、階級の差を問うことなく、誰もが利用できる公共の<トポス>である。メアリは、公園の東に隣接する高級住宅地パーク・ヴィレッジ・ウェストから北西に位置する仕事場まで、公園を抜けて通勤している。そこで、よく目にする一人のホームレスがいる。
青い目に顎髭を生やし、Tシャツにジーンズ、くたびれたスウェットシャツ姿の男の名はローマン。オックスフォード訛りが残るのも当然で、かつては近くで友人と二人出版社を経営していた。交通事故で、妻と二人の子をなくしてからというもの、思い出が染みついた家を売り払い、ホームレス暮らしを続けていた。そんな自分に普通に挨拶をしてくれるメアリのことが気になり、ひそかに彼女���見守っていたのだ。
もう一人、メアリの家の持ち主が犬の散歩に雇っているビーンという男がいる。もとは、資産家の家に勤めていたが、SM狂いの主人が、彼に遺産としてその家を残してくれたので、今でもそこに住んでいる。ただ、年金だけでは家を維持していけないので、資産家の犬の散歩を何軒も抱えて、運動を兼ねてアルバイトしていた。公園の周囲に住む顧客から犬を預かっては公園内で運動をさせる。コースを考えれば、無理なく運動ができるのだ。ただ、この男は悪党で、弱みを握ったら相手をいたぶることを厭わない。
最後に、麻薬を買う金欲しさに、人に金をもらっては相手を傷めつけるのを仕事代わりにしているホブという男がいる。コカイン中毒で、公園の柵を乗り越えては、茂みに隠れて吸引し、ハイになったところで仕事にかかる。これらの怪しい男たちが、金や自分の嗜好のために、相手を利用し、使い捨てる。本邦の二時間ドラマのように、深い怨恨や愛憎ばかりが殺人の理由ではない。
さすがにルース・レンデル。普通なら交わらないだろう階層にある人物を、その人物がそれまで送ってきた人生の中で、すれ違うようにして持つに至った極めて薄い縁を巧妙に生かして話を組み立てている。あまり重要でない、と読み飛ばしそうな、つまらないうわさ話や、ふと目に留まる情景のなかに、丹念に手がかりを埋め込んでいる。祖母の遺産を相続することになるメアリの財産を狙う男の首尾を見極めるのに汲々として読み終えた後、もう一度、今度は連続殺人事件の真相を最初からたどらなくては気が済まなくなる。
ええっ、こいつが犯人?とぼやきたくなる真犯人に、突っ込みの一つも入れたくなるが、ミステリの常道をあえて無視した展開も、サスペンス小説なら許される。ではありながら、再読時には、ここをしっかり読んでいれば、犯人が何故、ホームレスの串刺しにこだわるのか、事件がある一定の範囲で起きる理由も分かっただろうに、と思わされる記述が、実に丁寧に書かれていたことに思い至り、老練な作家の手腕に讃嘆しきり。サスペンスの女王という呼び名に偽りはない。
それにしても、地図上に描かれた道をたよりに、人物の行き来をたどっていると、よく歩くものだなあ、と感心せざるを得ない。しかし、考えてみれば無理もない。鉄柵で囲まれた園地内に車は入れない。周りを走る地下鉄を乗り換え乗り返して、それを降りてからまた歩くより、公園内を突っ切ってしまうのが一番はやいのだ。読んでいて、またロンドンに行ってみたくなった。
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主人公「メアリ」への、夫のDVが絡む内容に、イヤミスに近いものを想像したが、読み終わると、これが案外、面白かった。
ホームレス連続殺人の犯人について、最後に一気に、急展開されるが、実は、ちょっとずつ伏線が張られていたのも、上手いと思ったし、ミステリーのジャンルにしては、人物の描写と設定が事細かくて、感情移入できました。メアリ、ローマン、ビーンと、すごく個性的なキャラだった。
また、犯人については、上記した以外の謎もあり、これが結構ややこしく、面白かったし、メアリの成長に関わる、驚愕の謎もあるので、ミステリー好きの方には、一読をお勧めします。
個人的には、メアリにとって、グーシーの存在が、ローマンにとって、メアリの存在が、それぞれ大きかったのだろうなと思える、人間ドラマとしての描写も素晴らしく、思えました。
それから、ロンドンの地名と道路の描写が、多いのも、特徴的でした。これをちゃんと追えれば、謎解きも、より楽しめそうに感じました。
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なかなか自分の意思を表出できないメアリ。同棲相手はDVの気がある。メアリは骨髄移植のドナーとなり、その相手と会い、自分と似たものを感じ惹かれあうようになる。ロンドンのリージェンツ・パーク界隈を中心に、猟奇的な殺人と、浮浪者、ヤク中、犬の散歩請負人などがレンデル的な進行で絡み合う。最後まで読むと、これはメアリの再生の物語なのだと思った。
骨髄提供をしたメアリはそれを理解しないアリステアとの同棲を解消してロンドンのリージェンツ・パークに近い屋敷に、数カ月旅行に出かける老夫婦の留守を預かる。その界隈には麻薬中毒のボブ、交通事故で妻と子供二人を亡くしたショックから路上で生活しているローマン、犬の散歩を請け負い年金生活を食いつないでいるビーンがいた。
メアリは提供相手と会い次第に惹かれてゆく。一方浮浪者が殺され公園の鉄柵にさらされる事件が起きる。散歩人ビーンの過去、提供相手の秘密、DV的なアリステアとメアリの関係、これらがからまり、最後は悲劇の結果か?と思いきや、確かに悲劇もあるのだが、主人公メアリはそれを乗り越え、新たな人生を歩みだす。ああ、よかったよかった。
失意のローマンはホワイトカラーで、彼のアクセントが浮浪者仲間から浮いている、という記述が興味深い。
ルース・レンデル、今回は読み通すことができた。
1996発表
2015.8.15発行 図書館
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1996年作。
クロード・シャブロルという映画監督がいて、ヌーヴェルバーグの一派とされているようなのだが、ルース・レンデル原作の映画を幾つか作っている。それが普通に面白く、私もレンデルに興味を持つようになって、『殺しの人形』だけはハヤカワ文庫のを買って読んだ。
が、いま探してみると、かつては角川文庫あたりでもラインナップがあったはずなのに、文庫で中古でなく購入できるルース・レンデルの小説がほとんど見当たらないのだ。この作家が亡くなったのは2015年らしいが、急速に忘れ去られつつある作家なのだろうか?
本書はハヤカワ・(ポケット・)ミステリという、新書版よりもさらに縦に長いサイズの本で、本文は2段組になっている。
面白いかと思って読んでみたのだが、残念ながら、これはつまらなかった。
一応ミステリっぽい「サスペンス小説」のはずだが、ようやくサスペンスが感じられ始めるのは350ページも過ぎた辺りからである。その前から殺人事件は起きているのだが、被害者がホームレスで身寄りもないせいか、周囲の反応も薄く、緊迫感は全然ない。
複数の人物を切り替えながら多層的に話を進めていくのだが、メアリの恋愛物語以外は特に進展する話もなく、ひたすら退屈である。しかも、読み終わってから振り返ると、そんなふうに多重視点で描いてゆく必要があったかどうか、疑わしい。
現在の日本のエンタメ小説界では当たり前の、改行だらけのスカスカ文体とは異なり、特に人物を念入りに描写しているようには見えるけれども、いかんせん、ヘンリー・ジェイムズの「描写」への凄まじい執念とそれが醸し出す緊張と濃密と比べてしまうと、どうしてもこれは三流止まりの描写なのである。
そんな感じで、読んでいてなんだか淋しくなってしまうような本だった。