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紙の本
行く川の流れは絶えずして
2011/06/16 08:13
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
美しい町には美しい川が流れている。例えば仙台。街なかを広瀬川がたゆとう。盛岡には北上川、東京には隅田川、そして本書にも収録されている室生犀星となじみの深い金沢には犀川という具合に。
川が運んでくる豊かな土壌が町を作りだすといってもいい。
町ができると、人が集まってくる。人が集まれば、そこに悲喜こもごもの人間模様が生まれる。そんな人間模様が数多くの物語を編み出していくことを思えば、物語は一本の川が生み出した産物といえなくもない。
「百年文庫」の24巻めは、そんな川をめぐる短編が三本収録され、タイトルは「川」となっている。
この巻に収められた三つの作品、織田作之助の『蛍』、日影丈吉の『吉備津の釜』、室生犀星の『津の国人』、どれもが面白く、充実の一冊である。
これも川がもたらした豊穣ゆえだろうか。
室生犀星は詩人としても作家としても有名である。詩集でいえば『愛の詩集』、小説でいえば『あにいもうと』など多くの作品がある。犀星の作品が読まれた背景には彼の作品が映画化されたことで広く知られたことも一因だろう。誰もが愛した作家である。
そんな犀星には「王朝もの」と呼ばれる古典に材をとったジャンルがあると本巻の解説には書かれている。収録されている『津の国人』も「伊勢物語」に題材をとられているそうだ。
京の宮仕えの職をようやくに得た夫ではあるが、妻を同伴するまでにはいたらない。やむなく夫は妻の筒井と別れて暮らさざるをえない。妻の筒井は何事にも卒なく美しくあった。その妻と別れることの辛さが夫には耐えがたい。せめて便りをと、互いに求めあいながら、渡し船のそれぞれの流れに棹をさすのだ。
そして、津の国で暮らす筒井はその性格ゆえに人々に愛され、求められるのだが、京へ上った夫よりは何の便りも届かない。それでも待ち続ける筒井の心の美しさ。
流れやまない川こそ過ぎゆく時間を映し出すのか、筒井という女性をめぐる運命に胸うたれる佳品である。
織田作之助の『蛍』は坂本竜馬の定宿として有名な寺田屋の女主人登勢の生涯を巧みに描いたこれも読ませる作品。『夫婦善哉』ばかりが有名な織田作之助ではあるが、こういう作品も書いていることを知ってうれしくもある。
日影丈吉は探偵小説等で名を馳せた作家だが、この『吉備津の釜』もどこかミステリー仕立てで読み物として力がある。途中なにげなく織り込まれる記憶話が物語の核になっていくあたり、巧い。
今回の川をのぼった津波の勢いではないが、川は時には魔物まで秘めている。