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紙の本
生き延びるなら夜に走れ
2010/03/15 23:19
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
夜を生きる人々というのがいるのだろうか。この本の中では夜とは何かが繰り返し語られて、この人たちは一体何者なのかと思う。会話の中心にいるのはハンスブルク家に繋がりのあるという自称男爵、オーストリア出身で諸国を放浪してパリに辿り着いたらしい。本業は医師ということになているが、何か金づるになりそうな人物を探して歩いて社交界に出入りしている。そして彼の周囲にいる女性達、あるいはパトロン、あるいは患者達が、恋愛やらなにやらとりとめの無い話を持ちかけて来る。
彼らの様々なエピソードの幕間に為されているような饒舌な会話は、しかし彼らの行動や生活を支配している。この作品は文体に価値があるという評価は、平凡な日常と一見退屈な会話の連続に読者を引き込んで読ませてしまうという点でその通りかと思う。衒学的になりそうと見えれば、警句的になり、軽佻浮薄となる。この奔放な人たちが、なぜ夜という言葉にこだわり、執拗にリフレインするのか、読んでいてずっと謎で、そしてなぜ引き摺られるように読み進めてしまうのかも分からなかった。そして唐突で突飛なラストシーン。この意味を考えて、初めて彼らに取り憑いた孤独と絶望の深さ、そしてそれが夜の意味であったことを悟った。
あまりに淡々と描かれているので、そこに伴う苦悩も表面通りのもののように受け取っていたが、もちろんそんなわけは無く、背景社会からのモラルやら体面やらといった有象無象の心理的圧力がかかっていたに違いないのだ。時代に逆らって自由に生きることに、相応の代償を支払い続けている。自由を謳歌すること自体が自身の存在証明になりうる女性達は、破滅さえも恐れずに生きられるのかもしれないが、どうも既に自由であるはずのこちら側はそうはいかないらしい。そこのところの情けなさや哀しさがこの男爵に現され、それが彼をして厭世的な言葉の製造装置たらしめているし、説得力を与えたのはやはり文体の力なのかもしれず、作者の執念によって抜け目無く達成されたものかもしれない。
しかし特定の嗜好性癖の人だけの悲しみが対象なのでもなく、だからこそ夜という言葉の中に普遍性を込めようとしているがために、息苦しいほどの饒舌さで満たされているのではないだろうか。黙して押し潰されるよりも、外に向かって飛び散りたいとしたら、そのためのエネルギーはきっと夜の底にあるのだよ。