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川上未映子「こんなときには、これを読むのよ!」毎月第1・3木曜日更新、『honto+』連動連載

川上未映子さんが、独特な世界観のテーマで「こんなときに読みたい本」を推薦!毎月発行『honto+』の連載を飛び出し、hontoサイトで毎週木曜に更新します。どんなテーマで、どんな本が、登場するのか、新たな本との出逢いをお楽しみに!!

2014.10.23(Thu.) up date

世界で最も素晴らしい時間のひとつである秋に思うことはいっぱいあるけれど、より深く、匂いや感情に浸って、皮膚も心もしっとりさせたいときに読む本!!

 中原中也といえば春、という気が勝手にしているけれど、しかし秋にたいしても、その感受性はみごとなまでに言葉になって、それらの季節をとおして様々なものがこちらにやってくる。むこうにそっとひそんでいるもの、においが静かに含んでいるもの、色々なものが、流れだす。中也の詩を読んでいると、ここには、季節だけが独立した世界があるのだな、とそんなことを思ってしまう。詩人は交信する。まるで水を手にすくってそれを飲んだり、火に手をあててその熱に少しの畏怖を覚えたり、大地にふと有限を感じて動けなくなってしまったりするように、詩人は季節そのものにふれて、そして、立ちすくんでいるようなのだ。
 岡崎京子の『秋の日は釣瓶落とし』は、表紙にもなっているひとこまが胸に刻まれて動かない。秋の日の夕暮れと夜の一瞬の境目が、そのまま焼き付けられたようなひとこま。どこかで見た見知らぬ人々の懐かしい写真のようであり、誰かが永遠に失った人生のある時間を切りとった瞬間そのものでもあるかのような。生きている人たち、生きていた人たちの静かな躍動感が、人生の秋にかさなってゆく。
 先日、ジュネーヴへ行ったとき、妙な既視感があったのは『秋のホテル』のせいだった。小説で読んだ言葉としての、ある土地。そして旅行で訪れた、踏みしめるものとしての、ある土地。ふたつの体験がのみこみあって、言葉でも経験でもない土地が、あらたに生まれるのだった。それは物語においてもそうで、フィクションと現実が相互に予想もつかない部分から侵食しあうさまは、日常にあるいくつかの快楽のなかでもとびきりのものだと思う。ここに描かれた恋愛は、果たして誰のものだと言えるだろうか。

2014.10.9(Thu.) up date

こんなにも変わってしまった今だけど、でも変わりようのないものもあるんだってこと、昼下がりに真夜中に、ひとり静かに噛みしめるための本。

 人は十代の真ん中に聴いていた音楽を一生口ずさむことになる、という話があるけれど、たしかにそうかもしれないと思うことがよくあります。それはたぶん、世界を分節化する言葉の数も増えてようやく少し落ち着く頃で、目と耳に何かの印を残すのにいちばん良い状態の時だから、というような気もするけれど、でも、言葉にならないものにはならないものの良さがあって、十代になるかならないかの、言葉がまだ頼りない時期に触れたもの、浸ったものは、また少し違う残りかたをしていますよね。それはたとえば、ある匂いと空気に触れた時に何もかもが一斉に込みあげてくるあの感覚、何もかもがやってきて何もかもが去っていくようなあの感覚そのもので、わたしにとって『ドラえもん』はまさにそう。母親の記憶のような、家族写真よりも懐かしい絵というか、そんなありかたをしています。
 『大島弓子にあこがれて お茶をのんで、散歩をして、修羅場をこえて、猫とくらす』は大島弓子作品への、本当に温かで混じり気のない愛情だけで出来上がった一冊です。それぞれの著者の体験、思い、語りに触れることがそのまま大島弓子作品を読む時にこの胸を訪れるものと繋がっているのをひしひしと感じます。作品に出てくる食べ物を実際に作ってみたり、少女の頃に集めたカードや付録を披露したり、どうしようもなくそこにありつづける愛情の成分をなんとか言葉にしようとするその愛情が、本当に素敵な一冊なのです。
 『デミアン』は、十代の頃、本当に大切だった小説。まるで濃い深緑の森に入り込んで、それでも歩き続けるしかない少年たちのかけがえのない青春を見事に切り取った作品です。デミアンは長いあいだ、わたしの親友であり麒麟児でもあったのです。今でも最後の頁の最後の言葉を思い出して、わたしにもいつかあんな終わりの言葉を紡ぐことができるだろうかと、ため息をついています。

2014.10.2(Thu.) up date

音楽はすごく好きだけど、最近あんまり聴けてない。そういえば音楽って言葉じゃどんなふうに鳴るんだっけ? 音楽を目で聞きたい味わいたいってなときに読みたい本!

 音楽が印象的な物語は数えきれないほどあるけれど、まるで自分もそこにいてその音楽を聴いたことがあったんじゃないかなーっていうような、「体感が残る」読書が、ときどきあります。
 『ならずものがやってくる』は、少しずつ関係している人物ひとりひとりを中心にした連載短編集。みんな過去現在、音楽と何かしらかかわりを持って、それぞれに満身創痍の人生を生きている。とくにわたしが好きだったのは、バンドをやってる少年少女が出てくる章。目のまわりを黒く縁取った女の子たち、パンクミュージックをやってなんとか世に出ようとしてるんだけど、なかなかうまくいかないよね。性とかあるしさ。大人は厭なものだしさ。でも時間は待ってくれないしさ。ライブシーンは、彼らが鳴らしてる音楽と喧騒のなかに立ち尽くしてるような気持ちになった。十代の少女として。

PROFILE

川上未映子(かわかみ・みえこ)

  • 1976年、大阪府生まれ。
  • 2007年、デビュー小説『わたくし率 イン 歯ー、または世界』(講談社)が芥川龍之介賞候補に。早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞受賞。
  • 2008年、小説『乳と卵』(文藝春秋)で第138回芥川賞を受賞。
  • 2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』(青土社)で中原中也賞受賞。
  • 小説『ヘヴン』(講談社)で芸術選奨文部科学大臣新人賞、紫式部文学賞受賞。初出演の映画『パンドラの匣』でキネマ旬報新人女優賞を受賞。

著書に『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』(講談社)、『ぜんぶの後に残るもの』(新潮社)、『すべて真夜中の恋人たち』(講談社)など。

川上未映子の本を読む

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