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佐渡島庸平のレビュー

佐渡島 庸平

マンガHONZ編集長。2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)などの編集を担当する。2012年に講談社を退社し、クリエイターのエージェント会社、コルクを設立。現在、『インベスターZ』(三田紀房)、『鼻下長紳士回顧録』(安野モヨコ)の編集を担当している。

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経営者が「金を出すこと」以上の誠実さはあるか!!『スティーブズ』

STEVES 3

会社を創業して、ぶつかる大きな壁は、組織の壁だ。
サラリーマンの時に組織の壁に限界を感じて起業したのに、すぐにまた組織の壁にぶつかってしまう。しかし、組織の壁と言っても、種類はまったく違う。サラリーマンの時は、組織が固定化してしまって新しいことができない壁だ。でも、ベンチャーの場合、「組織がまだない」という壁だ。
組織としての仕組みや企業文化は、空気みたいなもので、僕が活躍できていたのは、その力なのだということはなかなか意識できない。外にでて、自分ごとになってはじめて、空気だと思っていたものは、誰かが汗水たらして構築しないといけないものだったのかと、気づくことができる。
今、僕が起業したコルクは、組織の壁にぶつかっている。それを乗り越えないかぎり、僕が思い描いている未来を実現することはできない。
そして、あの偉大なるジョブスも、組織の壁にぶつかっている。3巻は、まさにそのジョブスの姿が描かれている。
会社を成功させるためには、アイディアと実行力だけではダメだ。組織を作っていくためには、人間的に成長し、成熟しないといけない。
しかし、成熟するための安全な方法など、どこにも存在しない。壁に思いっきりぶつかり、跳ね返され、傷つき、立ち上がってまた壁にぶつかりにいくことで、成熟していける。
ぶつかるしかない。お利口に、安全地帯にいながら、成熟することなどできない。
そのぶつかる様子を見ながら、僕は自分ごとのように感じて、痛みを感じながら読んだ。
そして、あの偉大なるジョブスですらそうだったのだからと、自分を慰め、励ました。

社員がついてこれるように最大限、ゆっくりのペースで前に進んでいるつもりでも、後ろを振り向くとはるか後ろに社員はいる。

こんな光景は、残念ながら、思い当たる節がないわけじゃない。

会社に複数の社員が入ってきて、大きな夢は共有しつつも、社員それぞれの人生もある時、創業者はただの言い出しっぺにすぎない。
そのことを頭と感情で理解していかなければいけないのだ。

最後に紹介するシーンは、ネタバレが嫌な人は読まない方がいい。

“だが、あいにく金を出すこと以外に、俺はまだその誠実さを示す方法を知らない”

というセリフが、グッときた。

このセリフを生み出せた、うめさんは、すごい。
起業したことで、僕は、お金と時間の感覚が大きく変わった。
社員や協力してくれる人々に、感謝を伝えたくても、自分自身が未成熟でお金という手段を使ってしか、その感謝を伝えることができないと痛感することがよくある。
また、お金の道具としての、力の大きさも実感せざるをえない。お金以外にそんな風に使える道具は、他にほとんど思いつけない。

スティーブズの結末は、誰もが知っている。ジョブスは、この後、やはり一度、組織の壁の前に敗退し、また復活する。話の魅力は、結末にはない。何度も立ち上がり、ぶつかりつづけるジョブスの姿にある。そして、うめさんのスティーブズは、それを描こうとしている。

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娼婦を、作家を、蝕んでいく顔の見えない「人気」という怪物『鼻下長紳士回顧録』

鼻下長紳士回顧録 上 特装版

安野モヨコの8年ぶりの新作ストーリーが出る。
時間は数えないようにしていた。僕自身も、数えだすと不安になり、焦るから。帯に載せるために調べて、8年もたっていたのかと認識した。
長かった。
編集者にとってこれだけ長かったのだから、安野モヨコにとっては、もっともっと長い抜け出すことのできない地獄のような8年だっただろう。

見本として届いた通常盤と特装版の両方を手に取り、ずっしりとした重みを感じながら、喜びが込み上げてきた。
この本は、作家・安野モヨコにとって通過点で再出発の始まりにすぎないから、サラッと過ごそうと思っていたけど、重みを感じて、やっぱりお祝いをしたくなってきて、そのまま安野さんが好きそうな花を注文しにいった。
編集者としてたくさんの本の出版に携わってきたが、この本に対する思いは特別だ。特別だから大切にしたいという思いと、この本が特別でなくなるように早くどんどん次をつくりたいという思いがある。

安野モヨコのそばにいて、つぶさに彼女の精神状態をみてきたものとして、「なぜ安野モヨコは娼館を描くのか」を伝えるのは、僕の役割ではないかと考えている。

今回の作品、『鼻下長紳士回顧録』は、1913年のパリの娼館を舞台にしている。娼婦と変態紳士達の交流を描いたマンガだ。
実は、安野モヨコが、娼館を舞台に作品を描くのは、3作目。
20作品近く発表していて、そのうち3作も娼館が舞台なのだ。

『バッファロー5人娘』は、アメリカの荒野の娼館が舞台。
『さくらん』は、江戸の吉原が舞台だ。

なぜ娼婦を描きたくなるか? いや、描かざるをえないのか。何度となく、安野さんと僕が議論してきたテーマだ。

マンガを描くとは、楽しい行為であると同時に精神をすり減らす行為でもある。少なくとも、安野モヨコにとってはすり減らす行為だ。
作品という形に昇華させるとはいえ、自分というものをすべてさらけだし、それに対して、人々は好き放題言う。それをすべて受け入れないといけない。受け入れるときに、少しずつ他人には気づけない量だけど、精神は削られていく。

カルメンという娼婦がこんなセリフを言う。

“「頭のうしろっかわ半分がなくなってるような気がする…いや無い!
男と寝るたびに少しずつすり減ってるから、だんだんと身体も頭もうすべったくなってる。」”

娼婦も男性を相手にする度に、身体が変化するわけではない。でも、精神が自分でもきづかないうちに、少しずつすり減っていっている。

主人公・コレットが、娼婦になった時のことをこんな風に回想している。

“「そこは底なし沼みたいな場所
頑張れば抜け出すこともできるし
運がよけりゃ旅人が助けてくれることもある
でも…一度足を入れてしまったら
必ず泥の跡がつく

私は知らなかったのだ

その深い沼の周りには白い花が咲き
沼の表面には美しい枯れ葉が幾重にも重ねてしきつめられていることをー

恐ろしい場所というのは何でもない顔をして

私達を待ち構えているのだということを」”

この説明、作家という職業を説明しているように僕には思える。安野モヨコは、休んでいる間に作家ではない、違う生き方を選ぶという選択肢もあった。でも彼女は、漫画を描くことを選んだ。作家も抜け出すことができないタイプの職業なのだ。

娼館は、人気のある娼婦によって支えられている。人気のない娼婦がそこで生活できるのは、人気のある娼婦のおかげであることに無自覚だ。トップの娼婦は、誰よりも精神をすり減らしながら、人気が減らないように自分の場を守らなくてはいけない。
この構造、漫画雑誌の構造と似ていないだろうか?

『ハッピーマニア』、『働きマン』、『シュガシュガルーン』といった安野モヨコの代表作にも、安野モヨコらしさはたくさんある。でも、たくさんの人を楽しませるために、自分の強いところを多く見せている、外向けの作品という気が僕はする。
安野モヨコが、自分の弱みもさらけ出し、等身大の自分を描こうとしている時、舞台が娼館になっている。今まで安野モヨコが、娼館を描いてきたのは、毎回、壁にぶちあっている時でもある。自分を回復させるために、自分の心を見つめ、正直になろうとすると、自然と娼館が舞台になるのだ。

まだまだ語りたいことはたくさんある。
なぜ、変態をテーマにしたのか?
なぜコレットは、小説を書き始めるのか?
深いテーマが、『鼻下長紳士回顧録』には、たくさん詰まっている。
しかし、発売したばっかりのタイミングで、あまりにも多くを語るのは野暮すぎる。

描くのに費やしたのは3年ほどだが、この1冊には8年間の安野モヨコのすべてが詰まっている。そして、すごく安野モヨコらしさが詰まっている。
『鼻下長紳士回顧録』は、漫画だ。でも、そこには、安野モヨコにしか描けない、絵、台詞回し、独特のリズムがあり、読み終えた後の感覚は、他の漫画では味わえない安野モヨコ独特のものがある。

8年ぶりの新作を、ぜひ楽しんでほしい!

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大人版『進撃の巨人』は、山下和美の『ランド』だ!

ランド

胸に去来する漠然とした不安。
未来はどうなってしまうのだろう? そして、自分はそれに対応できるのだろうか? 健康だったらいい。でも、もしも病気になっていたら……。
そんなことを考えだすと、不安から逃れられなくなる。
現代は、多くの人が不安に捉えられている時代だと思う。
今、自分が生まれた時と、死ぬ時に社会が同じ様子だと思う人はいないだろう。しかし、産業革命前はそれが当たり前だった。社会の変化の速度は、人の人生よりもずっとゆっくりだった。
あまりにも早い変化は、たとえ好ましい変化だったとしても多くの人を不安に陥れる。
その不安を、少年マンガとして捉えたのが『進撃の巨人』であり、若者の気持ちを代弁してくれているから、大ヒットしたのだと僕は考えている。
言語化が難しい感情を、うまく言語化しているのは、ヒットする大きな要因の一つだ。
『なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』というビジネス本では、『進撃の巨人』をこんな風に説明している。

“人類が巨人から身を守るために、壁が三重になっているのです。いちばん内側で安全なウォール・シーナには、王政府や裕福な人間が住んでいて、主人公たち若者はいちばん外側でいちばん危険なウォール・マリアの内側に住んでいる。この設定が、現在の格差や既得権益に不満を覚える若者の潜在意識をとらえているのではないでしょうか。
(『なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』松村嘉浩) ”

『進撃の巨人』では壁に囲まれていたが、『ランド』では山で囲まれている。そして、言い伝えを守り、人々はその山の向こうへは行こうとしない。閉じ込められた、中世のように変化の少ない社会に主人公が住んでいるという共通点はある。しかし、大きな差もある。『進撃の巨人』は、巨人という、戦うべき相手がいた。『ランド』は、戦う相手がよくわからないし、出てくる登場人物達の誰が善で、誰が悪かが分からない。
少年マンガは、分かりやすさをもっていなければいけない。
だから、常に戦う敵が存在する。『進撃の巨人』が対象としていた不安は、閉塞感だ。そして、閉塞感は、打破することができる。
一方、山下和美が描く世界は分かりにくい。『ランド』が、対象としている不安は、実存への不安ではないか。
「生の実感」をなかなか感じることができない中、自分は生きているのか、死んでいるのかも分からない。生きていることに、価値があるのかも分からない。そんな不安を描こうとしているのではないか?
そして、そんな不安は、打破の仕方が見つからない。だから、物語もどのように進むかは、予測できない形になっているのではないか。
1ページ目、誰の言葉か分からない形で、こんな風に始まる。

“果たして この世が本当に
存るのか ということさえも
証明されてはいない
私がいて あなたがいる
それしか実感として
感じられない
まあその実感すらも
本物かどうかは分からないのだが”

僕自身も不安を覚えることがある。でも、僕が感じるのは、閉塞感ではない。閉塞感は、自分たちの力で打破できていると考えている。だから、ベンチャーをやっているのだと思う。
「生への実感」が弱まっていくことの不安。そちらのほうが、僕の感じる不安に近い。そして、そのような不安を『ランド』は、描いている。読み終えた後、すっきりするのではなく、より胸騒ぎが大きくなっている。向き合うのはしんどいことでもあるけど、不安を沈める最良の方法は、その不安の形を知ることだ。『ランド』が、現代人の抱える漠然とした不安を、この後さらにどのように描いていくのか楽しみだ。
ネタバレになるので言及していないが、最終ページは、この後の物語をどう展開させていくのか、気になるところだ。

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『宇宙兄弟』×『インターステラー』=『度胸星』!?

度胸星 1 (モーニングKCDX)

『宇宙兄弟』を好きな人なら、絶対に『度胸星』を読んだ方がいい。
映画『インターステラー』を好きな人も、絶対に『度胸星』を読んだ方がいい。

『宇宙兄弟』×『インターステラー』とでもいうべき作品、それが『度胸星』だ。
実はこの『度胸星』、未完である。雑誌の都合で、話がすごく面白いところで、連載は終わってしまっている。
でも、未完であるがゆえに、マンガファンの間で、完結させてほしい傑作としてよく話題になる。現在『へうげもの』を連載している山田さんは、インタビューなどで、もう続きを描く気がないと話していて、決して先を読むことができない。それが、この作品の不思議な魅力を、より増やしている気もする。小説のように、唐突すぎる終わりを迎えて、余韻が残る作品も、悪くないのではないかと個人的には思っている。

ついに人類は、火星に到達した。しかし、謎の物体テセラックにより、宇宙飛行士は殺されてしまい、宇宙船は破壊され、一人だけ残された宇宙飛行士は地球と交信することもできない。一方、地球では、火星へと救出へ行くため、急遽、宇宙飛行士のNASA選抜試験が行われる。元トラック運転手の主人公の三河度胸は、NASA選抜試験には落ちたものの、ロシア経由で火星へ目指す、という話だ。

『度胸星』と『宇宙兄弟』の共通点は、主人公がなかなか宇宙へ行かないことだ。当たり前だけど、宇宙飛行士選抜試験を描いていると、主人公は、宇宙へは行かず、地上で試験ばかりをしている。
『宇宙兄弟』の連載を始める時に、JAXAの取材をした。取材をすれば、するほど悩んだ。『度胸星』も、かなりしっかりと取材をしている。だから、宇宙飛行士選抜試験の流れなどが、同じになってしまうのだ。同じテーマを扱うのだから、一致するところがあるのは仕方がない。でも、『度胸星』はとても個性的な作品で、多くの読者は、それが取材ではなく、山田さんの創作による試験だと思ってしまう。そんな点が読者には、真似ていると思われてしまうかもしれない。
野球マンガであれば、甲子園へ行くまでの道のりを、色んな人が描いている。違う作品同士に共通点があったとしても、誰も気にならない。
悩みに悩んだけど、それを気にし始めると、自由に描けなくなる。宇宙飛行士選抜試験マンガは、『度胸星』と『宇宙兄弟』しかないのだ。小山さんが、影響を受けたり、意識しすぎるとよくないから、僕ら編集者だけが『度胸星』を読むようにして、小山さんにはあえて読まないようにしてもらった。『度胸星』には、謎の物体テセラックが出てきて、SFの要素もかなりある。一方、『宇宙兄弟』は、ずっと現実的な設定のまま話が進む。
巻が進むと、全く違うタイプの作品だとみんな気づいてくれるのだけど、巻が少ないうちは、編集をする時にかなり気を遣っていた。

もう一度言う。
『宇宙兄弟』を好きな人なら、絶対に『度胸星』を読んだ方がいい。

ちなみに、主人公の三河度胸は、目が細くて、目が描かれていない。マンガは、目の表現で感情を伝えることが多いので、このような意志の強い主人公を、細い目で表現しようというのは、すごい面白い挑戦だ。

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お金で野球を語る!狭い切り口だけが到達する深いポイント『グラゼニ』

グラゼニ 01 (モーニングKC)

テレビのディレクターから、興味深い話を聞いた。
2001年の9.11のテロを境に、世間の人々が面白いと思う番組が変わってしまったというのだ。それ以前は、「進め!電波少年」「ガチンコ!」が人気番組だった。どちらもリアリティを売りとしたバラエティ番組で、やらせ疑惑が問題になるタイプの番組だった。人々は、リアリティを装ったフィクションを楽しんでいた。
でも、9.11で、圧倒的な現実の前にすべてのフィクションがかすむ。ましてや、リアリティのフリをしたフィクションは、白々すぎて見れなくなってしまった。
それで、その次に流行ったのは、身近な現実。嘘かどうかを気にしなくていい、情報番組が流行った。「伊東家の食卓」や「トリビアの泉」だ。
誰も意識していたわけではないけど、社会全体として、好みが変わったのだ。

このディレクターの意見が、本当かどうかわからない。あくまでも仮説だ。
でも、その感覚はよくわかる。
マンガも、壮大な話よりも、しっかりと情報が入っている現実的な物語の方が、読者に好まれるようになっていった。

以前紹介した『キャプテン』や『クロカン』などは、キャラクターの魅力と、ストーリー展開で読者を惹き付ける。読むと野球をしたくなるし、主人公を好きになる。でも、野球については、さほど詳しくならない。
野球マンガの流れが変わった作品として『甲子園へ行こう』や『おおきく振りかぶって』がある。どちらも、野球についての知識を得ながら、物語を楽しむことになる。野球がうまくなるためのテクニックの情報が満載なのだ。『ドラゴン桜』が、学園マンガではなく、学園を舞台とした教育情報を伝えるマンガとなっていたことも、もしかしたら、社会の空気も関係していたかもしれない。編集者として、僕自身がそれを意識していたことはなかったが、無意識にそのような社会の流れを感じ取っていた可能性はある。

『グラゼ二』という作品は、さらに情報が細分化している。野球の情報というより、野球にまつわるお金の情報に特化しているのだ。原作の森高さんが、別名コージィ城倉で絵も自分自身で描いている野球マンガは『砂漠の野球部』や『おれはキャプテン』は物語としてとても面白い。でも、世間の興味をより惹いたのは、情報をたくさん詰め込んでいる『グラゼニ』の方なのだ。
物語の切り口を、野球のお金周りの情報と狭めてしまうと、面白みが減るように感じるかもしれない。しかし、逆に、狭めることによって、普段の勝敗の行方を読者に気にさせる野球マンガでは描かれることなのない、野球選手のリアルな感情を描くことができている。
堀江さんと森高さんの対談は、前編も後編もすごく面白い。野球という切り口だけで、世の中の流れ、ビジネスまで語れてしまうのだ。

このような台詞は、今までどんな野球マンガにも出てきたことがない。現実において人が感じることでも、フィクションでは語られることがない台詞というのは多数、存在するはずだ。そういう台詞を描くことができる設定を思いつくというのはすごいことで、そこに『グラゼニ』が多くの人が面白いと思った理由があると思う。

漫画家は毎回、今までにない面白さを提供しようと四苦八苦しながらアイディアを考えている。その中で、自然とできている流れが、テレビのバラエティの大きな流れと一致しているところがあり、さらに引いてみると、社会を揺るがした事件、事故による影響が関係しているというのは、面白い。

最後になるが、作画を担当しているアダチケイジさんは、『宇宙兄弟』の小山宙哉のところに、アシスタントとして来ていた時期がある。
『宇宙兄弟』に登場する「ケンジの石のエピソード」は、実はアダチさんが仕事場で話した雑談が元になっている。

新人漫画家だったアダチさんを小山さんやツジトモさんが、「アダチ君は才能があるからブレイクするよ」とよく言っていた。
森高さんが書く原作の面白さもヒットの理由としてあるだろうが、アダチさんが絵を描かなければ、このような味のある「野球版ナニワ金融道」にはならなかっただろう。

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あえて言おう!三田紀房の最高傑作は『ドラゴン桜』よりも『砂の栄冠』だ!!

砂の栄冠 1 (ヤンマガKC)

三田紀房といえば、『ドラゴン桜』と思っている人が多い。
『ドラゴン桜』は、僕が編集した作品で日本でも韓国でもドラマ化されて大ヒットし、三田紀房を有名にした作品だ。
そして今ヤングマガジンで連載中の『砂の栄冠』に、僕は一切関わっていない。モーニングで連載中の『インベスターZ』に関しては、エージェントとしてがっつり関わっているが、『砂の栄冠』に関しては、完全にノータッチだ。
すごく悔しいのだが、正直に、あえて言おう。
三田紀房作品の中でもっとも面白い作品は、『砂の栄冠』だ。
以前、ちばあきおの『キャプテン』を紹介したが、それに匹敵する傑作である。
スポーツマンガのベスト5を選べと言われると、僕なら確実にいれる。
三田紀房の最初のヒット作は、『クロカン』である。これも『砂の栄冠』と同じく、高校野球を舞台にしたマンガだ。『ドラゴン桜』は、クロカンの主人公、黒木を桜木に変え、野球の代わりに受験を描いた作品だ。物語に新しいところはない。
『砂の栄冠』は、新しい。マウンドの下に、知り合いの老人から託された1000万円を埋め、それを使いながら甲子園へいく話だ。主人公の七嶋は、お金をどんどん使いながら、夢のためなら、汚い人間になってもいいといいながら、成長していく。
どこでも読んだことがない、新しい野球マンガだ。

世間がイメージする高校生ではない。計算高い、大人をコントロールしようとする、主人公だ。でも、七嶋の強い意志を知っている読者は、七嶋を応援せずにはいられない。
気が弱くなった自分を責め、より強い七嶋になる姿に、その勇姿に、ついもらい泣きをしてしまう。

『クロカン』は面白いけど、泣きはしない。三田さんのことを深く理解しているつもりだったけど、三田さんのマンガで僕が泣く日があるとは思っていなかった。
実はこの作品のアイディアを三田さんは、『エンゼルバンク』を編集している時に、僕に話してくれていた。なのに、僕は「あまりイメージできない」と答えて、それ以上打ち合わせをしなかった。
実際、連載が始まって、1巻を読んでもピンとこなかった。
2巻を読んでもピンとこなかった。3巻あたりから「あれ面白いかも」と思いはじめ、5巻くらいからは夢中になって読んでいる。
今、20巻まで出ている。20巻は、もう最高に面白い。21巻が早く読みたくてウズウズしてしまう。
僕は、数年前の自分を編集者として、恥ずかしく思う。この面白さを、予想できなかったのかと。
『インベスターZ』は、今、5巻。こちらの作品も、どんどん面白くなってきている。
今の僕の目標は、『インベスターZ』の方を『砂の栄冠』よりも面白くすることだ。そうしないと、僕がいる意味がない。

三田さんのマンガの方法論は、一貫している。成熟していない子供が、大きな試練に立ち向かう様子は、読者が応援したくなる。そんなマンガを描きたいと、いつも言っている。
七嶋は、甲子園という怪物と戦っている。チームメイトの協力を得られない、孤独なヒーローだ。『インベスターZ』の財前は、100億円というお金を運用する。大人も理解していない経済というものと戦っているヒーローだ。財前は、まだ恐怖を感じていない。この後、恐怖を感じ、それに打ち勝つ姿を三田さんは、描くだろう。そうしたら、『インベスターZ』も、泣ける経済マンガになる。そんなマンガは今まで存在しない。それを描き切れば、『砂の栄冠』に勝てる。
『砂の栄冠』は、こちらの胸を熱くする最強の野球マンガだ。20巻の一気読みをお勧めする!!

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