紙の本
様々なものを飛び越えていくことで、なんとも不思議な物語世界を見せてくれる短編集
2007/02/18 09:24
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yukkiebeer - この投稿者のレビュー一覧を見る
2004年から2006年にかけて月刊文芸誌「新潮」に発表された多和田葉子の4つの中短編小説を収録しています。ドイツで暮らし、日本語で綴る作家である著者らしく、言葉の魔術で遥かな境界線もひらりと飛び越える、不思議な物語が集められています。
「時差」と題された短編を特に楽しみました。
ベルリンの日本人マモル、ニューヨークのドイツ人マンフレッド、そして東京のアメリカ人マイケル。彼らはかつて互いに肉体関係にあった同性愛者です。物語の中では、今は3つの街で別々に暮らしている彼らの同じ日の行動が綴られますが、著者は空間を越えている3人の行動を時系列に沿って次々と引き継いで描いていきます。数万キロを隔てたはずの彼らが、まるですぐ隣町で生活していると取り違えてしまいそうな物語世界が広がっています。確かに世界は携帯電話や電子メールで瞬時につながる時代になりました。私もヨーロッパやアメリカ大陸に暮らす友人と、ネットで顔を見ながらライブチャットを楽しむことも珍しくありません。ですが、それでもこの「時差」が見せてくれる空間的な跳躍は私の目には大変新鮮なものに映り、思わず引き込まれてしまいました。
表題作でもある「海に落とした名前」が大きく跳躍してみせるのは、自分自身という存在の「事前」と「事後」に生まれた巨大な隔たりです。主人公はNY発成田行きの飛行機墜落事故に巻き込まれ、記憶を失ってしまいます。救出された時にわずかに手元に残っていたのは買い物レシートだけ。そのレシートを眺めながら、主人公や周囲の人々は、事故以前には確かにあったはずの彼女の素性を----時に興味本位に、そして時に恣意的に----再構築していこうとします。しかし、その作業の過程で、ますます主人公の正体は遠のき、つかみどころがなくなっていくのです。
いいがたい手ごたえのなさを、著者の紡ぐ日本語が見事に見せてくれる一冊です。
紙の本
だけど、何だかよく解らないことを潔しとしないのであれば、最初から多和田葉子なんか読まない。
2007/04/16 21:04
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yama-a - この投稿者のレビュー一覧を見る
こういう小説の書評は本当に難しい。だって、何のことだかよく解らないまま読み終わってしまうんだもんね。だけど、何だかよく解らないことを潔しとしないのであれば、最初から多和田葉子なんか読まない。そういう作家であるだけに書評の書きようがないのである。
収められた短編は4作。飛行機が事故で海に墜ち、幸い無傷で救出されたのだが自分の住所も名前もさっぱり思い出せないという「海に落とした名前」──僕はこの表題作に魅かれてこの本を買ったのであるが、この作品や「土木計画」のように作者の想像力が自由に動き回りすぎる話よりも、冒頭の2編「時差」と「U.S.+S.R.極東欧のサウナ」のほうが話について行きやすく面白い。
「時差」はベルリン、ニューヨーク、東京にいる3人のホモセクシュアルの男たち、しかも、まるでじゃんけんみたいに2人ずつが繋がっている妙な関係の男たちを、「そのころ○○は」という接続詞で時空を超えて順番に描いて行く不思議な世界だ。
「U.S.+S.R.極東欧のサウナ」のほうは、作家であるらしい女性によるサハリン紀行文である。日本人にとって奇異なスラブ人たちの日常に対する異様に写実的な描写を縫って筆者の空想が飛び抜けて行く。
どの小説も非常に不思議で、非常に印象的。ここから何を拾えるかは読者の個性と力量による。
まず読者は2つに分かれるだろう──この後も多和田葉子を読む人たちと2度と読まない人たちに。
by yama-a賢い言葉のWeb
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久々に小説を読んでいて薄気味悪さを感じた。それがどこから来るのかをまだしっかり考えてはいないのだけど。
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記憶がない。自分の名前がみつからない。手がかりは、ポケットの中の
レシートだけ。スーパー、本屋、ロシア式サウナ…。眩暈と笑いが渦巻く
短篇集。表題作のほか、「時差」「土木計画」など全4篇を収録。
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完成度の高い、素晴らしい文章なのかもしれない。が、自分の中では、消化しきれず、読了後、言いようのない疲労感とイラツキを覚え、結果として、何も残らなかった。この著者の作品は、また、元気なときに再挑戦してみたいと思う。
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保険には名前で入っているのであって、その名前と結びつかないわたしは、保険になど入っていないも同じだ。たとえ身体がなくても名前さえ分れば保険が下りるはずだが、逆に名前からはぐれてしまった身体の方は保険がもらえない。本当は名前ではなくて身体の方が医者を必要としているはずなのだけれど。(p118)レシートを一枚、手に取ってみる。わたしと関係なさそうに見える文字と数字が薄く印刷されて並んでいる。それでも文字はそこにある。そのことがほとんど奇跡のように思える。脳味噌には字は書いてないのなら、レシートの方が脳よりずっと頼りになる。(p120)
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初、多和田葉子。
この人の言葉の力はすごい。
"言葉で遊ぶ"
簡単そうで簡単でないことを、簡単にやっているようで、多分簡単にやっていないとこがすごい。
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レポートのために読了。4編の短編集で、「時差」が一番好き。地理的にも、時間も想いも遠く離れている3人の男が、どこかで繋がっている。表題作も結構好き。あと2作は、正直驚きしか残っていない、という感じ。
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ベルリンで日本語教師をする日本人マモル、
ニューヨークでドイツ語を教えるドイツ人マンフレッド、
東京で漫画家を目指すアメリカ人マイケルの三角関係。
「時差」
稚内からサハリンへ渡りガガーリン公園を、運動場を、丘を見て
戦争の残滓を見つける
「U.S.+S.R. 極東欧のサウナ」
全てが合理化されて部下とは顔を会わせない女社長の麻美は
家ではみみちゃんを可愛がり老齢の克枝に手を焼いている
「土木計画」
乗っていた飛行機が不時着して私は機内に荷物と記憶を置いてきてしまった。
残されたのはポケットいっぱいのレシートの束だけ。
担当医の甥の後藤とその妹の三河と共に推理を重ねる
「海に落とした名前」
カバー作品:ピピロッティ・リスト 装丁:新潮社装丁室
不思議な短編集です。
どの作品も小説という媒体をうまく活かしています。
ベルリンとニューヨークと東京を舞台とした三角関係を描いた
「時差」は何の前触れもなく語り手がぐるぐる交替して面白い。
「U.S.+S.R. 極東欧のサウナ」は小説ならではの場面の切り替えを、
「土木計画」は叙述トリック(推理小説ではない)を、
「海に落とした名前」は記憶をなくした主人公と自問自答とトリップを
これしかないという文章で著しています。
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多和田作品を読むのはこれで3作品目。ドイツで暮らし日本語で綴る作家らしく、軽やかで不可思議で面白味をたたえた作品集です。4編収録。 ベルリンの日本人マモル、ニューヨークのドイツ人マンフレッド、東京のアメリカ人マイケルが過ごす3人3様のとある一日の様子を切り取り「時差」を描きながら同時に、恋愛に対する温度差、片思いをも含みを持たせて描いているところが興味深い「時差」、視野人物の思考をありのままに忠実に描いて、ヘンといえばヘンだけど、不思議な面白味がある「U.S.+S.R. 極東欧のサウナ」、まさに「海に名前を落としてしまった」私が、名前を取り戻そうとする表題作の“私のポケットに突っ込まれたままのレシートが、名前を忘れてしまった私の唯一のアイデンティティ”で“私がレシートに変換されてしまう哀しみと滑稽さ”が、なんともいえない味わいがあるところが好き。 今年は多和田葉子作品を積極的に読んでいくつもり。
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物語が始まったときにはすでに飛行機は急降下をはじめており、「わたし」は救命用チョッキを身に着けようとしている。両手を組もうとしても、「左右の指の長さが違ってしまったようで上手く組めない。」が、去年親知らずをぬいて上の歯と下の歯の数をそろえておいたおかげで「歯は指よりは上手く噛み合っているようだ。」しかし、「自分の靴下が白すぎて他人の靴下のようにみえる」。不穏ではある。既に何かがくいちがっているのか。救出され名前を聞かれてはじめて「頭の中がからっぽになっていることに気がついた」語り手の「わたし」は、物語の冒頭から記憶をなくしたことに気づくその瞬間までシームレスに語り継いでおり、いつから記憶をなくしてしまったのか、定かではない。手がかりは洋服のポケットに入っていたいくつものレシート。こういうシチュエーションであれば当然検討されるはずの航空会社の乗客名簿を「わたし」も考えるが、それが示された様子はない。公的機関の調査や保護がおこなわれた様子もなく、「わたし」の前にあらわれるのは収容された病院の医師、そしてその風変わりな甥と姪。彼らは半ばプロファイリングでも楽しむかのように押し付けがましく、レシートから「わたし」という人物像を割り出そうとする。レシートは失くした記憶を取りもどす手がかりとしていかにもうってつけのように見えるが、その安易さに反し当事者の「わたし」にとってレシートは単なる「文字と数字の羅列」でしかなくなっていく。「わたし」の不安、精神的な不安定さがやがてレシートに書かれた言葉に別の意味で向き合うところ、ラストは奇妙な感慨さえ覚える。
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『海に落とした名前』読了。
4篇からなる短篇集。
“時差”はそれぞれ別の場所にいる男性3人の三角関係。
“U.S.+S.R.極東欧のサウナ”の言葉遊びが面白い。この中で一番好きな話。
“土木計画”にはちょっとしたミスリードが。
表題の“海に落とした名前”は読み終わって何だか不思議な感覚。
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私が乗っていた飛行機が不時着した。
その時に、記憶をすべて無くしてしまった。私の手がかりになるものは、数枚のレシート。
自分を辿っている時に現れた、私を知っていると言う者。
色々と世話をしてくれるが、じかんが経つごとに彼らを信用できなくなってゆく。
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「海に落とした名前」(多和田葉子)を読んだ。短編集。多和田さんの作品は初めて読みました。結構シュールで私好みです。特に表題作「海に落とした名前」と「土木計画」が好きだな。たとえれば『出口のないことがわかっていてそれでも彷徨いたくなる迷路』であるということでどうでしょうか。
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始めは「何だこれ?」と疑問符だらけで読んでいたが、この不思議な感性に慣れると次第に虜になる。
無機質で知的な言葉の遊戯。