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紙の本
近代文学研究者による興味深い探偵小説論
2005/08/26 11:24
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ブルース - この投稿者のレビュー一覧を見る
探偵小説の批評は、これまで実作者かその分野に関心のある文芸評論家によって専ら行われてきた。ところが、最近では風向きが変わって来たようで、様々な分野の研究者がそれぞれの知見を生かして探偵小説について論じるようになってきた。これは、日本の近代について、多角的な見直しが進んでおり、時代の病理や不安を色濃く反映している探偵小説がその素材として相応しいと見なされたからであろう。
そのような風潮を受けて、ようやく近代日本文学の研究者たちも探偵小説を研究対象として捉えるようになってきた。本書は、近代文学研究者が、「研究上の方法的蓄積」をもとに、これまで異分野であった探偵小説の世界に果敢に挑戦した貴重な研究成果である。
本書の前半では、坪内逍遥たちによって立ち上げられた近代日本文学と日本探偵小説成立期の入り組んだ様相や、芥川龍之介・佐藤春夫・谷崎潤一郎らと探偵小説のかかわり、太宰治における探偵小説的手法などのテーマが論じられている。
このうち、芥川・谷崎・太宰などを論じた章では、文豪たちの「変格探偵小説」に近接する一連の作品には、近代都市成立に伴う大衆の不安や作家自身の深層心理が色濃く反映されているとして、最新の社会学的・思想的な知見を生かして鋭利に分析されている。
本書の後半では、江戸川乱歩の「幻影城」、小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」、横溝正史の「本陣殺人事件」、「1950年代の探偵小説とスパイ小説」などが取り上げられている。
いずれも、当時の社会状況との密接な関係が論じられて、これまでとは異なる作品の見方を提示している。例えば、横溝正史「本陣殺人事件」では、事件の舞台となる屋敷の描写が具体的なのは、戦災で家を失った当時の人々の住宅を求める切なる願いがこだましているという指摘や、小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」では、描かれている世界が漠然としており辿りつこうにも辿りつけない不可解な印象があるのは、実体性が希薄となった現代の高度情報化社会の寓話ともなっているという指摘は興味深い。
以上、本書の一端を紹介したが、紹介し切れなかった他の諸論考も含めて、いずれも、近代文学研究者による最初の探偵小説論集ということを意識してか、文章が学術論文調となっており、やや難解な面があることは否めない。
とは言え、本書は、建築家の松山巌氏の『乱歩と東京』、社会学者の内田隆三氏の『探偵小説の社会学』などの名著と並んで、今後、探偵小説を論じる際の基本文献となることは疑い得ないであろう。
なお、本書の黒色を多用した表現主義的な装画を配したブックカバーは、実に秀逸で、探偵小説を論じる本書にはまことに相応しいことを付け加えておきたい。
紙の本
探偵小説「研究」の現在
2004/03/26 01:19
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:けんいち - この投稿者のレビュー一覧を見る
編者の「あとがき」によれば「本書は日本近代文学の研究者による探偵小説論集」だという。そして、近年の探偵小説批評・研究に関する書物として、松山巌『乱歩と東京』や内田隆三『探偵小説の社会学』などをあげながら、本書のコンセプトを、これまで傍流として排されてきた探偵小説というジャンルに、近代文学研究の方法的蓄積によって、テクストに正面から向き合うこと、さらには、名実共に自明性を失いつつある「文学」や「研究」の意味を問い直すこと、の2点に集約している。本書に於いて、さしあたりそうした試みは、かなりの水準において達成されていると言ってよい。以下、特に興味深い章について簡単に触れていきたい。
序章では、探偵小説のカノンである江戸川乱歩と、その文学史的記述の整備・位置づけに大きな役割を果たしたとされる『幻影城』が問題化される。その議論の中で終始問題とされているのは、事後的な文学史的記述や作家の記号性が、「起源」を想像すると同時に、多くのものを隠蔽するという「文学史の政治学」である。従って結語に「要は探偵小説という問題系を、固定的なイメージに当てはめることなくいかに読み解いていくかだ」と明確な方向性を打ち出しているのも、そうしたカノンの呪縛を打ち破る研究=読書を期待してのことだろう。以下の各章も、こうした方向性を基本的には共有していくと言ってよい。
1章では、太宰治のテクスト並びに、太宰治に関わる前衛芸術の共時的な地平を俎上にあげながら、太宰治テクストの読み返しと共に、表現主義との交錯や、探偵小説あるいは精神分析との結節点を明るみに出していく。
4章では、谷崎と乱歩のテクストがとりあげられ、探偵小説における「探偵」の役割と、小説自体の構成が議論されていく。そこでは丁寧且つ鋭利なテクスト読解にもとづき、探偵小説というジャンル自体の構造=臨界点を浮かび上がらせていく。もっともスリリングな論考であった。
他にも、明治期の探偵小説や芥川、さらにはメディアという問題系、今後議論の活性化が望まれてならない戦後の探偵小説なども論じられ、豊かな可能性を示唆している。探偵小説研究の幕開きにふさわしい1冊である。
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