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東大寺の暗号 みんなのレビュー

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一般書

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みんなのレビュー4件

みんなの評価4.2

評価内訳

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紙の本

聖武天皇、光明子、県犬養三千代の藤原不比等の呪縛から逃れる苦悩が著者の変わらぬ謎を追うスタイルで展開されています・・・

2019/03/03 16:52

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:多摩のおじさん - この投稿者のレビュー一覧を見る

著書との出会いは、先日亡くなられた梅原 猛氏の「隠された十字架 法隆寺論」で今までとは異なった古代史論に出会って以来、
今から20年以上も前から同じように想像力溢れる自由闊達な著者の持論に魅了され、デビュー作である「聖徳太子は蘇我入鹿で
ある」という衝撃的題名との出会い以来、著者の様々な作品を読み充分に楽しませて貰いました。

聖武天皇と妻の光明子、そしてその母である県犬養三千代が藤原不比等の呪縛から逃れる苦悩が、著者の変わらぬ謎を追うスタ
イルで展開されています。また、「はじめに」の最後に、「東大寺には、奈良時代の藤原氏と天皇家の葛藤の痕跡が残されていた」と
ヒントが明かされていたことも以外でした。

これまでのいくつかの書評でも記載したような盛り沢山の情報を伝えたい熱意の余りか、章名に対し構成する小見出しが関連する
ものに絞られず多岐に亙り、また小見出しに対する内容や結論の不一致も余り多くなく、また他作者の著作の旨い引用等が見られ、
読みやすくなった印象はあるものの、残念ながら結論の先送り、また既に述べたとあるが何処で述べたのかの明示がないこと等は
変わらないようです・・・これが著者の謎を追うスタイルと言ってしまえば・・・

特に、本書のテーマである聖武天皇が何故東大寺の建立に至ったのかを~持統・藤原不比等体制下の聖武天皇が、天武天皇の
仏教政策を継承したこと(p.73)、その聖武天皇が、仏教にのめり込み東大寺を建立したのはなぜだろう(p.96)、なぜ「藤原の子=
聖武天皇」が藤原氏の忌みきらうことをしでかしたか(p.106)~と言葉を変え、随所で語るも肝心な答えは、何処に・・・

また、既に述べたとある~例えば、「すでに触れたように、皇親政治は律令制度が整うまでの、仮の統治形態」(p.140)~は、その後
のp.211、p.216に詳しく記載があり、該当頁の記載や、索引や年表は是非ともお願いしたいところですね。

このため索引を作ったり、また章名に対してポイントとなる小見出しをチェックし、また該当頁を探しては書込んだり、小見出しに対する
結論部分に棒線を引くなど、改めて自分なりに整理して読込んでいきましたが、p.127の「基皇子の早すぎる死」以降の聖武天皇の
生後1ヶ月程での基皇子の立太子と翌728年の薨去、そのわずか3ヶ月後の長屋王の変(729年)とその後の長屋王に対する恐れ、
734年の大地震や735年からの疫病、長屋王の変の主犯格の藤原四兄弟の天然痘による相次ぐ死(737年)、側近の玄坊や吉備
真備の排斥を求めた藤原広嗣の乱(740年)と天武天皇の関東行幸(壬申の乱の行軍ルートの追従)、国分寺、尼寺(法華滅罪
之寺)建立の詔(741年)・・・特に、究極はp.173の光明子による737年の聖武天皇を産んだ直後から幽閉されていた母・宮子と聖武
天皇の30数年ぶりの再会で「藤原の子」から「天武の子」に生まれ変わったことの指摘や、p.195の「県犬養三千代の正体を知っていた
葛城王と光明子」での光明子の母・県犬養三千代の存在~文武天皇や聖武天皇の即位に繋げるために即位した元明天皇、元正
天皇との後宮での繋がりや、p.190の「法隆寺とつながる県犬養三千代」での法隆寺の県犬養三千代の念持仏(阿弥陀三尊像)や
光明子による夢殿の建立や、光明子の聖武天皇遺愛の品の封印や「席善の藤家」の下での慈善事業が「滅罪」との指摘(p.251)で、
2人の「藤原の女」とは異なる点の指摘には首肯させられました。

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紙の本

歴史上の女性

2017/07/14 10:46

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:イシカミハサミ - この投稿者のレビュー一覧を見る

女性の歴史は文書で詳しく語られないこともあって、
なかなか歴史家が真っ向から取り上げることの少ない分野だと思う。

それでもときに男の判断力を腐らせ、
政治を傾ける例もある以上、無視はできないはずなのだ。

特に日本においては、
「祭祀王」という独特の形態もあって女性が祭り上げられる時期もある。
政治的に為した事柄が少なく、
歴史を習う上で重視されることはほとんどないけれど、
歴史を考える上では、
男性側が何を思い女性天皇を作り上げたか、
それに対して女性側はされるがままであったのか、
そこを突き詰める作業は必要だと思う。

本書は子を想う母の姿と、
「天皇」の時代の中で与えられていった役割が
よく伝わってくる1冊です。

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紙の本

そうだ、東大寺に 行こう!

2015/09/22 10:34

0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。

投稿者:kaneyoshi - この投稿者のレビュー一覧を見る

「東大寺は、不幸な寺だ。美という視点で、世間一般から正当な評価を得ていない。法隆寺と並ぶ至宝にあふれた寺であるにもかかわらず、ほとんど知られていない。」
「転害門、戒壇院、三月堂、正倉院、八角灯篭、西大門勅額、」
「はじめに」で、引きずり込まれてしまった。
関さんは、上手い!

本文は、「した。だった。」と「だったのだろう。」が、半々というところか。
本書も 歴史作家・関裕二氏の推理推論が炸裂しています。読後は いつもの通り根拠のない納得感と多少なりの影響を受け、「女帝の手記」や「美貌の女帝」を再読したくなっている自分がいます。

そうだ、東大寺に 行こう!

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2015/05/26 20:58

投稿元:ブクログ

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