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紙の本
こんなことがあっていいのか!?
2003/12/06 20:38
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:吉田照彦 - この投稿者のレビュー一覧を見る
ドラマ「3年B組金八先生」の中で、教師・坂本金八はこう繰り返す。——子供を愛していない親はいない。しかし、この本を読み終えたいま、僕の中でその名台詞には大きな疑問符が付いている。
ある名もない夫婦のもとに一人の赤ん坊が生まれる。だが、その赤ん坊は生まれて1年余にして「不慮の事故」でこの世を去る。赤ん坊には多額の保険金がかけられていた。赤ん坊の父親は支払われた保険金で新車を購入した。その数ヵ月後、二人目の赤ん坊があとを追うようにしてこの世を去る。死因は「乳幼児突然死症候群(SIDS)」——医学的には自然死である。父親はこの赤ん坊にも保険金をかけており、赤ん坊の死後、それを受け取る。数年後、この夫婦の間に生まれた三人目の赤ん坊もまた世を去ってしまう。死因はSIDS。父親に対する「疑惑」は当初からあった。だが、捜査当局には彼を「殺人者」として告発できるだけの証拠がなかった。「事件」はこのままやみに葬り去られるかに見えた。だが、数年後、この父親が別の事件で逮捕されたことをきっかけにして、事件は明るみに出る。父親は赤ん坊の殺人容疑で逮捕・起訴され、ついに有罪判決が下される。——
この一連のエピソードはフィクションではない。アメリカにおいて実際に起きた事件を基に書かれたノンフィクションである。実の父親が幼い我が子に多額の保険金をかけて殺していたという事実、父親の殺人行為が「SIDS」の名のもとに自然死として扱われていたという事実……これだけでも、内容的にかなりショッキングである。
だが、本書においては、これはほんの序章に過ぎない。
この事件を担当した検事が裁判の証拠集めの過程で、たまたまSIDSの専門医からある衝撃的な事実を耳にする。それは、二十数年前に、ある一組の夫婦の間に生まれた5人の乳幼児が相次いで「SIDS」の診断の下に死亡しているという事実だった。しかも、その赤ん坊たちの死は、SIDSの原因を睡眠時の無呼吸であるとするある研究者の論文を根拠付ける重要な症例として公に発表されており、その学説は十数年の長きにわたりSIDS学会において有力説の地位を占め続けてきたという。
「ひとつの家庭で3人以上のSIDSが出た場合、それは殺人である」という専門医の言葉に、検事は二十年という時間の流れの中に埋没していた「事件」の掘り起こしを決意する。……
本書は、事件の発端から容疑者の特定へと至る第1部、容疑者の生い立ちから5人の赤ん坊の一連の死の経緯、その死をSIDSの症例として研究発表した研究者の経歴までを描く第2部、容疑者の尋問・逮捕・起訴・裁判、そして陪審員の評決までを描く第3部という3部構成によって、この衝撃的な事件の顛末を丹念に追っている。殊に、刑事裁判の模様を中心として構成される第3部は非常にドラマチックであり、手に汗握る展開は息を付かせない。
読者は本書によって実に様々なことを考えさせられるだろう。赤ん坊を産んでは殺し産んでは殺したとされる容疑者の母親の心理、赤ん坊の原因不明の死が「SIDS」というブラックボックスの中に安易に葬り去られてしまう医学的な問題点、「母親が赤ん坊を殺しているのではないか」という医療現場の疑念に耳を傾けず、研究データを捏造してまで己の学説に固執した研究者の姿勢、二十年という長い時間の経過の後に裁きの場に事件の当事者を引き出して法の秤にかけることの妥当性、などなどなど……。
そして本書の結末は、この事件の結末が決してすべての問題の解決ではないことを如実に示すものとなっている。