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あの合田雄一郎はさらに深まる闇の中になにを見るのだろうか?
2013/03/04 15:02
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投稿者:よっちゃん - この投稿者のレビュー一覧を見る
「なぜ彼らは無意味と思える残忍極まりない殺人行為に至ったのか」とこれはカポーティが用意した大きな謎であった。カポーティには「綿密な取材活動でえたデータを再構築した作品である」という売りがあった。だからあたかもすべてが事実の積み上げであるかのように読者を錯覚させることがあっても、フィクションだった。そしてある閉ざされた雰囲気の中で死刑を決定していった裁判を批判的に見たのだ。
被害者家族は裕福で人もうらやむよき家庭であること、二人の犯罪者がまともな人格を持ち合わせていないことは両作品に共通している。
ただ「高村版冷血」はカポーティとは本質的に違う。ノンフィクション・ノベルでもなければ、それと思いつくようなモデルがあったものでもない。フィクションでありながら、高村ならではの正確無比なディテイルによって、本当にあった事件の詳細な資料入手した著者がそれを分析し、再構成したノンフィクションと見紛うばかりなのだ。想像力だけでここまで精緻に因果のありようを構築できるものなのか。実相をフィクションによって穿とうとする著者の気迫に圧倒される。
2002年12月20日深夜から21日未明、閑静な住宅地で歯科医の一家四人が惨殺される。上巻は2つの章立てからなり、第一章「事件」は12月17日から殺人事件が起こるまで、家族と犯人の足跡を描く。歯科医一家の幸福そのものの様子は娘・中学生の視線で語られる。
一方、携帯裏サイトで知り合ったばかりの犯人二人。井上克己31歳、戸田吉生34歳は池袋で初めておちあい、クルマ泥棒、郵便局ATM襲撃、コンビニ強盗など蛮行を重ねて首都圏を迷走した後、空き巣狙いで医師宅にめぼしをつける。この場面は交互になった二人の視線から語られる。妄言はあっても虚言ではなく、彼らなりに正直ベースで行動、言動、内心を表現しているのだが、読んでいるものにとって、その多くがでたらめであり、飛躍があり、理屈にあわないものなのだ。
第二章「警察」は警察の捜査プロセスが描かれるが、ここはほとんどが合田雄一郎の視線である。高村薫お得意の合田の独白と思念が延々と積み重なっていく。
読んでいるうち、この事件には無関係な合田自身の過去のプライベートな残滓がところどころで滲み出る。いまなおそのしがらみから抜け切れない合田の憂鬱が描写される。また上からの指示に納得しないまま、しかし、それに抗いはせず腰を引いてしまう軟弱など、最近読んだ横山秀夫の『64 ロクヨン』にある熱血とか佐々木譲の正義とかとは縁遠い、まるで警察小説らしくない合田警部がある。いかにもリアルな人間らしさにひかれながら、そんなこんなと気になることが徐々に重みを帯びてくる。
これはもしや『レディ・ジョーカー』の延長にある警察小説ではないのかもしれない。若い時分はバイオリンを演奏し、ダンテ『神曲』を読んだインテリ合田。過去にいろいろあった合田。『太陽を曳く馬』の世界を考察した合田、そこで不可解の領域に立ちすくんだ合田。左遷の憂き目にあった合田。高村薫は本著だけでは述べ切れていない要因を含めていまある合田雄一郎の全人格でもってこの事件を見つめさせようとしているのではないだろうか。とすれば無駄な叙述はない。
結局、カポーティはカポーティの視線であの物語を語った。しかし、この『冷血』では直接に高村の語りはなく、合田雄一郎という人格がすべてを語っている。それだけ読み手は合田の人間を穿つ必要があるということだろう。
そう、これは合田が関わった事件の物語ではなく、事件と関わりながら彷徨する合田の魂の物語ではないだろうか。
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カポーティの「冷血」とは比較にならない、だがこれはこれで読み応えがある。
2015/09/22 20:15
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投稿者:紗螺 - この投稿者のレビュー一覧を見る
カポーティの「冷血」の凄みは、理由もなく殺人を犯した犯人の怖ろしさ、だけにあるのではない。虚無すら漂わせる犯人の〈冷血〉が、視点など変えなくても、真っ向から描かれ、背筋が寒くなるほどに伝わってくる、そういう表現の奥深さにある。
高村薫はすごい作者にちがいない。でも、犯人側の視点、警察側の視点、時には殺される家族の視点まで入れて事件を追っていく書き方で書かれたこの作品は、到底カポーティの「冷血」と比べられるものではなかった。
けれどその上で、すごいとは思った。理由のわからない殺人が世にはびこるこの現代、こういうテーマに真っ向から取り組み、あえてわかりやすい結論を導くのではなく、ただひたすらに犯人の心理に迫ろうとする、そのやり方が。その作業は、まるで最初から解けないとわかっている問題を解くようなものだと思う。そういう、ずぶずぶと泥沼に足を踏み入れて行くようなことを、よくやるな、と合田(作中の刑事)に対しても、作者に対しても思うが、しかし人間は本来そうあるべきなのかもしれない。作者は、それを伝えるという意味において成功していると思う。まったく暗い、救いようのない話で厭にはなるが。
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期待していただけに...。
2013/06/23 23:40
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投稿者:BACO - この投稿者のレビュー一覧を見る
文章表現にクセあり。盛り上がりに欠ける。吸い込まれない。
「マークスの山」、「レディージョーカー」のイメージがあったのだが...。
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歯科医一家殺人事件は、なぜ起こったのか・・・
歯科医一家の日常や、犯行に及んだ二人の男の行動が淡々と描かれているだけなんだけれど、なんだか迫力がある。
この、何気なく大した動機も無しにやっちゃうトコが、今時のリアルか。
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久々の高村さんの新刊で飛びついてみたら、合田シリーズですと!「マークスの山」以降読んでないし~!しかし、読み始めちゃったので、ここは一気にw 第一章は読みやすいんだけど、事件が起こらないので、なんとなくダラダラと読む。第二章になり、ちょっとスピードアップするも、第一章のありようが不透明でモヤモヤ気分。あいかわらずの緻密さが素晴らし過ぎる。気力が充実していないと読めない・・・けど、ちょっと停滞気味。下巻に期待を繋ぐ!
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「太陽を曳く馬」で苦悩して、高村薫はもうやめようと思っていたのだが、合田雄一郎の新作、かつ福澤ファミリーが出ないと聞いて読んでしまった。
裏サイトで知り合い、空き巣に入った家に家族と出くわし、「何となく・深い意味もなしに」殺人に及んでしまう犯人ふたりと、殺人の責を負わすために「故意」を見出そうとする刑事と検察。犯人は冷血なのか、単に何も考えていないのか。。
こういう加害者に殺される幸せな家族を思うと、空しさばかりが残る。
面白いけど、マークスやレディ・ジョーカーの合田を期待すると、ちょっと裏切られます。次もまた期待してしまう。
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「マークスの山」から21年後
「照柿」から20年後
「レディ・ジョーカー」から19年後
「太陽を曳く馬」の翌年
合田雄一郎が悶々とする物語
医療事故と強盗殺人
医者と患者
犯人と刑事
動機と気分
鬱と躁
刑務所の内と外
いろいろな白と黒、+と-、ハイとイイエ、とそれらの中間
「冷血」のオマージュなので高村小説の違う世界を感じることができる
過去作で書かれたことがないほどの設定舞台時代当時の情報量が犯人、被害者、警察官に絡んで文字で現れてくる
(今回は映画のタイトル「パリ、テキサス」と「トーク・トゥ・ハー」まで出てくる)
ノンフィクション風ミステリ小説
事件が解決しても後味もへったくれもない現実世界の描写
次作は是非、ノンフィクションノベルを書いて欲しい
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犯罪を繰り返す、何を考えているのかわからないような犯人たち、かたや、上流のくらしをして、うわべは仲睦まじい歯科医師の家族。
別々に語られていくが、結局は犯人のターゲットになってしまった。
犯人たちの、人となりの記述も、およそ一般人から見るとぶっ飛んでておもしろい。特に、戸田に関しては、実際にありよく知ってる高校名や地名が出てきて興味をそそられた。
下巻も楽しみ。
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『太陽を曳く馬』以来の合田雄一郎シリーズとのことだが、前作は刑事小説と言うには余りに哲学的であり、娯楽性は薄い。
よって、じつに『レディ・ジョーカー』以来ということになる。
高村作品のご多分に漏れず、出だしの読みにくさ、とっつきにくさはなかなかである。
ネオン煌めくクリスマス前、ムショ上がりの2名のアウトローな青年2名が、互いに内心で毒づきながら盗難の目標を探していく。
一家4人を撲殺する凶悪事件は、深い思慮なく行われ、動機のつかみどころがないまま警察の捜査網に被疑者がひっかかる。
1章は不気味にゆっくりと、2章は軋み上げながら加速度的に進んでいく。
さて、下巻でどうなるのか。
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後から買ったものに先に手をつけてしまい、なかなかページを開けないでいる。
→ ようやく読み始めたところ。
→ 読了。さあ下巻! すっかり自分の思考回路が合田に感化。
いま自分がハッピーだと思ってる時は読むべきではない。眠れぬ夜に悶々としながら布団の中で読みたい本。
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傑作「レディジョーカー」のような、手元に置きたい!という作品ではありませんでした。
レディジョーカーは、犯人たちの心の闇から思い思いの怒りが噴出して事件に突入する、熱さが伝わってくる作品でしたが、「冷血」は文字通り、体温のない、体温を感じさせない、作風。凄惨な一家四人皆殺し事件を扱いながら、淡々と、寄り道も脇道もなく進行。合田雄一郎が上司同僚とぶつかる場面もほとんどなく。
でも、オススメです
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上下ニ段組みの本である。
故に、長い。読み応えがあり過ぎる。
ニ段組みの本なんて、いつ以来だろう?
高校時代に読んだカッパノベルズの高木彬光以来か?
はたまた祥伝社ノンノベルズの平井和正ウルフガイシリーズであろうか。
いずれにせよ、文字の小ささとページ一杯に詰まった字の多さで読むのに最初苦労した。
が──。
この本、評判どおりに面白い。
冒頭は中学生女子高梨あゆみ目線での語り口で始まる。
その彼女が十三歳、子ども以上、メス未満になった誕生日の朝の感想である。
そこから場面は一転して、彼女とは全く関係のない前科者、戸田ヨシオの語り口になる。
冗長すぎるほど、細かい日常や心理描写が続くのだが、この記述が何故かけっこう飽きない。
この男はいったいなんなのだ? と興味が湧いてくる。
これからどうなるの? って感じだ。
そしてもう一人の男、井上カツミの登場。
こやつがまた、得体が知れない。やることなすこと何も考えていない。
これをしたらどうなるのか? なんて全く意に介さない。
ヤクでもやっているのか? 本能のまま行動する。
ひょんなことで、戸田と井上が合流し、ハチャメチャな犯罪をし始める。
その延長線上に、最初の登場人物である高梨あゆみが突如引っ掛かってくる。
三人の視点が容赦なくあちらこちらへと飛ぶので、少し読みにくい。
で、そこから悲劇が起こる。一家強盗殺人事件。
強盗殺人事件なわけだから、単純に面白いなどと書いてはいけないのかもしれないけれど、面白い。
ページをめくる手がどんどん早くなる。
しかも殺人には深い動機などなく、「いやあ邪魔だったからついみんな殺しちゃってよお」てな按配なのだ。
いったいどうなっていくのだ、この物語は?
というところで、上巻は終了してしまう。
まったくもって、罪作りな本だ。
私の予約ミスのせいで、上下巻の連携がうまくいかず、下巻はなんと50人マチである。
何ヶ月先になることやら……。
頼むから20冊ぐらい購入してくれよなあ図書館どの、と祈るような気持ちだ。
本屋で思わず新刊を買いたくなるほど、早く続きが読みたい。
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合田シリーズ最新刊。
第1章は事件前の4日間をやがて加害者になる二人と被害者の一人になる中学生女子の視点で描かれたクライム小説風です。
第2章は事件後の捜査を合田刑事の視線をメインに時間ごとに追いかける警察小説風です。
ミステリーや警察小説なら第2章から始まってもいいのですが、上巻半分を使っての事件前の各人の心理を描いた第1章は、下巻でどのように生きてくるのでしょうか。
事件自体は陰惨ですが、高村小説の原点回帰的なものになるのか、福澤三部作の心象小説風の延長になるのか、期待が高まります。
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「晴子情歌」からちょっと離れていたが、合田さんシリーズということで読んでみることに。「レディージョーカー」から時間は流れ、携帯が「働け、働け、働け」と鳴る時代で合田さんも管理職に。
この圧倒的な情報量、そして執拗に書き込まれる描写、まごうことなき高村先生の作品だ。一言一句、かみ締めて楽しめる作品。下巻も楽しみ。「太陽を曳く馬」など、「晴子情歌」以降にも再度挑戦しようかと思いました。
文句なし、★5つ。
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この本を読んで世田谷で一家が殺された事件のことを思い出しました。
下巻は、これから読みます。
それにしてもこの本に限らず高村さんの作品って”一寸”がよくつかわれているような気がします。なぜ、そんなことを思うかというとついこの間までわたしはこの”一寸”のことを”いっすん”って読んでいたんです・・・