紙の本
駆ける少女 - 久坂葉子を読む
2011/03/11 08:11
7人中、7人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:夏の雨 - この投稿者のレビュー一覧を見る
久坂葉子は19歳の時『ドミノのお告げ』で芥川賞の候補となった早熟の作家である。それから2年後の21歳、本書に収録されている『幾度目かの最期』を書き上げた1952年の大晦日、鉄道自殺で本当に最期を迎えた。
そのようにしてこの作品を読むと、彼女の最後の息づかいが生々しく残っているように感じられる。これを書きながら彼女が呼吸していたものから、わずか数時間のちにはそれらを拒絶するようにして、久坂葉子という一人の女性がこの世からふっと消えてしまうのである。
物語は「熊野の小母さんさんへ。」という書き出しから始まる。
時には死の決意があったのであろう、具体的な氏名(その中には後に『贋・久坂葉子伝』という評伝を書いた富士正晴の名もある)が連なる文章が遺書のようにも読み取れる。
まして、「私は小説書いてるのじゃない。正直な告白を、真実を綴っているのです」と作者自身が書けば、これは真実かと思わないでもない。
しかし、だからこそ、ここに久坂の、もっというならば書き手の創作があるような気がする。人は、そんなにもたやすく真実ばかりを書けるものではない。むしろ、物語にさりげなく挿入された、例えば「救い出してほしい。誰か救い出してほしい。私は疲れ切っていました」のような文章に、彼女の心の奥にあった真実があるように思える。
早熟とは心の発達が普通より早いことをいう。
久坂葉子のこの作品を読むと、早熟とはそれだけではなく、生きることに急(せ)いていることだということに思い至る。
久坂葉子は駆け足でこの世界を走り過ぎた少女だった。
◆この書評のこぼれ話は「本のブログ ほん☆たす」でお読みいただけます。
紙の本
『百年文庫1』を読んで
2011/03/30 07:38
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:K・I - この投稿者のレビュー一覧を見る
『百年文庫1 憧』を読んだ。
bk1の書評ポータルで「夏の雨」さんが紹介していて、
興味を持ったので、買って(!)読んでみた。
前にも書いたことだが、bk1の書評ポータルは、
こういうゆるい「読書会」の役割も果たしていると思う。
3つの短編が入っている。
太宰の「女生徒」は十年ぶりくらいに再読したが、
昔読んだときには、見落としていた部分や、
やけに鮮明に覚えている部分などがあって、おもしろかった。
ラディゲの作品は訳が古いせいか、それとももともとそういう作品なのか、
よさがあまりよく分からない。
特筆すべきは、三つ目の久坂葉子「幾度目かの最期」だろう。
これは小説ではなく遺書である。
この作品だけからは彼女の抱えていた苦しみというのは、
十全には見えてこないが、精神の混乱した様子は
的確に描かれている。
正直、若い人が読んで影響を受けるのがこわいが、
こういうあまりメジャーとはいえない作家や作品を
「発掘」するのもアンソロジーの役割かな、と思った。
「ちくま文学の森」といい、「百年文庫」といい、
少しだけ、今、日本語文学は短編に光が当てられているようで、
短編好きとしてはうれしい。
定価750円、税別。
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太宰「女生徒」-少女の一日に起こる心の動きを描いた作品、超久しぶりに読んだがこれは好きだ。ラディゲのは正直あまりピンとこない。久坂「幾度目かの最期」-これ描いた直後に自殺か、恋愛に対する心の葛藤が鬼気迫る内容に納得。
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なんだか、真ん中の話はすごく訳がごてごてでちょっと、だったけど、最初と最後の話は、なんだかよく気持ちがわかるところもあり、特に最後のお話はちょっと心が闇なんだけど、そういうとき、あるなって思えて、とてもよかった。あと、人を名前でなくて素敵なことばで表現しているところが、新しくできた発見、なのでした。
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110410読了 ひさびさの更新だなあ
太宰治はあまずっぱい(共感できるぶんもっと)
眼鏡をとった世界のとこがすごいよくわかってすきです(近眼)
ラディゲはあんまり印象にのこらなかったなあ
久坂葉子はすごかった
緑の島、鉄路のほとり、青白き大佐とかのことばのうつくしさったら
とても情熱的な人で、読んでてつらい
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太宰治は『女生徒』、ラディゲは『ドニイズ』、久坂葉子は『幾度目かの最後』をそれぞれ収録。
収録順番通り、女生徒>>>>ドニイズ>幾度目かの最後の順で気に入った。
個人的に今まで太宰はあまり好きでなかったけど、『女生徒』を読むと、この日常の言葉にし辛いもやもやとした感覚を的確に文章に起こしていて感心してしまった。
『ドニイズ』は主人公の恋に臆病になってしまった理由や背景がよく分からないまま終わってしまった。
きっとパリの崩落した生活で何かがあったのだろうと予想。
想い人の処女を奪うのは嫌だけど、体の関係は持ちたいという何とも屈折した主人公の欲望は物恐ろしい。
『幾度目かの最後』は、ところどころ文章の凄みや美しさを感じるのだけど、話の流れが読み取り難かった。
情熱のまま書き殴ってる印象を受けて、個人的に馴染めない。
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学校の図書室が一括購入したので、読み始めることに。
正直、太宰さんとかは余り合わなかった。メロスやヴィヨンの妻は好きなんだけどな……。
ラノベとかばっか読んでるからかな。
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非常に似通った3作品、なのはこの百年文庫シリーズの企画上当然なのかもw また、それぞれの著者である、ラディゲ(20歳で病死)、久坂(21歳で自殺)、太宰(自殺)に関連性が見られるのも面白いところ。どれもが自己の内面の描写を主題としており、「女生徒」では若き女性主人公が日々のこまごまとした生活を通して自己の内面を吐露する、「ドニイズ」では若き男性主人公の恋愛感が、そして「幾度目かの最期」では自殺未遂を繰り返す久坂自身の本当の最期(久坂はこの作品を書き上げた直後に自殺する)が描かれている。久坂の作品は単なる「遺書」だと思う。なので作品として成立しているのかどうか疑わしい。
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太宰治の「女生徒」実にリズミカルで読みやかった。1秒1秒少女?が思い描いく描写を事細かく、言葉として表現した作品。
久坂葉子の作品は、ノンフィクションだろうか?常に一人の男性を思っているのに、他の男性にも目を向ける行動。気持ちと行動は別?人間として理解できなくない。
が、個人としては、不器用なので、恋愛対象として多くの人に目を向けられない。パートナーは一人いいし、それだけの余裕はないから。
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眼鏡をとって、遠くを見るのが好きだ。全体がかすんで、夢のように、覗き絵みたいに、すばらしい。
久しぶりに百年文庫。6冊目は「憧」。このシリーズの1冊目。
収録は
太宰治「女生徒」
ラディゲ「ドニイズ」
久坂葉子「幾度目かの最期」
「女生徒」と「幾度目かの最期」は再読。「ドニイズ」もひょっとしたら昔読んだのかもしれない… 百年文庫の1冊目としては「なるほど」と思わせる選び方。
上に挙げた「女生徒」のつぶやきに会ったのは確か朝日新聞の天声人語での引用ではなかったかと思う。「人間失格」と「走れメロス」しか知らなかった私には「太宰こんな文章を書くのか」ととても印象に残った一節だった。太宰のもので一番好きなものを挙げると「右大臣実朝」かなあ、と思うが、「一番印象に残っているもの」ということでいくとこの「女生徒」かもしれない。
「女生徒」はやはり魔力のある小説、と今回読み直して思った。文章にからめとられるような読み方は昔からなかなかできないのだけれど、ページをめくってもめくっても「なんと巧い小説なのか」と思ってしまう。そして同時に「ずるい」と。人の良さそうな表情を浮かべながら悪気もなくすっと人の心に割って入ってきて棲みついてしまう… そんな小説。なんだかんだで唸らざるを得ない。
久坂葉子の小説が並べてあるけれど、どことなく物悲しい。内容もそうなのだが、「女生徒」と並べると「女生徒」の方が圧倒的に魔力があるように私には思えたからだ。「女生徒」はどこを切っても驚くほど「女生徒」の雰囲気をたたえている。自然に書いたように見えて、しっかりコントロールされている(と思う)。太宰の小説に「憧れてしまった」久坂葉子には「女生徒」は永遠に勝てない相手なのかもしれない。無論勝ち負けではないのだけれど、何かに憧れてしまう、というのはその時点で相手に負けてしまっていると感じる、ということなのかもしれない、なんてことを思った。
後ろの解説を見て知らなかったことがあった。「女生徒」には川端康成も言葉を寄せているのだ。「作者自身の女性的なるもののすぐれていることを現した、典型的な作品」と。川端と太宰と言えば、川端が芥川賞の選考で太宰に苦言を呈したエピソードなどから、仲が悪いイメージしかなかったので少し意外だった。
このコメントを見て太宰はどう思ったのだろう。「女生徒」の文の隙間から首をもたげる「ずるさ」が作用して「してやったり」なんて思ったこともあったのだろうか。
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『女生徒』太宰治
不安定な若い女性の心理があらわ。太宰さんやっぱすごい。
ロココの箇所が良かった。『華麗のみにて内容空疎…美しさに内容なんてあってたまるか。』
これはまた読み返したいな。
『ドニイズ』ラディケ
これ14歳が書いたのか。フランスの詩人が書いた小説のしかも翻訳だから、もちろん汲み取れないものも多いけど、まさかこれを14歳がとは。
『幾度目かの最期』久坂葉子
人間失格のような。遺書だなもはや。
せっかくなら他の話が読みたかった。
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太宰の女生徒が読みたくてこの本を買いました
女生徒は評判通りの面白さでした。内容が女性的すぎて太宰がこれを書いているのなら気持ち悪いと言われている理由がわかりました(私個人としては、女性の内面が上手に描かれているなぁと思いました)
ラディゲのドニィズは癖がある小説だなぁという感じ
久坂の幾度目かの最期は登場人物が途中でわけわからなくなりそうでした。
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①太宰治「女生徒」が最高に面白い。 読み終わっても、何度でも繰り返し読みたくなる。
お母様からもらった美しい風呂敷を電車の中で膝の上にのせ、
その美しさにうっとりしながら撫でている。 ”誰かに見てもらいたい。 誰も見ない” 自慢したいけど、そんな事は下品だという、相反する気持ち。
この電車の中での妄想劇がとても面白い。
彼女がノリ突込みをしているところが何ともユニークで、素直になりたいけど、ついつい意地悪心が出てしまう。 「揺れ動く乙女心」ここにあり、という感じ。
なぜ太宰が思春期の女子の移り気で、不安定で、誰にでも反抗的、おしゃまな感じが書けたのか?太宰が自意識過剰気味な少女になった気持ちで書いている姿を想像するだけで、楽しくなってしまう。
②ラディゲ「ドニイズ」 パリの淑女とのお遊びに飽きて田舎娘にちょっかいを出しにやってきた彼が、花作農家の娘ドニイズに心奪われる。
姑息とも思われる手法で恋の駆け引きをするが、彼女の方が一枚上手なのである。彼女を思ってジタバタする彼の心理が可笑しい。
文章が詩的で、フランス人のいやらしさが可憐に変身している。 これを書いたのが17歳の時というから、かなり早熟だったですね。
③久坂葉子「幾度目かの最後」 彼女の生い立ちを読むと、このタイトルすら悲劇的。 若くして大人たちの中で仕事と恋に翻弄され、解放されることがなかったのではないかしら。 15歳で詩を書き、17歳で同人誌に寄稿するようになり、19歳で芥川賞候補に。 更に、ラジオシナリオや劇作などを書き、この作品を書いていた21歳の時にはすでに、「書けなくなって」しまっている。
不倫、恋、お見合い、其々の男性に様々な思いを寄せながら、自分は一体だれと一緒にいたいのか、2番目の男性「鉄路のほとり」の事を本当に好いていながら、お見合い相手「青白き大佐」への遠慮のない関係にホッとしてみたり、不倫相手「緑の島」では仕事場であっては心乱される。
仕事に忙殺され、自分自身の感情に整理がつかず、錯乱し、嫌悪する。
もっとゆっくり生きられたら、どうしてそんなに急いで生きてしまったのか
そう思うと、悲しくなってしまいます。
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太宰治 『女性徒』
ラディゲ 『ドニイズ』
久坂葉子 『幾度目かの最期』
どの人物も若い身空で亡くなった人物。
うち二人は自死。
物事の考え方、捉え方が、若さからくる潔癖で張り詰めている感じ。
自分以外の人間の汚らしい部分。
それが自分の中にもあると気づき、嫌で嫌でたまらなくなる部分。
果てしない憧れが感じられました。
個人的には、この若さ特有のいじらしい、もどかしい、
この感覚のない人からすると「そんなのどーでもいいじゃん」と
なることをずーっと考えている彼らは、ちょっぴり、鬱陶しい。
そう思わせるほど女性徒らしさを描いた太宰さんには素直に感服。
百年文庫の一巻目としてこれがドーンと出てきたのか……。
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100年文庫、チャレンジしてみようと思ったけど一冊目からくじけそうですww
私にはまだ早かったかなぁ?
お気に入りは太宰治の女生徒。
素敵な一日を体験することができました。