紙の本
靖国のトンデモ史観が分かる本
2014/09/13 20:57
5人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:キック - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は靖国肯定派の主張が良く分かる本でした。
『戦没者の顕彰こそが、靖国神社の本質(22ページ)であり、慰霊の場ではない。「不戦の誓い」をする場でもない(86ページ)。靖国参拝は「戦争ができる国」が前提である(第6章)。そして、参拝者の増減を気にせずに維持されるように国営化すべき(289ページ)』という主張を展開しています。先の大戦を正義の戦争であり、顕彰すべき戦争だった(36ページ)とし、A級戦犯合祀も当然とする小林氏の見解はまさに保守派です。一方、安倍の靖国参拝を批判したり(第2章)、櫻井よしこ氏等を「思考停止したまま周回遅れの議論をしている(141ページ)」と馬鹿にしています。
私は、政治家(特に安倍)の靖国参拝批判には賛同します。ドヤ顔で参拝する政治家たちに胡散臭さを感じていたのですが、本書を読んで氷解しました。あのドヤ顔は、保守たちへのアピールという不純な動機だったのですね。中曽根や小泉や安倍の欺瞞に満ちた靖国参拝が、靖国騒動を増幅させたということも理解できました(第10章)。
また、従軍慰安婦のみならず靖国問題も朝日新聞が扇動し引き起こした(126ページ)というのは驚きです。亡国・反日新聞としての面目躍如ですね。
ただ太平洋戦争やA級戦犯合祀の正当化等は、靖国肯定派だけに通用するトンデモ論であって、世界平和への挑戦と受け取られても仕方がないでしょう。全世界を敵に回すことは、安倍の靖国参拝で思い知ったのではないでしょうか。
一方、A級戦犯合祀にあたり、天皇の意向を無視した上に、誰にも気づかれないようにコソコソ実行した靖国神社の姑息さは、本書では言及なしです。そもそも靖国神社は明治天皇の意向で創建されたわけですから、天皇が参拝しない靖国神社には存在意義はありません。
一昔前は、靖国肯定論は少数派のトンデモ論でした。ところが、反日を掲げる中韓の挑発、戦争体験者の減少、安倍の歴史認識といった要因で、俄かにクローズアップしてきていることに危うさを感じます。
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靖国神社は、祀っている御祭神を「奉慰顕彰(ほういけんしょう)の対象」であると説明している。
靖国神社は、幕末以来の戦没者の霊を奉慰顕彰するための神社。戊辰戦争後、1969年に東京招魂社として創建。
ペリー来航の1853年以降、明治維新、戊辰戦争、西南戦争、日清戦争、日露戦争、満州事変、支那事変、大東亜戦争などにおいて命を落とした246万6千余柱の霊を御祭神として祀る神社。
靖国神社は日本を戦争できる国にするための神社。
1945年8月15日が終戦記念日と言われているが、戦争が終わったのはサンフランシスコ講和条約が発効した1952年4月28日。
国際法上は、講和条約が発効し戦争状態が終結すれば、その時点で軍事法廷による戦犯裁判の判決は効力を失うことになっている。
1953年8月「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」を衆議院本会議で可決し、当事国との外交交渉を重ねて順次受刑者を釈放させていき、1958年5月30日をもって全員が釈放された。
昭和殉難者の合祀は1959年の春季例大祭から順次行われ、「いわゆるA級戦犯」も1978年の秋季例大際において合祀された。
靖国神社の本殿の外側にある「鎮霊社」は1965年に創建され、ペリー来航以降の本殿に祀られていないすべての戦没者と、世界中で戦争のために亡くなったすべての人の霊を祀っているという。
鎮霊社は顕彰はせず、奉慰のみである。
古代ギリシャのペロポネソス戦争
アテネのデロス同盟、スパルタのペロポネソス同盟。アテネで多数現れたのがデマゴーゴス(扇動政治家)で、扇動的な詭弁や嘘のデマの語源。
靖国神社の外交問題
1985年、戦後政治の総決算を掲げた中曽根首相が靖国神社公式参拝を実行しようとした際に、8月7日、朝日新聞が行った参拝反対の大キャンペーンが発端。8月15日の参拝後、騒動は一旦収束したが、8月26日に社会党が訪中団を送って中国当局を焚きつけた。8月27日(女偏に兆)依林副首相が参拝を非難。
大東亜戦争の理念は「八紘一宇」(天皇の下ですべての民族は平等)
千鳥ケ淵戦没者墓苑には35万余の遺骨が納められている。無宗教の施設で1959年に完成。
遺骨信仰と霊魂信仰。靖国神社には遺骨がなく、祀られているのは霊だけ。
アーリントン墓地は多宗教の施設で、戦死者のみならず、一定の資格を満たした軍務経験者ならば埋葬される権利があり、戦時でなくても毎日20数件の葬儀が行われている。アーリントン墓地が観光名所になったのは、1963年にケネディが埋葬されたから。
1954年 自衛隊創設以来、1800人以上の殉職自衛官は靖国神社に合祀されていない。
1962年に自衛隊市ヶ谷駐屯地に自衛隊殉職者慰霊碑が建立。1998年メモリアルゾーンとして再整備。
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いわゆる「保守」が、『戦争論』以後言論戦に勝利したその後の「惨状」を乗り越えるための一冊。
戦後民主主義の言論空間は180°針が振り切れ、反中反韓が一般庶民にまで常識化した末に現れたレイシズムと安倍政権。
靖国神社と靖国参拝というキーワードは愛国心のリトマス紙だった10年前。「保守」の言説はそこから一歩も進まずテンプレ化。
『戦争論』を著して言論空間を一変させた小林よしのりがそれらを乗り越える思考をこの作品で提示している。
田母神は「靖国神社参拝」こそが保守か否かを分けるポイントと言ったが、そんなテンプレは全く通用しないということを丁寧な解き明かす本作。
『大東亜論』も今作も、反日へのHOW TOテクニックでは追いつかない“思索”がうかがえる。
転向ではない深化を見せてくれる刺激的な作品。
靖国神社は過去の遺物ではなく、未来にこそ役割があるというフレーズは右にも左にも挑発的な言葉である。左はともかく、右が完全に忘れているものをこれでもかと並べているのがすごい。
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「不戦の誓い」が英霊に失礼だというのはまさにその通り。英霊の方々は「心ならずも」戦死したわけではない。いつか、靖国神社を今のまま国家護持出来る時が来るのか甚だ不安。
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小林よしのり氏の著書は初めて。
しかし、靖国神社は戦死者の慰霊施設ではなく、顕彰施設と言ふ主張はすつきりとしてゐる。
あへて言へば、国家に殉じた英霊に戊辰戦争の幕軍を祀らないなど「国家=天皇」といふ史観や、30年以上中断してゐる天皇陛下による親拝などについても触れてほしかつたところ。
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最近右なのか左なのか、さっぱり分からない小林よしのり。集団的自衛権に反対し、SEALDSに共感して、TPPに反対する彼の考え方を靖国感から読み解こうと思い手に取る。
賛同:首相の公式参拝はしなくてよい
靖国は国民が守っていく
無宗教形式の千鳥ケ淵よりも靖国の方が国にのために命を落とすした方への慰霊に相応しい
反対:靖国を神道形式のまま国営化する
元宮司の松平氏への高評価
A級戦犯の分祀はできない
僕は、皆で靖国に行く会のような集団的なパフォーマンスが嫌でしょうがない。靖国は一人の日本人として穏やかに参拝をしたい。いつか、誰が行っても何も言われないような時代になったら、いつか、天皇陛下もご参拝できるようになるでしょう。
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私も全然知りませんでした、靖国神社。まだ、一度も参拝したことがないけれど、必ず参拝したいと思います。
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現今言論界に於いて、最も鮮やかなど真ん中の豪速球。どれもが堂々たる「当たり前」の論である。西郷の小指級くらいは、と言ってもいい。この著者は、もうギャグ漫画は書けない、そういう代償も、やはりあった。しかし、著者は勇敢な男子として生きることを選んだということだろう。しかし、やがて保田與重郎との対峙が待っているはずだ。それがそこが真価の問われどころ。