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ラデツキー行進曲 上 みんなのレビュー
- ヨーゼフ・ロート (作), 平田 達治 (訳)
- 税込価格:858円(7pt)
- 出版社:岩波書店
- 取扱開始日:2014/07/17
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文庫
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紙の本
20世紀の激動の端緒としてのハプスブルク王朝の滅亡
2016/09/04 21:46
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:SlowBird - この投稿者のレビュー一覧を見る
19世紀から没落の道を辿り始めたオーストリア=ハンガリー帝国すなわちハプスブルグ王国で、イタリアとの戦場に現れた皇帝の命を偶然救うことになったひとりの兵士が、その功績で男爵の位を授けられる。分不相応気味な地位と領地を得て、皇帝の臣下として相応しくあろうと懸命に生きる、その子と孫の三代の奮闘記だ。その三代目は軍人になるが、第一次世界大戦が勃発して戦場に送られる。そして同時にオーストリア=ハンガリー帝国も崩壊する。三代記自体はこの帝国時代への郷愁めいた物語だが、その感傷は作者あるいは登場人物のアイデンティティから来るのでも、ナショナリズムの残滓なわけでもなかった。周辺諸国を統合したこの帝国では、ポーランド、ウクライナ、バルカン半島までの様々な民族が、自由な移動と文化の融合を享受していた。そしてウィーンの貴族もロシア国境の警備隊も、一体となって一つの社会を構成していたというのも事実なのだ。
その時代をのすべてがよかったわけでもないが、ドイツ人もユダヤ人もハンガリー人も、とにかくいがみ合いもせずに共存していた。地域や民族間での経済格差はあっても、社会の流動性によって過去の優越性はどんどん失われていくことが、この三代の成り上がりと没落の過程が物語っているとも言える。しかし帝国の崩壊も単に戦争に負けたからではなく、少しずつ沸き上がって来た民族主義の台頭によるところが大きい。皇帝自体はほとんどお飾り同然なので封建制うんぬんでもないし、社会主義勢力もいるが革命が起こるほど人々は貧しくない。ただ帝国に反発する民族主義を中心に、様々な勢力が糾合したかもしれない。そうやって世界は徐々に移り変わっていった中で、皇帝を救った英雄の子孫は、皇帝を中心とする体制に適応しようと足掻き続けると同時に、その体制が崩壊していく過程の二つのベクトルに引き裂かれていく。
ヨーロッパ世界では産業化が進み、パリやロンドンは大都市となって新しい芸術、新しい生き方、新しい歓楽を生み出していた。ウィーン世紀末もまた爛熟した芸術を生んでいたはずだが、おそらくそれも他国に大きな影響を与えたかもしれないが、自国の人々の多くには無縁の世界だ。三代目の若き少尉が、女を巡る決闘に巻き込まれたり、国境の町に転属されて退廃の淵に転落しかけるのも、父や上官を始めとする伝統的な価値観のもとに成長した彼が、時代の先を行く人々のコミュニティに接触していくことで起きることだ。本人が望んだわけではなく、否応無しにそういう時代になっていたのだ。
帝国には戦争がなかったことで、それやこれやの社会の推移を測ることができたのだが、大戦というカタストロフィはすべてを一変させるだろう。そして微温的な変化は忘れ去られていく。民族主義の嵐は、21世紀の現代になっても治まっていない。帝国と民族主義の、それぞれの功罪を見極めるには十分な材料が僕らには蓄えられているが、それらが目に入っていない人々が多くいるように思えてならない。
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