紙の本
都市の概念
2015/02/02 18:31
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投稿者:うにょ - この投稿者のレビュー一覧を見る
中世の都市の概念が大きく変えられた。中世の都市は外敵から守るために城壁で取り囲うようにして作られたという考えが一般的である。ヨーロッパの都市ではドイツにあるネルトリンゲンのように、今でも城壁が当時のまま残っているところも多い。しかし、アムステルダム、ロンドン、東京などの都市は城壁で取り囲うことがなかった。だからこそ無制限に都市域を拡大でき、かつてないほど発展出来た。示唆にとむ分析が多いが、多くの引用がなければ、より良かったように考える。
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最近(2014.12)発刊された、現在私が一番追いかけている著者である増田悦佐氏の最新版です。
今回も今まで通り、その内容の濃さとデータの出所の公正さ、自作された分かりやすい図表で満載ですが、この本の特徴はこの数年の彼の著作の総集編(その数、20冊ですよ!)となっていることです。
総集編といっても今までのコピーではなく、より深く論点を掘り下げて具体例を明示してくれていて分かりやすい内容になっています。
ポイントは、城壁のなかった都市(ヴェネツィア、アムステルダム、ロンドン、東京等)が、城壁で守られていて以前から栄えていた都市より人・技術を集めて栄えていったという内容です。
この論点は今まで彼の著作の一部で取り上げられて気になっていたのですが、この本ではそれがメインテーマになっていて十分な解説がされていました。
先日衆議院の総選挙が終わり、下馬評通り与党(自民・公明党)が圧勝しましたが、私としてはかなり不安の残る日本は、増田氏によれば、東京・名古屋・大阪、果ては北九州市辺りまでが一体となった大都市として栄えるとのことです。それには道路ではなく鉄道の果たす役割が大きいようです。
毎日私も通勤で利用させてもらっていますが、その間に読書もできるし、疲れているときは睡眠をとることもできます。この2つは車を運転していたら絶対にできない有利なポイントで、日本では都市に居住している会社員が当たり前のように享受していることが実力の源泉なのかもしれませんね。
このような生活を少なくとも30年は皆経験するので、その積み重ねは大変大きいと思いました。今回も素晴らしい慧眼を与えてくれた増田氏に感謝します。今年最高の本に出合えて幸せです。
以下は気になったポイントです。
・本来のイタリアの自由都市とは、近隣の領主の支配を受けない代わりに、皇帝なり教皇からの勅許状によって都市を自分たちで治める自治権を独占しているという意味(p3)
・スペイン、ポルトガルが政治覇権を握っていたときに、経済覇権を握っていたのはその国の都市ではなく、ヴェネツィアであった。市域が拡大することで経済活動の発展、人口集積を無理なく受け入れるような都市に経済覇権は移っていった(p6、7)
・ローマ人は貧民も含めて高層住宅に住まなければならなかった、昼は混雑するので荷車は全部夜に曳かせていた、そのため不眠症が増えた(p16)
・戦乱に次ぐ戦乱で城壁に囲まれなければならなかった14世紀頃の都市は人口規模の小さい都市しか育たなかった、10万人以上の都市はパリとヴェネツィアのみ(p17)
・欧州が世界経済覇権を握るのは、海軍力の中心が長期航海のできないガレー船から、それが可能となる大型帆船に移ってから、その時にポルトガル・スペインへ覇権が移動する(p25)
・アムステルダムが経済覇権都市になったのは、プロテスタントとしてスペインからカトリックを強制される独立戦争を通して、どの国とも条件が合えば商売をするスタンスを持ったことにある(p28)
・ベルギーが��ランダからの独立が1830年と遅くなったのは、主要都市間のまとまりの悪さにあった(p31)
・あらゆる場所に行くのに自動車をどこに置くかが最大の問題となるので、都市間がつながらないという問題がある(p35)
・日本にだけメガロポリスができて、欧米でできなかったポイントとして、1)日本の都市にはもともと城壁がない、2)鉄道がまっとうに機能している、がある(p38)
・広く大衆から入場料を取って芝居を見せることができたのは、イギリスと日本だけ。イギリスはロンドンの一部だが、日本では江戸・大阪・京だけでなく、全国で132か所もあった。そのうち8割は地方都市であった(p43)
・イギリス国教会を創始した理由として、離婚を認めてくれないカトリックと縁を切ったのが有名だが、もうひとつの理由は、カトリック教会の溜め込んだ莫大な資産を接収することでイギリス王室の財政を強化する狙いがあった(p44)
・さまざまな要素技術を蓄積し、結合させるには、大勢の人々の間でアイデアが行きつ戻りつ交換させる必要がある。それができたのは、人が集まれる城壁のない都市ロンドンであった(p56)
・印刷業者は発行部数を抑えて一部ごとの利幅を最大化しようとした、本屋・印刷業者が儲かるので。しかしその例外として、聖書・暦があった(p63)
・欧州で鉄道が定着せずクルマ社会が進んだ最大の理由は、都心部に入られてほしくない、という昔からの都心居住者たちの心の中の壁が撤去できなかったから、なので都心近くにはターミナルを造れなかった(p81、85)
・フランス中の地上の鉄道は左側通行だが、市内の地下鉄は右側通行にして、相互乗り入れができない障壁を築いた(p97)
・馬車を持てるのが限定されていた欧州(貸馬車が借りられるのも2割まで)に比較して、アメリカは平等意識が高かったので自分で馬の世話をするので、馬車がUターンできるほどの広い道となっていた(p122)
・現在のアメリカでは、自治体をつくることが非常に簡単である。担税能力があれば企業を造るのと同じくらいの手軽さで地方自治体を設立できる、今では2割り程度がこのような住宅に住んでいる(p127、132)
・アメリカの大都市で都心部に住むのは、徒歩・公共機関を使わないと職場に通えない貧困層と、その環境でも家族の命と資産を守る自信のある大金持ちの二極に分かれている(p134)
・アメリカでは公共機関(バス)とマイカー族の間で交通に要する時間差が激しい、その差は待ち時間が物凄くあることを示している(p145)
・伝統が生きる街の3条件として、1)道が細い、2)階段や運河で道が寸断されていてクルマが入れない、3)意図的に作った公開空地なるものがない(p156)
・アメリカでは、ガソリン価格が下がっても、一人当たりのガソリン販売高は減るという時代になった、ピーク時の半分未満という異常事態(p164,165)
・北京も確かに城壁都市であるが、欧州などの城塞都市とはけた違いの広さ(山手線内側同等)であった(p179)
・政治の無能化、無意味化という��では大きに歓迎すべき無能主義政治はひとつだけ留保条件がある、それは戦争を起こさせてはいけないということ(p193)
・中国には農民工(出稼ぎに来ている農村戸籍者)が2.6億人(2割)いると言われる。都市内の村という意味の城中村という場所に住んでいる(p199)
・2020年を目途に完全に都市戸籍者と同じ待遇を受けられるという改革が農民工から不満がでている。その理由は、これと一体で行っている城中村の再開発が強権的なやり口(1週間で強制退去)で推進されているから(p200)
・日本では縄文時代に当時の殆どの地域で統一された長さの基準をつかっていた、これは交易が行われて、言葉も通じていたことを示す(p209)
・当時の母系定住社会にとって、よそからやってくる男は子孫を絶やさない子種であった。趣味、気性の合うかどうかは、どんな歌を詠めるかで相手を決めていた(p214)
・江戸は1850年の115万人から1873年にかけて60万人程度まで人口が激減した、参勤交代のために江戸に詰めていた人達がいなくなったから。しかし町人地は大きな減少がなかった(p223)
・日本では1700年代には伊勢参りを中心とする一般大衆の観光旅行が形成されていた。欧州では1840年代になって鉄道が事業化されてから(p237)
・東京は、トロント・ニューヨーク・ベルリン・マドリッドに次いで5番目に、その他地域との平等性が高い稼ぎ方をしている。これは、東京に移住する人が多く競争が激しいので、東京圏住民一人当たりのGDP成長への貢献度が全国平均の1.5倍にとどまっていることを意味している(p260)
・実際には日本の実質経済成長率が高かったのは、東京圏・大阪圏に人口が集中していた時期で、減少すると経済成長率も下がっていた(p272)
・インフレと戦争の世紀にもかかわらず20世紀にアメリカが政治覇権、ニューヨークが経済覇権を握ったのは、アメリカが大西洋や太平洋と隔てた位置にある国だという地政学的な要因が大きい(p283)
2014年12月23日作成
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2015/02/19:読了
『お江戸日本は世界最高のワンダーランド』の都市構造のうち、城壁がないことを、世界の都市に広げ、過去からさかののって、このようなメガロポリスは日本以外にはあまりなく、だから日本の世紀とつなげている。
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著者の主張は、「はじめに」に書いている。
「世界が都市化するにつれて、日本独自の発展を遂げた定形もなく、境界もない都市へと人間は集まっていく。それがエネルギー効率も良く、平和で身分や階級の対立もない生き方を実現するための唯一の希望だ」
ということの裏付けを第1章から第5章にまとめている。
第1章 世界経済覇権は無境界都市が継承する
内容としては、城壁がなかったベネティア、アムステルダム、ロンドンのことに触れている。
第2章 産業革命の起源はロンドンにあり
第3章「ウォール街」以外には壁を築かなかったアメリカ都市の盛衰
内容としては
・都市部全体が、クルマを持てない貧困層のゲットー
と化す
・大都市荒廃の元凶は、都市部から逃げ出した金持ち
だ
・アメリカでさえ、クルマを持てない世帯が増えて
いる
など
第4章 中国の城塞都市はなぜ発展できなかったのか・
内容としては
・不潔で疫病の蔓延するヨーロッパ都市とは比較に
ならない中国都城の優雅な生活
・物理的な城壁は撤去されたが、経済・社会制度の
壁が残っている
など
第5章 不定形・無境界都市を育てた日本
内容としては
・長い縄文時代が、平和な国日本の基盤にある
・日本人は、そのころから漂流の美学を体得していた
・江戸は劇場街もあれば零細商人のビジネスチャンス
も多い町
・できちゃった都市ばかりで構成されたできちゃった
国家、日本
・日本大都市一般が住みやすい
・戦争とインフレの20世紀から平和とデフレの21
世紀への転換こそ日本のチャンス
など
一橋大学大学院経済研究科を終了した著者が、面白いことを書いていました。以下抜粋・紹介
イギリスに生まれた近代的な社会科学としての経済学も、内職で貴族の家庭教師をしていた地味な大学教師アダム・スミスや、自分の才覚ひとつで富を築いた株式仲買人のデビット・リカードが担っていた頃までは、まっとうだった。
だが、その後のイギリスの経済学はどんどん変質していった。
妙に押し付けがましい人道主義的「思想」を経済学にまぎれこませようとしたジョン・スチュアート・ミルは、東インド会社の社員として長年第一線で植民地インドの経営に従事していた。
食糧増産は人口増加に追い付けないという悪名高い『人口論』の著者ロバート・マルサスは、インド統治の専門家を育てる大学の教官だった。
そして、東インド会社からインド引き継いだ英国政府インド省で官僚として出世したジョン・メイナード・ケインズが「賢人王が大衆を教え導くことで、市場での自由競争より優れた資源配分が達成できる」という理論を持ち出す。
そもそも宗主国と植民地のあいだには、対等な個人同士の市場における売買など存在せず、宗主国にとってはいかに効率よく植民地を支配し、収奪するかが肝心だ。
だから、市場競争がもっとも効率的で公正な資源配分をもたらすという経済学の根本とは正反対の結論に達するのは当然だった。
とこうなっていますが、前半部分は面白かったのですが、最後の部分だけは、私としては少々疑問符がつきました(笑)。