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商品説明
世の中にある、人とすみかと、うたかたのごとし−。人生という川に押し流され、いつの間にか辿り着いたちっぽけな終の棲み家。流転の歌人・鴨長明が世を捨て、「方丈記」を記すまでに肉薄した歴史小説。【「TRC MARC」の商品解説】
乱世で見たこの世の無常。ちっぽけな終の棲み家で、月を相手に今語らん。下鴨神社の神職の家に生を受け、歌に打ち込み、琵琶に耽溺しながらも、父が早世したためについぞ出世叶わず、五十歳で出家。平家の興亡を目の当たりにし、大火事、大飢饉、大地震などの厄災を生き延びた鴨長明が、人里離れた山奥に庵を構え、ひとり『方丈記』を記すまで。流転の生涯に肉薄した、圧巻の歴史小説。【商品解説】
著者紹介
梓澤 要
- 略歴
- 〈梓澤要〉1953年静岡県生まれ。明治大学文学部卒業。「喜娘」で歴史文学賞、「荒仏師運慶」で中山義秀文学賞を受賞。ほかの著書に「万葉恋づくし」など。
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紙の本
曇るも澄める心
2023/09/30 22:05
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投稿者:pinpoko - この投稿者のレビュー一覧を見る
『万葉恋づくし』に続いて手にした梓澤作品。
「万葉恋づくし」のような短編もよいが、一人の人生にじっくり取り組んだこの長編もなかなかのものだ。
時は平安末期。源平の争乱をまじかに見ながら、鴨長明は由緒ある下鴨神社の禰宜の家系に生まれ、早死にした父の後を継ぐべく、自らの将来を定められていた。
だが、大きな名跡を継ぐための人間関係や根回しなどの処世の才に恵まれない長明は、異腹の兄や世慣れた親戚らに行く手を塞がれ、出世に後れをとる。
父がよかれと思ってした親戚との養子縁組先も、やがては彼の性分と将来性のなさに愛想をつかされ、まだ少年である息子に期待を託し、さっさと彼を追い出すのだった。
このあたりを読んでいて思ったのは、長明という人は、本人が思う以上に繊細で凝り性、嫌なものには絶対うんと言わない強固な自我を持った、どちらかといえば芸術家肌の人物だということだ。こういう性質をもつ人間は、中途半端な地位や職責にはおそらく満足できない。下鴨神社の禰宜の職も、父の大きな期待があったためにその地位を得ることに縛られ、真実彼の才能や熱量を傾けるにはおそらく役不足だったのだろう。
当事者以外誰も興味を持たないだろう禰宜職の争いや、そのための醜い所業には断固として怒りを覚えるのだが、その中身はと言えば、どうも他人に侮辱を受けるのが耐えられないというのが本当のところのように思われる。
一方、好きな和歌や琵琶、建築については、神官職の時とは全く違った姿勢であり、これらにかけるエネルギーたるや、凝り性の域をはるかに超えている。
琵琶については弾奏だけに止まらず、みずから理想の琵琶を制作することまで喜んでしているし、建築では模型を作り、後年庵を結ぶ際にも自分で木材を加工したものを持ち込み、組み立てるという念の入れようだ。
彼の生涯を見ていると、適材適所の正反対の見本を見ているようで、あたら才能のある人がみるみる世の中から疎外されていくのが痛々しい。実際、時の権力者の後鳥羽院や鎌倉将軍実朝たちに、自分と似た匂いを感じ取っているのだから、神官職などで満足できるはずもない。だが、彼ら権力者たちもその人生を見れば、自分の才能や意向を最後まで貫けたかといえば、そうではなくもっと大きな軋轢の中に滅び去ってしまっている。
さらに忘れてならないのは、彼の現場主義ともいうべき観察眼だ。社会が混沌としているときに襲ってくる大災害の記録は、今読んでも圧倒される。その情景が目に浮かぶだけでなく、風に吹きちぎられた炎を熱さを肌に感じるし、地震の揺れは自分が遭遇した忘れられない記憶を呼び覚ます。まさに渾身のルポルタージュであり、この分野では日本初なのではないだろうか。本書にもある通り、高貴な人たちは自分に被害が及ばなければ、どんな災害も他人事であり、早々に忘れ去ってしまう。そんな当時にあって、現状を記録する大切さに気付いたなんてすごいことだ。
とにかく彼の人生は、本人の意識はどうあれ、なるべくしてなった境地だとの思いを強くする。回り道の果ての零落と周りは見るかもしれないが、そんなことはもはや彼の耳には届かない。
誰にも看取られない最期もいっそ清々しい。その夜の月を現在の我々も時を越えて見ていることを知ることはないだろうが・・・。