honto+インタビュー vol.11 伊東潤

注目作家に最新作やおすすめ本などを聞く『honto+インタビュー』。
今回は、最新作『横浜1963』刊行を記念して伊東潤さんが登場。

歴史を見据えてこそいまの世も見えてくるものです

この7月に選考がある直木賞の候補作『天下人の茶』をはじめ、続々と歴史小説を生み出す作家の、歴史へのまなざしとは? また、戦後の日本に題材を採った異色の新作『横浜1963』に込めた意義とは?

まるでその時代、その場所に行って、実際に出来事を体験したみたいな読み心地。
そんな評され方をするのが伊東潤さんの歴史小説。「川中島合戦」や「本能寺の変」といった戦国時代の重大事件から、江戸末期の捕鯨集団や幕末の志士らの姿まで。どの歴史上の出来事・人物を取り上げても、すぐそばで覗き見しているかのような臨場感を味わえる。

―伊東さんが最新刊で扱うこととなったのは、意外なことに昭和の時代。『横浜1963』は、タイトル通り1963年の横浜を舞台にして、米国人と日本人のハーフ刑事が躍動するミステリー作品となっています。この作風の大転換、いったいなぜ起きたのでしょう。

「書いている側からすれば、これまでとさほど違うことをしたつもりはありません。取り上げたのがたまたま現代だっただけで、これもひとつの〝歴史もの〟という認識です。ただし、どんな時代を扱うにしても、当時の社会情勢を入念に描き込むのが自分のやり方。その強みを生かすことは今回も心がけました」

―この時期の社会情勢というと、どんなものだっただろう……。

「1963年は昭和38年にあたりますが、いま想像するよりもずっと戦争の影を色濃く引きずっていました。まだまだ貧しさは深刻で、米国による占領の影響も強かった。日米関係がナーバスになっているいまこそ、そのあたりのことをしっかり調べて、書き留めておきたかった」

―基地の街・横須賀を傍に有する横浜で話が進むのも、当時の情勢がよく反映できる場所ゆえだろうか。

「そうですね。それに、横浜は私自身が生まれ育った土地。〝空気〟を肌身で感じていることも、強みとして生かそうと思いました。見知った土地を舞台に社会派ミステリーの話を展開しながら、戦争に敗れた日本がどう復興していったかをきちんと検証したかった。そうしなければ、現代のことも見えてきませんから。
いまは戦後の昭和を見直して、そこから多くを学ばなければいけない時期だと思います」

―『横浜1963』に先立って、伊東さんが5月に刊行した歴史エッセー『敗者烈伝』もまた、まさに「歴史から学べ」との教えを詰め込んだ一冊でした。平清盛に織田信長、西郷隆盛ら歴史上の英雄・豪傑が、争いに屈した敗因を徹底解明しています。

「争いや競争があるのは人の世の常。ならば過去の例をひもといていくことによって、失敗を繰り返さないようにし、成功の法則を見出せるはず。歴史に学んでこそ、世界の平和から日々の競争までを勝ち取ることができるのでは」

―なるほど伊東さんが歴史を題材に書き続ける背景には、歴史への信頼と熱い思いが確固として存在しているのです。とはいえ、史実を追うことばかりに汲々としたり、「歴史の勉強」を強いられるような気分になど、決してならないのが伊東作品。歴史を自在に解釈しながら、読んで面白いストーリーを紡ぎ出してくれます。

その特色が際立つのは、昨年末に上梓され、この7月に選考される第155回直木賞候補作にもなった小説『天下人の茶』です。主人公は、かの千利休。「利休は単に茶道を成しただけではなく、時の政治をも左右する存在でした。現世の実質的な表の世界と、人の精神がつくり出す裏の世界、双方に手を伸ばそうとした得体の知れない、ミステリアスな人物です。作品では、これまでになかった利休像を提示できたと思っていますよ」
新たな歴史観が、読む側の頭のなかに芽生える一作。同作にかぎらず伊東作品は、読むごとに世界の見え方を少しずつ転換させられます。自由な歴史解釈と奔放なストーリーテリングを堪能してみては。

新刊のご紹介

横浜1963

横浜1963

伊東潤 (著)

出版社:【電子書籍】コルク/【紙書籍】文藝春秋

連続殺人鬼を追え! ハーフの日本人と日系アメリカ人が一回きりのバディを組む。東京五輪直前の横浜を舞台に描く社会派ミステリー。

著者プロフィール

伊東潤(いとう・じゅん)

1960年横浜市生まれ。
コンサルタント業などを経て、2010年より専業作家に。
作品に『国を蹴った男』(第34回吉川英治文学新人賞)『巨鯨の海』(第4回山田風太郎賞、第1回高校生直木賞)他多数。
『天下人の茶』が自身5回目の直木賞候補作となる。

主な著作

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