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三笠宮と東條英機暗殺計画
著者 加藤康男
暗殺は実行寸前だった……。昭和史の全貌を知る最後の皇族、12時間の長時間インタビュー。平成28年10月27日に百年のご生涯をまっとうされ、薨去された三笠宮崇仁親王。実は、将来発表されることを望まれて、封印された歴史について証言を遺されていた。昭和19年夏。日本が絶対国防圏と定めたサイパンが危機に陥ると、首相、陸将、参謀総長などを兼ねる東條英機への批判が巻き起こる。「このままでは日本は蹂躙される」。意を決したある陸軍少佐が、東條抹殺を企図。計画書を三笠宮に渡そうとする。そして……。石原莞爾、小畑敏四郎、高松宮宣仁親王、東久邇宮稔彦王、そして憲兵隊の目。様々な関係者が交錯するなか、事態は急展開することになる。当時、戦局を憂うる人々は何を考え、いかに行動しようとしたのか。どんな打開策がありえたのか。三笠宮殿下のロングインタビューや未公開史料から、昭和史上、稀に見る怪事件の謎を解き明かし、歴史の闇に迫る。目次より ●序章:三笠宮からの電話と書簡 ●第1章:津野田少佐と牛島辰熊 ●第2章:知将・石原莞爾、小畑敏四郎 ●第3章:東條暗殺へ動く三つの影 ●第4章:三笠宮の翻意、津野田逮捕へ ●第5章:戦後民主主義と三笠宮
三笠宮と東條英機暗殺計画
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紙の本三笠宮と東條英機暗殺計画 極秘証言から昭和史の謎に迫る
2017/01/14 22:40
「母宮 貞明皇后とその時代」に出ていない事
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投稿者:オタク。 - この投稿者のレビュー一覧を見る
「母宮 貞明皇后とその時代」には昭和19年の東條英機暗殺計画事件が出て来ないのには不思議な気がしたが、ゲラ段階で「辻参謀と津野田参謀の話」を三笠宮が削除したので、そのまま出版したとの事。「将来他の読物に使われたら」と手紙に書かれたので、薨去を機に出版したようだ。「母宮 貞明皇后とその時代」の分量からみて、元の原稿は新書本一冊にするには分量が少ないのは見当がつくが、前半の半分ぐらいが津野田本などを元にした「ノンフィクション・ノベル」なのは辟易する。
三笠宮所蔵の朱を入れた津野田兄の著書「わが東条英機暗殺計画」の写真が何枚か掲載されているので、津野田弟が秩父宮御別邸があった御殿場と箱根を混同して兄に語って、そのまま書いていた事が分かる。朱が入っていないが、まだ本土への空襲が始まっていない時期に三笠宮妃殿下が「空襲を避けて御殿場へ疎開されて」とあるのは時期的に合わない。そして「諌言」が出来たのは津野田弟だけだったというのは、この兄弟が現実より大きく見せようとしているように読める。「皇族と帝国陸海軍」での津野田本評と違って、他にも細かいところでは津野田弟の記憶違いが元になった記述が他にもあるかもしれない。ただし朱が矛盾している箇所があるので、どれが事実なのか、他の文書などで裏が取れない箇所もありそうだ。
「昭和天皇実録」や浅見雅男氏と違って、防衛研究所がコピーを所蔵している「東久邇宮日記」を参照にしていないようだ。
123頁の写真は寛仁親王から秩父宮妃の遺品から提供された「母宮 貞明皇后とその時代」(実は既に「皇族に生まれて」に収録されている)表紙で使われたものだが、何故か「写真:時事」とキャプションがついている。寛仁親王も工藤・加藤夫妻も「皇族に生まれて」に掲載されている事を知らないのが分かるが、時事が持っているからには同盟通信社が所蔵していたのだろうか?
「参謀本部にいた松谷誠という人物」と143頁で書いているから、著者は有名な参謀を知らないようだ。
第5章は陰謀論者の想像力が発揮されて?、工藤美代子氏が「悲劇の外交官」改め「スパイと言われた外交官」で評伝を書いたノーマンが三笠宮の英語教師になったのは民政局による謀略まがいに書かれている。コミンテルンは現実以上に優秀なので、アイノ・クーシネンが秩父宮と接触したと回想録で書いているが、この種の本では出て来ないようだ。最初から三笠宮が「支那」で日本軍の戦争犯罪を実際に見たわけではない事は分かっているだろうに、「自説」に「都合が悪い事」は「やはり伝聞である」はないだろう。