紙の本
血の通った学問の方が好きだが、それなりに経済学は面白い
2010/09/15 22:13
6人中、6人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:JOEL - この投稿者のレビュー一覧を見る
かなり評価の高い本のようなので手に取ってみた。経済学的な視点でいろんな事象を切り取ってある。21のトピックを扱っているが、なかなか勉強になった。
ただ、この一冊でまとまった何かを伝えたいというより、経済学的なものの見方を21のトピックで披露してみせたという感じだ。
それでもいくつかのトピックには興味深い分析がある。
例えば、「自立できない非常に貧しい人たちの面倒を見るのは国の責任である」という考え方への賛否を尋ねると、日本での支持は59%と国際的には際だって低い。ほとんどの国では80%以上、90%以上の支持がある。先進国でも自立を重んじる米国ですら70%だから、日本の低さは意外だ。
著者の分析では、日本ではそもそも格差がつかないようにすることが大事と考えられているとみる。格差が発生しなければ、国が貧困者を助ける必要もないと。
市場競争も嫌いだが大きな政府による再分配政策も嫌いだという特徴を日本は持っているという。そして、これは地縁、血縁、完全雇用による身内での助け合いが機能してきたからではないかとする。
分析の妥当性の判断は読者に委ねられるが、著者が指摘するように、格差がついたあとのセーフティネットが支持されるようになるまで時間がかかる可能性があるとすれば、すでに格差が露わになった今の日本社会は危うい。時代状況に日本人の価値観が整合するように転換していかないといけない。ひところ流行った自己責任という言葉の冷たさを身に沁みてから対策を講じるのでは遅い。
こんな風に、あと20のトピックで、各種データを分析しながら経済学的な見方を教えてくれる。勤勉さよりも運やコネが大事だと考える日本人が2000年代から急増している点などなかなか考えさせるものがある。
といっても、どの話題も俯瞰的な視点で切り取られるので、苦しい現実に直面している人には、経済学は冷めた印象を持っているように感じられる可能性がある。
例えば、正社員と非正規社員を論じたトピックでは、正社員にずいぶん厳しい提言を出す。非正規社員が不況下で割を食いやすい立場にあるのは確かであり、この問題を解決しなくてはならないが、正社員の既得権益に切り込むだけでは本当には何も問題が解決しないのではないだろうか。安心できる雇用を広げながら、生産性や創造性を発揮して、持続的な成長を図っていくのが本来ではないだろうか。
いや、こうして個別のトピックにとらわれるのではなく、良くも悪くも経済学的な見方にふれるというところに本書の良さがあると考えるべきなのだろう。人によっては、喜怒哀楽の感情を持った人間を見ていないという寂しさを感じたまま読み終えるかも知れないが、これが経済学的な見方なのだ。
ある程度、読み応えのある経済書を期待する人には向かないが、経済学のセンスを知りたい人にはおすすめできそうである。
紙の本
腑に落ちることばかり。
2010/05/28 16:53
5人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ソネアキラ - この投稿者のレビュー一覧を見る
「ピュー研究センターの調査によれば日本人は市場競争に信頼を置いていない。「貧富の格差が生じるとしても、自由な市場経済で多くの人々はより良くなる」という考え方に賛成する日本人の比率は約五割で、先進国のなかで圧倒的に低い」
どうも「市場競争」と聞くと身構えてしまうのは、なぜだろう。TVなどで大抵そういうことをいう学者やコンサルタントやベンチャー企業の若社長の風体や横文字ばっかの物言いが胡散臭気に感じられるからなのだろうか。
しかーし!と作者はこういう。
「それでも市場競争という仕組みを私たちが使っていくのは、-略-より豊かになれること、誰でも豊かになるチャンスがあることが大きなメリット」
だからだ。そして
「誰でも競争に参入できるという公平性が担保されていることが、市場主義の一番重要な点だからだ」
そう、そうなんだけどね。
「日本では資本主義の国であるにもかかわらず、市場競争に対する拒否反応が強いのである」
これは、「学校教育の影響?」かもと作者は述べている。さらにこうも。
「教育の目標はお金を稼げるようになることでなくて、豊かな情操をもった人間を育てることだ、という意識が学校では強いのだろう」
それは道徳、モラルであって「金融リテラシー」ではないよね。別段、アメリカびいきではないが、向こうの経営者の自伝なんかを読むと、大概子どもの頃から自分で工夫してお金を稼ぐ。しいては、それが起業への第一歩となっていることが多い。
その大切さや喜びを実感することって、もっと日本の子どもたちにさせてもいいだろう。キッザニアなどのシミュレーションじゃなくてモノホンで。感慨がちゃいまんがな。自分で稼ぎ方を知っていれば、会社に依存しなくてもいいだろうし。ま、理想論といえばそれまでだが。
この質問も考えさせられた。
「「所得はどのような要因で決まっているか」という質問」
に対して、
「アメリカ人が重要だと考えているのは努力、学歴、才能の順番であるのに対し、日本人は努力、運、学歴の順番である」
日本人が二番目に挙げている「運」。思い当たる節がある。あるどころか、日本全国中なにかにつけ「運」の連発かも。
「二〇〇〇年代になってから日本人の価値観が勤勉から、運やコネを重視するように変化してきた可能性がある」
努力が報われない社会とか、一種の諦観ムードの蔓延か。ちょうど風水や占い、風呂敷を広げればスピリチュアルブームともシンクロしているのは偶然じゃない気がする。苦しい時の神頼み。じゃなくて運頼み。
ここも、なるほどと。なぜ政策は高齢者優遇と思いがちなのか。それは有権者、選挙に行く人が圧倒的に高齢者が多いから。
「高齢者のほうが若年者よりも投票率が高い」
ゆえにそちら向きの政策になるという説明は腑に落ちる。
競争と公平っていうと、何かうまく並列しないように思えるが、そうじゃない。作者のいつもの著作のようにデータに基づき丁寧かつきわめてわかりやすく書いてあるのでそのことが、よーくわかる。
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日本社会のホットイシュー(Ex:市場原理主義批判、派遣労働規制、少子高齢化の政治的影響などなど)
に対して、経済理論と実証研究例を用いて解説した一冊。
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データを元に感情論に流されず分析を重ねていて、とても学者らしい1冊だと思う。
日本人は国の所得再分配機能に期待していない、というのは腑に落ちる。結局日本人はいなくて、いろんな身内があるだけなんだよね。
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大学の先生に勧められて、読みました。
堅苦しい本だと思っていたけれど、すらすらと読めました。とても面白い
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心強い市場経済擁護論。幅広いトピックが取り上げられた経済エッセイといった趣だが、女性ホルモンの話や祝日の話まで出てくるのには、驚いた。
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競争と公平感の双方を考えながら望ましい社会のあり方を模索する必要があるが、最近の論調は反市場主義に偏り過ぎていると感じる。伝統的経済学の考え方に加えて新しい議論も紹介しており、お勧め。
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「より豊かで公平な社会をつくるためのヒント」が、よくまとまっていると思います。
ただし根拠に「?」がつくところもあるので、★4つにします。
・反市場主義は利権の奪い合いをもたらすだけ。冷静な議論をすべき。
・ウィキノミクスの考え方をうまく活用するべき。
・市場競争のメリットとデメリットを正確に理解して、メリットを活かしながらデメリットを減らすことをみんなで考えるべき。
そのためには学校教育でもっと市場競争について正しく教えるべき。
・経済学は「後悔しない人」を前提にしてきたが
公的な社会保障などを考える場合は「後悔する人」を前提に考えるべき。
→経済学にも「後悔する人」を前提に考える風潮が出てきた(行動経済学)。
・双曲割引・・・遠い将来の割引率の方が、近い将来の割引率より低い。
→宿題を先延ばしして後悔したりすることを説明できる。
・相対的貧困であっても、人間にストレスを与える
・低年齢層の投票率の低下が、教育のまずしさを生んでいる
(高齢者には教育にお金をかけるより、年金や医療にお金をかけて欲しい人が多いから)
・非正規社員の雇用規制を変えても、労働市場の二極化は解決しない。正社員にもリスクを持たせないといけない。
・労働時間に規制がかかったのは、貿易摩擦が原因。(日本人は働きすぎといわれないようにした!)
でも労働時間の規制は必要(特に、長時間労働で明らかに生産性が低下している場合)。
・真の貧困対策は、教育と所得再分配(よくいわれているが)。
近年の所得税率のフラット化は、そういう意味で逆行している
・会社負担だからといって労働者の負担が減っているわけではない。「見えない負担」にも気をつけないといけない。
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今のパート・アルバイトの平均的な時給では週5日フルタイムで働いても生活保護水準を上回ることは難しい。
そのため、最低賃金引き上げを訴える声が上がっている。
しかし、最低賃金を引き上げることで仕事を失ってしまう人がいるということを、声を上げている人たちはどう考えているのだろうか。
貧困問題を解決するにはどうしたらいいか、他人事とは思わずに一人でも多くの人が読んで考え、行動してもらいたいし、自分も自分にできることから取り組んでいきたいと思わせてくれた一冊だ。
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『デフレの正体』と合わせて読みたい一冊。大竹氏の以前の著書『日本の不平等』もいつか読みたい。詳しいレビューはブログで…
http://pinvill.cocolog-nifty.com/daybooks/2011/05/post-785e.html
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なぜ競争をしなければいけないのか、という疑問に答えるのは意外に難しいものです。本書もまた、明確な答えを提示してくれるものではありませんが、少なくとも、経済における自由な競争が健全に機能していることは社会にとってどのような効果があるのか、という点を明らかにしてくれます。経済学に明るくない私にはうってつけの本でした。
本書の初めのほうには、とても印象的な2つの命題が書かれています。「貧富の格差が生じるとしても、自由な市場経済で多くの人はより良くなる」「自立できない非常に貧しい人たちの面倒をみるのは国の責任である」。この2つに対する回答こそが本書のテーマだと私は思うのですが、これらの質問をある時知人に問うてみたところ、2つの考えからは「なんだか合理的すぎて冷たい感じがする」という印象を受けたようでした。私が見るところ、おそらくこの冷たいという印象こそが、日本人が市場における自由競争と政府による所得再分配のどちらも信用しない一つの原因なのではないでしょうか。私としては、この命題は合理的であるからこそ社会で機能するものなのだと思うのですが。
この命題から出発した著者は、非正規雇用、労働時間、貧困と格差、高齢化、社会保障といった良く耳にするテーマを取り上げ、それらを経済学から捉えなおすとどういったことが見えてくるかを解説しています。経済学の考え方がとても良く分かる上に、本書では神経経済学や行動経済学といった最新の知見にも触れることで、経済社会にいる人間がどういう特徴を持っているかまでも明らかにしようとします。触れられる内容はかなりの範囲に上り、また個々のテーマに対する著者の提言には現実性に欠けるものも多々含まれていますが(例えば高齢化によって特定の年齢層のみが政治力を強めるのを是正するために「年齢別に選挙を行う制度」を提言するなど)、本書は読む者に「さらに詳しいことが知りたい」と思わせてくれ、入門書としては巧みな構成になっていると思います。
「経済」という語は経国済民、すなわち国を治め民を救うという言葉が語源になっているそうです。本書を読んで、その理念が現在の経済学にも確かに流れているということを実感できた気がしました。自由な競争によって国全体を富ませ、結果生じた格差は国全体の所得を再分配することによって縮めるべし。経済学を学ぶ人たちの「当たり前」に、改めて触れることのできる本だと思いました。
(2010年3月入手・7月読了)
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2010.6.26
2000年代に入り、格差がクローズアップされている。格差が拡大しているという認識は、市場競争への反発につながっている。しかし、格差とはいったい何なのか?本当に広がっているのか?その原因は何なのか?ということをきちんと考えていくと、そういった通説や世間のイメージとは異なった結論が出てくる。市場原理は世の中が豊かになるための基本的な原則である。今必要とされているのは、「市場原理の否定」ではなく、「市場原理を機能させるためのルールの整備」と、「格差を埋めるための再分配」である。
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(2010/6/28読了)競争と公平に関する概論を網羅していてよくまとまっているのだが、これを新書サイズでやっているので、「んん、そこんとこもうちょっと詳しく分析聞かせて~!」という部分がさらっと流されてしまっている。例えば『市場競争も嫌いだが、大きな政府による再分配政策も嫌いだという日本の特徴はどうして生じたのだろうか』なんてのは、筆者の考察はたった1ページしかないのだが、個人的にはこの命題だけで1冊読んでみたいテーマであるよ。
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これは面白い。
経済の様々な問題が分かりやすく説明されている。本は薄いのに内容は厚い。
--気になった言葉--
若い頃の不況経験が、価値観に影響を与えることを実証的に明らかにしている(P18)
成功した人は自信過剰である比率が高いだろう(P34)
胎児期における栄養が少ないと、飢餓状態に耐えるために体内に脂肪を蓄積しやすいように体質をプログラムするというのだ。(P83)
出生体重が低いことと、ADHDの発生率の高さ、教育水準の低さ等の間に相関があることが多くの研究結果で明らかにされている(P85)
幼少児に育った家庭環境が、その後の学力や所得に決定的に大きな影響を与えることが学問的に明らかにされてきたのであれば、幼少期にある恵まれない子どもたちへの教育支援の重要性を私たちが認識して、政策に反映させる必要がある(P95)
規制緩和が進んだ地域や競争が激しい産業で働いている人ほど他人を信頼する傾向が高いという研究がある(P123)
職場においてワーカホリックが歓迎されるのは、同僚がワーカホリックになってくれたケースである。(中略)問題なのは、ワーカホリックになった人が昇進して、職場全体を長時間労働にさせる権力を持った場合である(P181)
ひょっとすると所得税がフラット化したことが、日本の管理職のワーカホリックを増やして、その部下たちの長時間労働問題が深刻化したのかもしれない(P183)
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100年に1度の世界不況の中、市場原理主義がたたかれたが、日本人はもう少し市場を信じてもよいだろう等の日本経済に様々な疑問を投げかけてくれた本。プチ情報が多いが、あれもあり、最後は抽象論でまとめられるとつらい。
が、その中でも面白かったのは、①所得が何によって決まると考えられるかの日米比、日本:努力>運>学歴、米国:努力>学歴>才能であったこと。②若い頃の不況の経験が価値観に影響を与えること。就業時期に不況を経験すると「人生の成功は努力よりも運」となり、「政府による再配分を支持する」が、「公的な機関に対する信頼を持たない」という傾向がある。③iPS細胞を作り出した山中伸弥教授や上田泰己が、成功するには自信過剰でないと無理だろうということや、「無根拠な自信」が科学的研究には重要ということを言っていること。
①については②を考慮に入れると日本の不況がそれほど凄まじいことの裏返しであると考える。パラダイムを変えるようなイノベーションを起こすに土壌としては才能を認めることが必要であると考える。そのような才能にはやはり③の無根拠の自信が必要だ。