紙の本
「妊婦は透明人間なの。お腹以外は」
2004/04/05 18:17
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:べあとりーちぇ - この投稿者のレビュー一覧を見る
独身の頃、短編の「バルーン・タウンの殺人」を読んだ。大層面白かったのだが、数年後、続編も出て作品集にまとまっているよと聞いた時には、タイミング悪く「どうしてウチにはこうのとりが全然来ないんだろう」と悩む日々。とても他人様の幸せな(?)マタニティライフを楽しむ余裕などなく、そうこうしているうちに文庫は品切れとなってしまった。
最近こうのとり待ちにも飽きて、半分諦めとともに腹も据わったのだが、つくづく悔やんだのは「あの時どうして買うだけ買っておかなかったんだろう」ということ。オークションで落とすか古本屋巡りをするかと思っていたら復刻版が出てくれた。こういうニュースは何より嬉しい。
本書に収録されている連作短編はすべて、東京都第7特別区、通称バルーン・タウンという「妊婦だけの町」を舞台にしている。人工子宮が普及し、40週もの間大きなお腹を抱えていなくても子供を持てるようになった近未来、あえて生身の母体で妊娠・出産に挑もうという「物好きな」女性たちの世界である。
探偵役は、バルーン・タウン内でも極めつけの変わり者妊婦・暮林美央。身体に障らない程度の無茶なら平気だし、胎教なんて馬鹿馬鹿しいと目もくれない。ワトソン役は独身・非妊婦の東京都警刑事、江田茉莉奈。「男の刑事よりは歓迎されそう」という理由だけでバルーン・タウン内の事件を担当させられ、カルチャー・ショックに眩暈しながら美央のサポートに奔走する。現代ならば特に不思議でもない「妊娠関係のディテール」に、いちいち驚いたり苛立ったりする茉莉奈が可笑しい(いや、確かに驚くしかないエピソードも満載なのだが)。
どの短編も、妊娠と出産にちなんだ出来事がメイントリックや伏線を構成する。前代未聞の密室トリックや犯行動機。詳説したいのはやまやまなのだが、肝心な点はネタばれになってしまう。しかしこういった異世界ものミステリにありがちな「そんなのズルイ」感は薄く、筆者は美央の種明かしで毎度毎度気持ち良くうっちゃられた。経産婦の方々ならば、もしかしてこのトリックは簡単に解けるものなのだろうか? と訝しみつつも。
各所に登場する古典的名作の小ネタも楽しい。「ドウエル教授の首」に「亀腹同盟」、「なぜ、助産婦に頼まなかったのか?」などなど。特に「亀腹同盟」では、物語全編にわたってホームズネタが山盛りで、シャーロッキアンならば2倍楽しめるだろう。
もうひとつ忘れてはならないのは、本書のフェミニズム的な問題提起の面である。現代よりもはるかに妊娠・出産が「ハレ」であり「ケ」である舞台。妊婦は思いきりデフォルメされ、一種の珍獣として描かれる。その中で美央が呟く「妊婦は透明人間なの。お腹以外は」という言葉は、そのまま現代に持ってきても何がしかの感慨を呼び起こすであろう。
バルーン・タウンのモットー「よき器たれ」も、登場する妊婦たちの滑稽なほどのマタニティおたくぶりも、わざとらしいまでのパステル調ナチュラルな街並みも、非妊婦の茉莉奈の目には奇妙に映る。しかしその裏に隠れた出産の修羅場、笑い事では済まないジェンダー問題を、茉莉奈も見逃してはいられないのである。
茉莉奈が一度ならず漏らす「妊娠なんて」という気持ちは、流行りの言葉で表せば一種の「負け犬の遠吠え」と言えるかもしれない。しかし彼女もやっぱりふと考える。もし自分に赤ちゃんがいたら——。そして茉莉奈同様に筆者も、もしかしたらと考えたのだった。「その時」になったら、必死になって「よき器」として振舞ってしまうかも。あんなに奇妙に映った慣習や縁起担ぎを、一生懸命なぞってしまうかも、と。
本格ミステリでありながら良質のパロディでもあり、さらに一級のジェンダー小説でもある。今回の復刊では単行本未収録の「バルーン・タウンの裏窓」まで付いている。何から何までお得な一冊、ぜひご覧あれ。
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東京第七特別区、通称バルーンタウン、そこは人口子宮が一般化してもなお自ら妊娠出産しようという妊婦たちの町、その犯罪にもっとも無縁に思えるその町で起こる殺人事件を解決するのは、妊婦探偵。連作短編集です、ミステリ好きには「亀腹同盟」が笑えます。
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・バルーンタウンのシリーズ第一弾。やっと読めました。面白かったー。軽めだけどちゃんとミステリーで好きです。・連作の中では「なぜ助産婦に〜」が好きかな。
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『ジェンダー城の虜』と同じ作者の小説です。
こちらもユーモアミステリ、「妊婦しかいない街」バルーン・タウンで起こる殺人事件を、妊婦探偵が解決しています。
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3月23日読了。「このミステリーがすごい!」1995年度の第15位の作品。半SF的な舞台設定で、妊婦ばかりが住む「バルーン・タウン」で起きる殺人や謎めいた事件の数々を追う警察官と、妊婦探偵(?)の連作短編集。「妊娠した女性」に対して一般人が抱くであろう思い込み・盲点を利用したトリックや過去のミステリを引用した仕掛けが、ひねってあり「変り種のミステリ」としてとても楽しめる。赤川次郎的な軽い拍子とは裏腹に、読み応えがある(それなりの軽さも備えてはいるけど)。男性が書くミステリではこうはいかないだろうか。
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ハヤカワ文庫版で読みました。
架空の特別区、「バルーン・タウン」で起こる事件の話。
発想が面白いですね。妊婦やからバルーン…。
問題定義もあって、非常に興味深かったです。
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人口子宮による出産が可能となった近未来。にもかかわらず、わざわざ人口子宮を使わずに出産しようという妊婦が集まるバルーンタウンという都市でおこる事件を中心に物語が進んでいきます。
なんといってもこの設定がおもしろいと思います。
タイトルにあるように「殺人」がおこったりもしますが、大半はほのぼのした雰囲気なので安心して(?)読めます。
「殺人」というある意味ミステリの山場なしでここまで読ませるのは逆にすごいことでは、と思ってしまいます。
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基本的に妊婦しかいない町・通称バルーン・タウンで起こる様々な事件!? もちろん解決するのも妊婦!
…とかいうトンデモ設定。
あ、トンデモ設定というのは失礼かな。トンデモナくありえない設定なんだけど、一応ちゃんと機能してますので。
なんか、もともとSF系らしいですね。<作者
設定にしても推理部分にしても、納得できる部分もあれば、かなりむかついてくる部分もあり…(苦笑)
非常にシニカルに妊娠・出産というものを描いていると思います。よくできた世界観だとはおもうけど、夫を始め家族まで一緒に住んでおらず、いろいろと大変な妊婦に手伝いの人もそう多くはないというのはおかしいと思うんですがね?
つっても、自分は出産を経験してないし、近くにそういう人がいたこともないので(第二子だから)、想像なんですけど。
しかし、妊婦は腹以外透明人間とはよく言ったものだと思う。
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元々SFとして発表された作品ですが、創元文庫という事で、ミステリとして読みました。
ジェンダー目線やらSFやら色々で評価が低いのかなと思いますが、個人的には推します!
当方子持ちですが、面白いですよこれ。マタニティライフもニヤリです(笑)女性が書かれてるからだと思いますが。
ミステリとしてもほのぼの。でも??でヤラレタ感もあります。特に経験者として悔しいのもあり。
但し、、、
軽く読めますが、問題として提起されているものは深い。と思います。
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設定の面白さ、発想の独特さ、所々に見受けられる僕等へのメッセージ。素晴らしい作品だと思います。解説での有栖川有栖さんの考察も興味深いです。
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素行不良の《妊婦探偵》が活躍する、シュールな笑いにあふれたSFテイストのミステリ。
舞台は、東京都第七特別区。人呼んで「バルーンタウン」。そこは、「人工子宮(AU)全盛の世の中で、妊娠・出産という過程をへて子供を持つことをあえて選んだ女たちが、天然記念物なみの保護をうけて暮らす」妊婦の町である。そのちいさな、しかしかなり特殊な町で発生するさまざまな事件を、「妊婦のことは妊婦にきけ」とばかりに、見事な「亀腹」をもつ《妊婦探偵》暮林美央が鮮やかに解決する連作もの。
この妊婦探偵、厳密にいえばちがうのだろうが、分類としては《安楽椅子探偵》に入るのだろう。じっさい、電話口から示唆するだけのものもあるからだ(『バルーン・タウンの裏窓』)。「妊婦は透明人間なの。お腹以外は」などなど、全編をとおして名言(迷言)にもことかかない。
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近未来/SF/ユーモア/ミステリー
設定が見事!
派手なトリックはないが、独自の設定により魅力的な解決を迎える。
探偵役も個性的で好印象。
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とにかく設定が絶妙。
トリックが、妊娠&育児のあるあるネタの話もあるのでミステリとしては微妙だが、お話としておもしろい。
随所に散りばめられた「女性が、社会が要求する何かから本当の意味で自由になって、人として自立して生きていくこと」へのメッセージもすばらしい。それでいて、1話ずつ気楽に軽く読めるバランスもよい。
そして、有栖川有栖さんの解説もよかった。
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人工子宮の利用が普通になった世界の中で、それでも敢えて母体での出産を望んだ女性たちが暮らす長閑な別天地バルーンタウンでの妊婦探偵・暮林美央事件簿シリーズ。
設定が面白いです。近未来SF・・・というほどでもないパラレル的な。そもそも人工子宮(AU)についても作品内世界では常識化していても結局はAUを利用しない人の街でのお話なのでトリックとかにあんま関係なかったりしていても、そういう背景がしっかりと構築されているせいか話に深みがあるような。
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◆ お風呂でミステリ ◆
・・・ 第一回 「バルーン・タウンの殺人」 ・・・
バルーン・タウン、というのは人口子宮が当たり前の時代に(だからこれは一応近未来SFです。発表されたのもSF誌)古風にも自分のお腹で赤ちゃんを育てたい、という女性たちのためにつくられた、妊婦しか住んでいない町のことです。
高い塀で囲まれ、パスがなければ入れない、厳重に守られている町の出口で男が一人、妊婦に殺されます。
目撃者は何人もいるのに、突き出たお腹に驚愕して(だって、ほら、妊婦なんて見たこともないわけですから)誰も顔を覚えていない……。
町のなかに逃げ込んだのだから本物の妊婦のわけですが、見かけたほかの妊婦たちも、お腹の大きさ(8ヶ月だと思うわ)と形(みたことないほど立派なとがり腹でした……)しか覚えていない……。
“妊婦は透明人間なの、お腹以外は……”という、ミステリ史上かつてない驚くべきトリック!?
かつ
“エレベーターは満員だった。といってもぎっしりなのはお腹の回りだけで顔のところはすいている”というような描写で満ち溢れた、抱腹絶倒ユーモアミステリーです。
タイトルも“亀腹同盟”とか“なぜ助産婦に頼まなかったのか?”とか、ミステリファンなら誰でも笑えるお遊びがいっぱい……。
でもそのオリジナルを二重三重にひねり、やがてはさまざまなジェンダー系の問題が浮かび上がってくる、という素晴らしくよくできた一冊です。
これがデビューなんて、信じられない。
解説は有栖川有栖ですが、これまた絶品です。
2017年05月30日