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啓順凶状旅
著者 佐藤雅美 (著)
江戸の町医者の内弟子だった啓順は、師匠にたてつき破門。博奕場に出入りするようになったころ、浄瑠璃語りの娘と男が殺される。殺された男の父親、江戸の顔役・聖天松と悶着があった...
啓順凶状旅
啓順凶状旅 (講談社文庫)
商品説明
江戸の町医者の内弟子だった啓順は、師匠にたてつき破門。博奕場に出入りするようになったころ、浄瑠璃語りの娘と男が殺される。殺された男の父親、江戸の顔役・聖天松と悶着があった啓順に殺しの疑いがかかってしまう。聖天松の追っ手から逃れつつ、疑いを晴らすべく、真犯人を探す義理と人情の時代小説。(講談社文庫)
目次
- 立場茶屋の女
- 牢番の正体
- 頼朝街道
- 下田の旅芸人
- 波浮の湊
- 伊三郎の声
- 江戸の一日
- 消えた証拠人
著者紹介
佐藤雅美 (著)
- 略歴
- 昭和16年兵庫県生まれ。早稲田大学法学部卒。「大君の通貨」で新田次郎文学賞、「恵比寿屋喜兵衛手控え」で直木賞を受賞。ほかの著書に「わけあり師匠事の?末」など。
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紙の本
美女も豪商も「お通じ」が命
2011/04/03 18:08
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:saihikarunogo - この投稿者のレビュー一覧を見る
『傷寒論』『金匱要略』など、私がNHKで見た韓国のドラマ「宮廷女官チャングムの誓い~大長今~」で覚えた医学書のなまえが出てくる。そう、これは、漢方医啓順の物語なのだ。と同時に、渡世人啓次郎の物語でもある。
秩父では、まるで西部劇の「シェーン」のように、土地の悪玉から難儀な目に遭わされている親子を助けてやり、追われるように旅立ち、甲斐では、まるでUSAのテレビドラマ「逃亡者」のように、追っ手をかわしながらかつ医者として患者を診ながら自分に着せられた殺人の濡れ衣の真相を探り、伊豆では、まるで川端康成の『伊豆の踊子』のように、旅芸人の一座と親しくなり……。
医者としての啓順は、腕はいいのだが、名医とまではいえず、いまだ、発展途上である。なんとなれば、江戸にいた頃は女の患者を診たことがなく、伊豆で若く美しい女性を診察することになったとき、つい、あらぬことを考えてしまいつつ、それをはねのけながら集中するのに苦労しつつ、触診するからである。診察される方だって、恥ずかしいのに……。それでも、ちゃんと診断して処方箋を出し、彼女が用を足した後を点検して治療が成功したのを確認する。こういうところはさすがに医者だ。ところがその後でまた、御礼はからだで……ということがないかなあ、と期待してしまう。幸か不幸かそこで追っ手に追いつかれそうになってあわてて逃げる。
なんか、山崎豊子の『白い巨塔』の里見脩二や、韓国ドラマ「ホジュン」のホジュンなどの、よくある小説やドラマの「善玉」の医者のイメージと、違う。彼らが聖人君子すぎるのか、啓順が人間らしすぎるのか。
ちなみに、秋山香乃の『漢方医有安』シリーズでも、この佐藤雅美の『啓順』でも、医者の仕事の半分は、患者に正常に大小便を出させることではないかと思わざるを得ない。甲斐の豪商の治療では、薬を飲ませた後、布団の上に油紙や襤褸を敷いて汚さないようにして、「ズボフトウ」を患者の尻の穴に仕掛けた後、内儀に世話をさせるのだが……。
啓順が親族たちと控えている部屋に、付添いの下女が走ってきて叫ぶ。
>「うんこです。うんこがでました。それも一杯」
>はしたないことを口にして叫ぶ声は、歓喜に満ち溢れている。
>「ですが、奥方様がお尻に当て物をなさろうとしていたときだったものですから、うんこは奥方様の肩にどぼっと。お顔にも一杯」
更に、だあーっと勢いよく小便が流れだし、それがいつ果てるともなく続き、豪商は糞まみれ小便まみれの中、うっとりと恍惚にひたる。おめでとう。
渡世人としての啓次郎は、喧嘩は強いが、剣の達人などではない。だから常に敵の人数や追っ手の来る道筋、追いつかれるまでの日数などを予想し計算し、刀を抜くより以上に、頭を使っている。
それにしても、啓順に治療を頼む人々が、皆、強引である。追われる身の上だから迷惑なのに、すがりつく。その代り、落ち延びられるように手助けもしてくれるが。なかには、わざと足止めするために仮病を使った者もいた。啓順はここでも頭を使って逃げ延びる。医者としての良心という弱みに付け込まれたので、お返しに、医者としての権威ある言葉で翻弄する。
>「これはあっちの方にもとても効くのです。危檣丸(ほばしらがん)って知ってますか」
>「ええ」
>男どもに有名な”帆柱”を立てる薬だ。
>「あれよりずっと効く。飲んでみますか」
>男はごくりと生唾を飲み込み、うわずった声でいった。
>「のっ、飲むだ」
啓次郎はもとは植木屋の息子だった。その彼を医者にしてくれた恩人の頼みで、殺人の容疑者になることを引き受けたところが、役人と、被害者の親族と、両方から追われる羽目になった。しかもその親族というのが、聖天松五郎という、やくざの親分で、役人以上にしつこくて情け知らずだ。啓次郎に無理な頼みをした恩人は死んでしまい、逃げ回るのも嫌になった啓次郎が聖天松と対決しようと考えた矢先、真犯人に殺されそうになる。すべては彼が仕組んだ罠だった。物語のラストでは、とうとう、啓次郎の無実を証明する人が誰もいなくなってしまう。啓次郎に明日はあるのか……?