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たくさんの人の人生を一瞬で変えてしまった事故でした。
亡くなった人たちも、遺された人たちも、日航の社員も、警察官、医者、看護士たちも。
だから今生きている人たちは、簡単に死にたいなんて言っちゃ駄目です。
気軽に読める内容の本ではないけど、みんなに読んで欲しい。
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(2008.08.14読了)
去年『墜落遺体―御巣鷹山の日航機123便』という本を読んで泣かされました。同じ著者が、「墜落現場 遺された人たち」という本も書いていることが判ったので、探して購入し、すぐ読むつもりだったのですが、結局、1年後になってしまいました。
1985年8月12日午後6時56分ごろ、羽田発大阪行き日本航空123便ジャンボ機が、群馬県御巣鷹山の尾根に墜落。乗客、乗員520人が死亡した。生存者は4人だった。(13頁)
あれから今年で、23年になります。このニュースは、お盆で田舎に帰っていたときにラジオで聞いた覚えがあります。多分、8月13日の昼ごろだったと思います。それからしばらくは、テレビ、新聞、週刊誌をにぎわしました。
この事故に関する本は、結構たくさん出版され、近年では「クライマーズ・ハイ」という小説の題材にもなっています。
文庫になっているのを拾ってみると、以下のようなものがあります。20年経過してもまだ出版されています。
墜落の夏―日航123便事故全記録 吉岡 忍著(新潮文庫)(1989/07)
日航ジャンボ機墜落―朝日新聞の24時 朝日新聞社会部編集(朝日文庫)(1990/08)
墜落遺体―御巣鷹山の日航機123便 飯塚 訓著(講談社+α文庫)(2001/04)
壊れた尾翼―日航ジャンボ機墜落の真実 加藤 寛一郎著(講談社+α文庫)(2004/06)
墜落現場 遺された人たち―御巣鷹山、日航機123便の真実 飯塚 訓著(講談社+α文庫) (2005/07)
クライマーズ・ハイ 横山 秀夫著(文春文庫)(2006/06)
爆発JAL123便―航空機事故、複雑怪奇なり 加藤 寛一郎著(だいわ文庫)(2006/06)
隠された証言―日航123便墜落事故 藤田 日出男著(新潮文庫)(2006/07)
「墜落遺体」は、遺体確認現場責任者としての体験記でしたが、「墜落現場 遺された人たち」は、墜落した日航機123便の関係者の人たちに関する本です。
事故後に書かれた手記の引用や著者が取材してまとめたもので構成されています。
事故で死亡した方の遺族、日本航空の貨物本部部長・岡崎彬、上野村消防団・猟友会会員、陸上自衛隊第12師団相馬原駐屯地、陸上自衛隊第1空挺団習志野駐屯地、多野総合病院・医師、看護師、日本赤十字病院・医師、看護師、葬儀屋、等実に多くの人たちが登場します。
現場へ空から行くのが陸上自衛隊の中の空挺団、陸路山を越えて行くのが陸上自衛隊、山の中に詳しいのが猟友会の方々、医師・看護師で現場へ行くのが日赤の方々、運び込まれたけが人を担当するのが病院の医師・看護師、遺体身元確認のために協力するのが歯科医師、放射線技師、遺体の管理は葬儀屋、実にいろんな人が関わり、今後のためのことが考えられていることが分かります。
著者 飯塚訓(いいづか・さとし)
(2008年8月24日・記)
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1985年の日航機事故で身元確認作業に当たった著者が事故から15年後に書いた遺族・関係者のその後。 事故当時の出来事を身元作業を中心に描いた前著「墜落遺体」に引き続き、本書も心に突き刺さるものがある。 遺族のその後を描いただけではなく、この事故に携わった、生存者、医者、自衛隊員、そして葬式業者までの声を取材し纏めた本。 前著と一緒に読むと事故そのものだけでなく、その事故で翻弄された人々の人間模様が明確に浮き上がる。
・遺族である老夫婦が、息子夫婦をなくした後、すれ違いに成ってしまい、結局離婚してしまった。
・生存者である吉崎さんと、落合さんは同じ病院の集中治療室に居たが、落合さんが日航関係者と聞いて、お互いの関係がまずくなり部屋を分けた。
・遺体の身元確認を行っていた体育館側のラーメン屋さんが、心無いライターに「3億円を日航に請求」というデマを記事にされ、客が来なくなった。
・棺桶、霊柩車は隠密に東京の業者に頼まれてた(当時はテリトリーがあり、区域外の業者が侵害することは出来なかったらしい)
前著はあくまでも事故とその後の遺体確認の凄惨さにフォーカスされて書かれていたため、本書で空白となっていたパズルのピースが埋まった感じがする。
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墜落遺体の後日インタビュー集。
極限状態で残した遺書は涙で読めなくなりました。
娘を亡くす同じ悲しみを背負ったのに表し方が異なったために別れてしまったご両親。
遺書に残された「立派になれ」という言葉をしっかり受け止めた息子。
衝撃を受けるニュースが多々あれど次々に過去になっていく毎日で、それによって当事者だけではなく大きく人生が変わってしまうことを忘れずにいたいです。
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偶然見付けたものでしたが別で登録している「墜落遺体」を書いている飯塚氏の作品。かぶる内容も多かったですが、別視点から見られるものや、科学的に証明出来ない不思議な出来事の話等、とても興味深い内容でした。日航機123便関係は様々な本に目を通しましたが(買っていないもの多し)飯塚氏の作品が一番読みやすかったと思います。
日航が終わってしまった今、この事件も風化されてしまうかも知れません。興味を持ってくれた若い方に「墜落遺体」と合わせて是非読んで貰いたいと思います。
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前著「墜落遺体―御巣鷹山の日航機123便」の続編。
当時の関係者からの視点で多くの記述があり、前作に勝る1冊と言えます。
事実は小説に勝る。
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日航機123号便墜落事件。ここで取り上げられているのは犠牲者の遺族や第一発見者となった上野村の人。警察官や自衛官。そして身元確認に立ち会った看護士や医師たちの記録です。
この本は『沈まぬ太陽』の内容を補完するために『墜落遺体』と同時に読んでいました。日航機123号便が墜落し、520人もの命が一瞬にして消えたその日から時間が止まってしまった遺族や、お互いの思いがすれ違って、離婚してしまった犠牲者の両親。残された人間の深い悲しみや想いが事件がいまだに風化されないものなのだということをいまさらながらにして知らされるようでした。この事故の真相は、いまだに明らかにされていない部分があるのですが、『人災』であったのではないかというのが作者の見解だそうです。
そして、現場に入った自衛隊員の証言が非常に生々しく、そのあまりのむごたらしさから、戦場そのものだったという言葉が、印象に残っています。遺体の身元確認をしていた医師や看護士たちの証言も壮絶で、当時はDNA鑑定などがまだなかった時代だから、死臭と腐臭と線香のにおいがない交ぜになった体育館で汗まみれになって処置に当たっていたそうです。
そして、遺体を管理する葬儀屋の仁義なき戦いやマニュアルのない対応をしなければならなかったという極限状態。そこで見えてくる善と悪。美と醜のコントラストが人間の業の深さを感じさせました。あの事件から四半世紀が過ぎましたが、決して忘れることのできない記録として、一読していただければ、これに勝る喜びはありません。
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御巣鷹山の日航機墜落事故に警察官としてかかわった著者が、遺族や地元住民、自衛官、医師や看護師、葬儀屋など、さまざまな形で事故に関わった人々にインタビューしてまとめた本。あの大事故に関して、知らないことがたくさんあったのだなあと、改めて認識しました。また、著者の飯塚氏はインタビュアーやノンフィクションライターとして確かな実力を持っていると思います。誠実で謙虚な文章に好感が持てます。
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この本を読む前に、著者の前作『墜落遺体~御巣鷹山の日航機123便~』を読むことをおすすめする。この事故自体を知らない人は、インターネットで、この事故についてさらっと調べてみてから読むと分かりやすいかもしれない。
とにかく悲劇としか言いようのない事故だった。その事故で、残された遺族達や、関係者のもとを著者が訪問し、その後の出来事や、当時のことを振り返る。この事故がきっかけで離婚してしまった夫婦もいれば、当時、身元確認を一緒に担当した職員と、家族同然の付き合いを続け、元気に生きているおばあちゃんもいる。この事故について、さらに深く掘り下げて考えたい人におすすめの著書。
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1985年8月12日に発生した日航機墜落事故で、亡くなった乗員・乗客の遺体の身元確認班長による手記の続編。
身元確認の壮絶さを記した前著『墜落遺体』。本書では、そこでは触れられなかった部分を当事者に取材する形でまとめている。
章立ては以下の通り。
第1章 遺族たち
第2章 生存者たち
第3章 自衛隊員たち
第4章 医師、看護婦たち
第5章 葬送のとき
前著に比べ章立ては半分程だが、章タイトルを一読するだけでなるほど各章が濃密なのだろうと感じる。
特に第3章と第5章については、前著でほとんど触れられていない。考えても見れば、墜落現場で様々な遺体に直面し、搬入する作業にあたったのは自衛隊員である。また、遺体が搬入された後、写真で見ると体育館に整然と棺が置かれているが、このお棺は誰がどのように手配したのか。また、身元確認が済み、遺族とともに被害者が家に帰る際も、遺体を乗せる車は霊柩車である。これだって誰が準備したのか。
この手の部分はほとんど光が当たらない、まさに舞台裏といえるため、非常に重要なことだと考える。
さらに、遺体搬入は自衛隊員だし、前著でも記されていたが、警察関係者も医療関係者も皆不眠不休で働いていた。でも飲まず食わずなわけはなく、山の案内や炊き出しその他手が届かないところを補ってくれた存在もあったはず。本書では第2章で記されるが、それが上野村の村民であり、ボランティア団体の人々であった。こちらも貴重な資料になると思う。
この事故は15年、20年とTV局側が節目と考える時に番組が組まれる。大変な事故だったのだから風化させるべきではないし、この事故を知らない世代に知ってもらうためにも番組を放送することは大切なことだと思う。しかしながら、その際に描かれたり、取材されるのはやはり遺族中心となる。当然だろうけど。ただ、本書を読むとやはりあの期間、あの地域にいた皆が大変だったのだとつくづく感じる。
また、前著でも感じたことだが、遺族は災害や特に事故により家人を失った場合、振り上げた拳の落としどころに苦しむ。だからこそ、本件のように日航旅客機の事故となれば、日航に気持ちをぶつけざるを得ない。私が遺族でもきっとそうなるだろう。その一方で、企業の責任とは何か、どこまで誰が負うべきなのかということも思う。
その一端として、日航社員のとある行動が記されいる。遺族や自社の責任を想い、退職したのちも個人の意思で御巣鷹山に入り、折れた墓標を新しくしたり、山道を整備するなどしている。ただ、これは個人であって企業ではない。
本書には記されていないが、日航はJALグループ社員の研修施設として「安全啓発センター」を設置し、展示室には当該事故の直接原因とされた後部圧力隔壁や後部胴体などの残存機体、ボイスレコーダーや遺品等を保管している。ただ、ここは日航だけが利用しているようで、全日空や他の航空会社は利用していないようである。…なぜ共有しようとしないのか。
本書で唯一残念に思ったのは、第2章にある「たった一人の目撃者」(141頁)の部分。ここでは墜落する飛行機を群馬県側から目撃した方へ取材し��いる。ここから見えたという場所が文章で綴られているのだが、ここは写真が欲しかった。そこから見える景色を一枚、モノクロでいいから掲載するだけでより分かりやすくなったと思う。
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この事故があった年に生まれたこともあり、毎年夏がくる度に気になってしまうので購入。大切な人をなくした悲しみと戦い、そんな人達に寄り添い支え合おうとする人の優しさや強さと共に、目を背けたくなるような醜悪さも描かれていて、改めて人間という生き物の奇妙さ、不思議さを感じました。下手に読み手の感情を煽る文章ではないので、純粋に現場を見ていた方の目線を感じ取ることができたように思います。
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この方の前作も読みましたが、こちらは十五年後の遺族、墜落地となった地元の人たち、生存者を受け入れた病院関係者、自衛隊員との談話が中心でした。
事故現場特定、到着への遅れについて、自衛隊員にもかなり突っ込んだ質問もするのですが、最終的には上からの命令でしか動けない旨しか記されていませんでした。作者本人にも疑問はあるようですが、あえて書いていない。否定も肯定もしない。諸説ありますが、いまだ謎に包まれた航空機事故だと私は思います。
あの夏の衝撃は、三十年近く経つ今も忘れることはできません。
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この方の前作も読みましたが、こちらは十五年後の遺族、墜落地となった地元の人たち、生存者を受け入れた病院関係者、自衛隊員との談話が中心でした。
事故現場特定、到着への遅れについて、自衛隊員にもかなり突っ込んだ質問もするのですが、最終的には上からの命令でしか動けない旨しか記されていませんでした。作者本人にも疑問はあるようですが、あえて書いていない。否定も肯定もしない。諸説ありますが、いまだ謎に包まれた航空機事故だと私は思います。
あの夏の衝撃は、三十年近く経つ今も忘れることはできません。
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サブタイトル:御巣鷹山、日航機123便の真実
昭和60年8月12日に発生した日航機123便墜落事故とその後、関わった幾多の人々を当時検死官としてこの事故に触れた著者が取材して綴ったノンフィクション。
事故から今年で30年ということもあり、事故が起きた8月である先月は特別この事故に関する特番が多かった。
私も改めてそのうちのいくつかを観て、一応知ってはいるもののその実知らないことが多すぎる、と思ってこの本を手に取ってみた。
本当は同じ著者の「墜落遺体」という本が先に出ているのだけど、本屋で両方手に取ってみて、今はこちらを読んでみようという気持ちで。
あとがきによると、のべ13万人もの人間がこの事故に関わっているとのこと。
この本に綴られていているのは主に、墜落現場から程近い町に住む消防団、消防士、警察、自衛隊、医者、看護師、葬儀社の人々、事故の目撃者、遺族など。
墜落現場や検死の壮絶さ、生存者の救出までに時間がかかりすぎたことに対する葛藤、生存者をマスコミから守るための病院側の苦労などが、実際関わった人の言葉を中心に書かれているからそれはもうリアルなのだけど、その中でも私がとりわけ印象に残ったのは、葬儀社の人々の苦労だった。
1000以上もの棺桶と、全国から250台以上の霊柩車を準備して、何の落ち度もなく現場で毎日ほとんど寝ずに立ち働いたというのに、日航の社員と間違われて遺族に罵倒されたり殴られたりした者もいたというくだりは胸が痛んだ。
恐らくそんな風に理不尽な思いをしながらも歯を食いしばって働き通した人々は数知れなくて、敬意を表する以外何も思えないほどだった。
520名もの方が亡くなり、助かったのは僅か4名。しかしその4名が、関わった人々にとっては大きな希望になったのだ。
遺体の描写は生々しく、目を覆いたくなる惨状、というのはまさにこのことなのだろうと思う。
綺麗なまま収容された遺体はほとんどなく、身体がばらばらに千切れたり肉片になった遺体を、警察や医者が数ヵ月もかけて照合していく。それは一人でも多くの遺体を遺族の元に帰したいという執念でしかない。
史上最悪の死者を出した航空機事故の現場の真実。
読んだあと、東日本大震災の時も同じ風に毎日闘った人々がたくさんいて、未だにその後遺症に苦しんでいる人もたくさんいるのだろうと想像した。
本当に頭の下がる思いだし、人間が持つ凄みも同時に感じた。
関わった人たちがいなくなる日はいつか来るわけだけど、忘れてはいけないし、そこで人々が感じたことを繋いでいかなければならない。
と、ありきたりながら強く思った。
自分は恥ずかしいくらい知らないことが多すぎるな、とよく思う。そんなときに教えてくれる本という存在に、今回も感謝した。
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日航123の墜落現場から、運び込まれた高崎。
筆者は高崎署の身元確認班班長と言う経験から
生と死をわずかな瞬間にわけ、
生き残った人、そして、身内を亡くした人が
克明に トレースされている。
「あのとき」があったがゆえに
背負っている何かを 見つけ出し、
その絆を 見直している作業の丹念さが、尊い。
自衛隊員、医師、看護婦、葬儀屋さん。
精鋭を集めた自衛隊第1空挺団の出動が
おくれた理由がはっきりしない。
それぞれの任務を全うしようとする姿勢。
葬儀屋さんが、罵倒されたところなんぞ、
なんとも言えないものがあった。
こういった、記録をきちんと掘り下げ残していくことが
必要なんだと感じた。