紙の本
散華した特攻隊員に感謝
2014/01/01 07:38
11人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:pappy - この投稿者のレビュー一覧を見る
「永遠の0」、「風立ちぬ」、「終戦のエンペラー」の批評とそれに関連する大東亜戦争、とくに特攻隊についての考察をまとめた書籍である。作品についての理解を深めることができるのはもちろんのことだが、単なる批評ではなく、公正な戦争論としてまとめられている。戦後GHQが日本国民に施した精神的武装解除は甘美な麻薬として多くの日本人の心に浸透したが、ようやくその効果が薄らいできたのだろう。10年前であればこのような評論は日本人にはまったく受け入れられなかった。勝てば官軍となるのは戊辰戦争も大東亜戦争も同様であり、常に敗者が悪者に仕立て上げられる。だから、このような公正な評論は歓迎されるのだ。とくに最後の特攻隊についての記述には感銘させられた。戦後統治にあたり特攻の影響がかなり大きかったことは賛同できる。さもなければハワイのような属国にならずとも、朝鮮、ベトナムのように東西冷戦の影響を受けて分断されていたかもしれない。散華した多くの若者に感謝したい。同時に特攻がGHQの洗脳工作を招いたことを理解し、未だにその洗脳から充分に醒めない日本人を嘆かわしく思う。冒頭の昭和天皇の言葉がつき刺さる。
紙の本
タイトルにつられて・・・
2015/09/30 11:14
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:くー - この投稿者のレビュー一覧を見る
「永遠の0」を読んだ後にふと本屋で見つけたこの本でした。
「終戦のエンペラー」と「風たちぬ」の内容を知らなかったので、
観てからの方が読みやすかったかもしれません。
戦争時代を記憶している方が少なくなってきましたが、
だからこそ知っておくことは大切だと思います。
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映画「永遠の0」「風立ちぬ」「終戦のエンペラー」の解説あるいは批評かと思って読みだしたが、直ぐにそれが誤りだったことに気づかされる。著者はこの3作品を俎上に載せて、戦前(風たちぬ)・戦中(永遠の0)・戦争直後(終戦のエンペラー)の時代を語ろうとしている。
穿った見方(読み方)をすれば、先の(太平洋戦争でなく)大東亜戦争や特攻の賛歌ではと、誤解を受けやすいが、問題の切り込み方や、論理展開が半端でなく、我々がこれまで目を背けていた「あの戦争」は何だったを考えされられる。
個別の映画の批評としては以下のような内容になっている。
「風たちぬ」
著者は宮崎駿の中に内在する「戦後の平和日本」の矛盾を指摘する。つまり「風の谷のナウシカ」はその自己矛盾に身悶えし、それがリアリティを保証しているが、「風たちぬ」は零戦という戦争の申し子を主題に選択したにも関わらず、戦争とは一切関係なく「世界一美しい飛行機」作りに邁進する主人公・堀越二郎を描いていると。『彼(宮崎)は零戦を生むに至る歴史を正視しない』
この著者は「風の谷のナウシカ」が好きなのが行間から伝わってくる。そういう作品を作った宮崎駿が最後の仕事での、中途半端さへの苛立ちが聞こえてくるようである。
「終戦のエンペラー」
この映画は、「偽りと不信の日米関係」と切り捨てている。具体的には戦後のアメリカによって行われた検閲問題に迫っている。
「永遠の0」
ここで、著者の言いたい事が爆発している。
小説にあるが、映画では切り捨てられているものに焦点をあて、両者の違いを丹念に探っていくことにより、主人公宮部の苦悩、大東亜戦争、特攻・・・家族・祖国を守るということは何だったのかを正面から我々に問いかけてくる。
私は必ずしも著者の考え方に同調するわけではないが、これまでの我々が目を背けてきた「現代史」あるいは「戦争」および「戦後の平和」とは何かと言う問題を、改めて考えさせてくれる本であった。
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興味深く読めました。
永遠の0の映画をみて納得できなかった部分を次々と解説してくれててすごく参考になりました。
永遠の0の映画をもう一度みにいこうかと思います。
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永遠の0を読んだときは、最終的に興ざめした部分があったけど、この本を読んでもう一回読むと違う視点から読めるのではないかと思った。
悪くない。悪くないけど、気合をいれて読まないと、
置いていかれてしまう本だった。
もう少し大きくなって、長い休みが取れたら、
もう一度読み返したい本だった。
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今夏「永遠の0」の読了を機に、戦争について知りたくなって見た3作。
それらについてそのまま書かれていたので、興味深く手に取った。
そういう見方や考え方、捉え方があるのか…と勉強になった反面、まだまだ納得のいかない部分もあり、もっときちんと知るべきだという思いがより一層強くなった。
日本国そのものがファンタジー。
人間が人間らしく生存する基本的な集合体が国家。
焼け野原は自然にできたのでもなければ、日本の軍国主義という狂気が招いたのでもない。アメリカの狂気が招いたのである。日本人を人と思わぬ人種差別的人間観が招いたのである。
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年末に「永遠の0」を観て以来、その余韻をずっとひきずっていたところこの本を見つけたので読んでみました。
そうだ、原作の宮部さんはこういう人だったんだよなぁ~、また原作を読み返したくなりました。
「風立ちぬ」については、まえから宮崎駿の作品ってなんか上から目線っぽい感じがしてなんか好きになれなかったんですけどその理由が具体的にわかり、やはり自分は宮崎駿は嫌いだと思いました。
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昨年(2013)から今年にかけて、ゼロ戦を話題にした映画を二本見ました。一本が宮崎駿の長編最終作品と言われる「風立ちぬ」と、百田氏原作の「永遠のゼロ」です。
この本は、これら2本に加えて、「終戦のエンペラー」という作品の合計3つに対して、解説を加えた上で、最後の章で、特攻とは何だったのかという解説をしています。
私はこの本を読むまで、太平洋戦争末期の特攻隊の効果は殆ど無かったと思っていましたが、実際の成果を見て驚きました。これが日本の意地だったのかもしれませんが、一方で、アメリカに原爆の使用を踏み切らせたのも一因かもしれないなという考えもよぎりました。
永遠のゼロの映画や本を読んで、日本が最後に行った「特攻」について少し興味を持ちました。
以下は気になったポイントです。
・2013年は20年に1度の伊勢神宮の式年遷宮が、出雲大社の大遷宮も60年振りに行われた、さらに熱田神宮で草薙の剣が祀られた創祀からの1900年大祭も行われた(p16)
・第二次世界大戦の日米の空戦は、昔ながらの武人同士の一騎打ちの20世紀バージョンだった(p20)
・昭和20年2月からの硫黄島の日米決戦では、米国は死傷者数では日本を上回った(2.8万人)、日本は全二万人がほぼ全員戦死した、アメリカ最大の猛者である海兵隊員に戦争ノイローゼが続出した(p25)
・欧州では30年戦争(17世紀、犠牲者750万人)の悲惨さが応えたので、国際法を発展させて欧州内部の戦争ではルール化を進展させた、有色人種への植民地支配は別であった(p37)
・ゼロ戦における無理な要求(旋回性能を上げて、かつ20ミリ機銃を二基搭載する)は、海軍のごり押しではなく、国家戦略上の必要から逆算されたもの(p92)
・日本海軍の前にはオランダ海軍、空軍も三海戦(ジャワ、スラバヤ、バタビア沖)で消えてしまった、本当の敵はあくまでアメリカのみ(p98)
・特攻は主として、昭和19年10月からのフィリピン方面作戦、昭和20年2月からの台湾・硫黄島作戦、4月からの沖縄決戦の三方面の作戦に分かれる。アメリカ海軍の公式発表によれば、沈没32隻、損傷278隻(正規空母16、軽空母3、護衛空母17、戦艦14等)である(p225)
・もし特攻がなければ、アメリカは大船団を引き連れて日本近海まで自由に到達しただろう、特攻の脅威があったのでアメリカの制海権は最後まで完全な自由がなかった(p229)
2014年1月18日作成
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今や社会現象と言っても差し支えない、百田尚樹著「永遠の0」と本書を原作とした映画「永遠の0」、それにいずれも昨夏、公開された宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」、日米合作映画「終戦のエンペラー」が題材の本。
結論から言いますと、本書を読み終えて気持ちは片付かないままです。
私は小説「永遠の0」を読み、多くの方と同様に感動しましたが、3本の映画は観ていません。
著者は小説、映画とも「永遠の0」をほとんど手放しで称賛する一方、「風立ちぬ」「終戦のエンペラー」をほぼ一貫して批判しています。
資料に基づきながら大東亜戦争(太平洋戦争)を肯定的に捉え、特攻隊も理のある作戦だったと擁護しています。
当時の実相としては、そうだったのでしょう。
進歩主義的な方から見たら恐らく鼻白む内容ですが、私は現代の価値観や尺度であの戦争を評価すべきではないと考えています。
そういう意味で納得のいく内容でした。
ただ、全体を通して、「今という時代」にも戦争を賛美している印象です。
著者はあとがきで「特定の史観やイデオロギーを主張、宣布しているのではない」と弁明していますが、ベクトルは戦争へ向かっているのです。
私も過去、靖国神社を参拝し、英霊に哀悼の誠を捧げました。
著者と同様にあの戦争を肯定的に捉えることにやぶさかではありません。
でも、そこから「今という時代」に私が導き出す回答は、「だから二度と戦争はしない」です。
それに、小説という物語の形であれば大いに結構ですが、論評で大東亜戦争を肯定的に捉え、声高に喧伝するのには抵抗があるのです。
今よりよほど奥床しかった戦争当時の日本人なら恐らくそんなことはしない。
私としては、特攻隊員の遺書などから彼らの気持ちを忖度し、静かに感謝したいのです。
著者は戦後の平和を米国の庇護のもとで得られたとし、安穏と人生を重ねる日本人が許せないようです。
私は、いいじゃないかと思います。
米国の庇護のもとであれ、平和は平和です。誰が何といおうと尊いものです。
私のように安穏と日々を過ごす人たちだって、もちろん戦争を戦った人たちと比べればちっぽけなものですが、喜びや苦悩など抱えているものは様々です。
国家を重く見る一方で、個人に目が行き届いていないのではないでしょうか。
そんな感想を抱きました。
うん、やはり、気持ちが散らかったままですので、まとまりのない文章になってしまいました。
でも、面白かったですよ。
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安倍首相がTwitterで話題にしたことが、読むきっかけだった。映画『永遠の0』『風立ちぬ』『終戦のエンペラー』を通して大東亜戦争、特攻とは何だったのかを読み解いていく(筆者の考えを通して)ものだ。
「特攻」「零戦」が大きく取り上げられた時期だけに、誰が、どのようにあの戦争を振り返っているのかには大変興味があった。「あの時代、日本人として潔しとされる美しい生き方(筆者の考えによる)があった」のだと、私は理解したつもりでいる。
本書で取り上げられた3本の映画だが、題材、作り手、主題によって、「あの戦争」は様々に描かれているのが解る。未だ観ていない『終戦のエンペラー』を観てから、再読してみようと思う。
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『永遠の0』『終戦のエンペラー』『風立ちぬ』の3作を読み解く。先人の努力の上に今の日本の平和があることを今一度思い起こさなければならない。
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実は、『永遠の0』を読んでから、何故百田尚樹さんがあの本を書いたのかといふ意図が能く解らなかつた。なぜなら『永遠の0』は読み方によつては反戦思想の物語にも読めるし、たんなるヒューマンドラマにも読めるからだ。しかし、この本を読んでから、疑問が氷解した。私の読み方が甘かつたのだつた。また、本書の中に引かれた英霊の遺書には涙を禁じ得なかつた。『永遠の0』解説本として好適。
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映画『永遠の0』『風立ちぬ』『終戦のエンペラー』について読み解いてあります。
映画を見た時の違和感の正体が解りやすく書いてあり納得。
後半、少し表題より作者の主張の方が強い感じがしました。
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日本人たるの矜持を失ふ勿れ
平時に処し猶ほ克く特攻精神を堅持し
日本民族の福祉と世界人類の和平の為最善を尽せよ
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私が観た映画のことが書かれていたので学校の課題用に購入しました。永遠の0をべた褒めしすぎかなと思いましたが私もそう思ったのでまあそれはいいとして、全体的に読みやすかったし偏見があるような気もしますが戦争映画の考察としてはよい文献だったと思います。