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信長軍団に学ぶ処世の法則
著者 加藤廣
著者は52歳までサラリーマン人生を歩む。その後経営コンサルタントとなり、60歳を境に作家をめざす。紆余曲折を経て、74歳で出した『信長の棺』が24万部を超えるベストセラー...
信長軍団に学ぶ処世の法則
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信長軍団に学ぶ処世の法則
商品説明
著者は52歳までサラリーマン人生を歩む。その後経営コンサルタントとなり、60歳を境に作家をめざす。紆余曲折を経て、74歳で出した『信長の棺』が24万部を超えるベストセラーに。続く『秀吉の枷』(上下巻)も発売1カ月足らずで16万部である。最初から作家として華々しくデビューしたわけではない。そんなサラリーマンの心根を知り尽くした著者が、常々関心を寄せていたのが「破天荒な上司、信長」であり、「処世に長けた秀吉」である。さらに、「子飼いの柴田勝家」や「中途採用組の荒木村重」たちである。今日の能力主義が持て囃される企業組織と比べたとき、織田信長の軍団はわれわれに「処世の法則」を示唆する。著者はリーダー信長を冷静に分析する。残忍性のルーツを解き明かし、一方で民主独裁制による理想の経営者像を見る。本書は若手から中高年ビジネスマンまでが学びたい処世術とリーダーの姿、組織のあり方を教えてくれる。
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紙の本
水平思考で第三の道を探る秀吉
2010/08/08 10:54
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:MtVictory - この投稿者のレビュー一覧を見る
著者が小説「信長の棺」を出したのは何と74歳(2005年)のこと。本書はこれが売れる以前に人事関係の雑誌に連載していたものをまとめた本。信長軍団の武将たちの「処世術」、生き方に迫り、現代ビジネスパーソンが「企業組織で生き残っていくためのヒント」を読み取っている。子飼いの代表・柴田勝家、準子飼いとして秀吉、中途採用者として光秀と荒木村重らを主に取り上げている。言い換えれば、「中間管理職の処世術」の本である。
「個々の武将に対する視点は、文筆だけに生きてきた歴史小説家たちとは一味も二味も違ったものになっているはず」と、作家転身以前のビジネスの世界での実務経験から来る自負を「まえがき」に書いている。戦国時代は成果主義、能力主義だった。特に武人は、明日は命はないという環境で必死に生きようとしていた。そういう意味では単純に現代のビジネス社会と同列に比較してよいのかとも思う。
北陸での上杉家との戦いの際に、方面軍の軍団長である勝家と、後詰に派遣された秀吉との諍いは、主君を同じくする組織内での権力闘争、出世競争であった。企業内でもありそうな話だ。急成長する秀吉が面白くない勝家が、彼の弱体化を狙って、精強で知られる上杉軍に秀吉軍を直接ぶつけさせると見て、秀吉は骨折り損はしたくないと戦線離脱、勝手に帰国して、信長にも責められる。それでも、上手く言い逃れして、別の戦いで挽回し、首をつないでいる。
第七章では秀吉の処世術の見事さを二点挙げている。
~上司選びの視点、危機に際しての水平思考
水平思考とは「第三の道を捻り出す思考」だとする。合戦で敵の攻撃に晒されると同時に、組織内ではライバルの出世に対し嫉妬し、足を引っ張る者たちによって窮地に追い込まれることもある。そうした中で秀吉は第三の道を探ることが出来たのが並の同僚たちとは違った点のようだ。そういえば最近、菅首相が「第三の道」云々と発言していたが、秀吉のような妙案を果たして捻り出せるだろうか。
複数回に渡る一向宗徒の大虐殺に嫌気がさした武将たちは、信長の支持に従わず生け捕りにしたという。徐々に暴君・信長から部下たちの心は離れていった。
村重が謀反を起こしたときに、改心するよう説得のために向かった黒田官兵衛の息子を人質に取った信長は、官兵衛が戻らないのにキレて、秀吉に人質を斬るよう命じたことがあった。このとき秀吉は人質を隠した。これも命令違反だ。信長は怒りに任せて、秀吉に懲罰を与えそうなものだが、ここも秀吉は乗り切っている。織田家の出世頭の秀吉を切ることはさすがの信長にも出来なかったのだろう。甘いといえば甘い。「信長はダメ上司」という本が書けそうだ。
著者は光秀の謀反に対して、「単なる私欲で天下を取ろうとするような野心家」ではないとする。それは「良識と勇気のある信長の家臣なら誰もが行なわなくてはならない正道だった」と擁護する。「秀吉が仕切りに主君親子の中国遠征への参加を求めていた本心」は「親子を抹殺する陰謀の可能性」もあるとしている。都から離れた最前線で戦死したように見せかけようと考えていたかも知れない。
信長のような危険な上司に対しては、「一定の間隔を置き、必要以上に中に立ち入らないこと」、もし間隔を置けないような状況にさせられそうになったら「仮病を使ってでも逃げるべき」とアドバイスする。その距離感のとり方が秀吉は絶妙だったのだろう。信長のような上司が現代にいかほど存在するのかは疑問だが。
信長の人材登用のうまさが評価されることがあるが、競争させて、有能な者は抜擢して、こき使っただけとも言える。人事をテーマにしている本として、いま「歴史から学ぶとすれば」として、能力主義については「今のような安易な判断基準は持てない。もっと深い、洞察力を要する」、謙虚さや「個性を尊重した多角的判断」を加味するべきで、人間観の根底には愛情も必要だと語る。残念ながら信長にはそうした視点は欠けていた。
最終的に、信長は上司の器の限界を露呈していき、光秀という良識と勇気のある部下の反逆にあう。ワンマンオーナーの孤独である。経営者はどう処世したものか?