「honto 本の通販ストア」サービス終了及び外部通販ストア連携開始のお知らせ
詳細はこちらをご確認ください。
このセットに含まれる商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
あわせて読みたい本
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
この著者・アーティストの他の商品
前へ戻る
- 対象はありません
次に進む
紙の本
傑作は50年後も古びない。
2009/11/19 14:36
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:伊豆川余網 - この投稿者のレビュー一覧を見る
清張の長編は、ほぼ読んでいるが、間違いなくベスト3に入る傑作。
(ほかの2作は、『点と線』『Dの複合』『砂の器』『黄色い風土』からどれか、か)
生誕100年で清張がいろいろと採り上げられ、再映画化の宣伝でさらに話題になっているので、学生時代以来久しぶりに再読しようかと思っていた矢先、このカッパノベルス版が新装版として出たので、購読した。
「創刊50周年特別版」とあり、解説(山前譲)によれば、最初の刊行が、1959年12月。この年、この月が、光文社カッパノベルスの創刊だったとのこと。連載は同じく光文社「宝石」で、1958年3月号から60年1月号までだから、ほとんど、連載完結と同時に単行本化されたことになる。新シリーズ立ち上げに清張(100年-50年だから、当時50歳の働き盛り)の最新作を投入した当時の光文社の力の入れようが想像されるし、それに値する作品だ。
再読して改めて感服するのは、清張の視点の卓抜さ。
刑事でも探偵でもない主人公が、手探りで“事件”の謎に近づいていくというパターンそれ自体は当時にあってもことさら新基軸ではなかったはずだが、新婚早々失踪した夫の行方を探る若い妻、という主人公像の巧みな設定が、物語の鍵を握る「遺書」や「登場人物の過去の仕事」などのアイデア以上に、作品成功の最大の功績であることは間違いない。
物語は当初、定石どおり主人公(と読者)を不安に陥れるべく、ゆっくりとした進展しか示されない。その結果、世間知らずだった女主人公に、読者は苛立つよりも共感する。謎解きそのものは、ある程度誰でも見当がつく。むしろそれ以上に読者の関心をつなぐのは、主人公の変化。彼女は、事件の経緯を探る過程で、2週間たらずの結婚生活だった夫の、「妻」であることを強く意識し、人間的に強くなる。ここに、半世紀後も読み続けられる本作の最大の魅力がある。
また、最初の長編『点と線』が、今に至るまで「時間」と「空間」のアリバイ崩しと、いわゆる「トラベルミステリ」の原典になっているように、この作品では、上記の《犯罪素人の主人公の試行錯誤》という設定に加え、興味をつなぐいくつかの要素の対比が、その後の「旅情サスペンス」的読み物(およびそのTVドラマ化)の定番を、用意したのではないか。
すなわち、[1]都会と地方(生活)の差。[2]見知らぬ土地での滞在がもたらす不安と、それと背中合わせの日常性からの離脱。[3]伝統の文化が醸し出す安定感と、荒涼たる風土が生み出す圧倒的な自然の力。そして、[4]移動の不便さから生じる混乱と、場面転換の効果。それらの総和としての“旅情”。
これらの順列・組み合わせで、たいていの「トラベルミステリ」は出来上がるだろう。その先覚者、もしくは日本における最も効果的な実践者だった清張は、この作品で、冬の雪国、しかも地方都市として人気実力とも(恐らく今も)評価の高い金沢、およびその後背地である怒濤轟く能登海岸、という絶好の舞台を用意した。解説の山前氏が称賛するように、「数ある日本のミステリーのなかでも、物語と舞台がこれほどマッチしている長編もない」。
映画は、旧作も新作も見た。それぞれ時代を感じさせるし、演出の工夫を楽しめるが、映像化の特色として、新旧2作とも3人の女性の描き分けが要になっている。これは女優あっての映画だから当然だが、原作では、加害者の女も被害者の女も、その「実像」は描かれず、両者が接触する場面も(主人公の視野の圏外だから当然だが)、描かれない。
昔読んだときは、これがもの足りなかった。だが今回読み直して、むしろ彼女たちの“実像”が描かれぬまま、つまり、彼女たち自身による“知られたくない過去”への言及がいかなるかたちでも綴られぬまま(あくまでも、主人公自身が足と耳目で得た知識とそこからの類推だけで)、二人がこの世から「退場」する原作の叙述のほうが、主人公の「妻」としてのやりきれなさと「女」としての共感が滲み出ていて、余韻がある、と納得した。
もう一つ、原作にあって、新旧の映画にはない点は、夫の同僚の役回り。親身になって捜す誠実さは、原作も両映画も共通だが、原作では、その過程で同僚の男が、主人公に対してあからさまではないものの好意を寄せ、それに主人公が気づいて困惑する、という心理が描かれる。このあたり、連載読み物のストーリーテラーとして、清張の手練れぶりを感じる。
書名の由来は、最後の数頁で暗示的に示される。その含意は、最後数行に描かれたあらゆる情景(ここまで描き継いできた風景と心理の相乗)とともに、意味深長な書名の多い清張作品のなかでも白眉、といっていい。