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紙の本
「文学のふるさと」のようなメルヘン
2009/10/19 12:44
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:analog純 - この投稿者のレビュー一覧を見る
少し前(かなり前?)の話題ですから、今はどうなっているのか分かりませんが、岩波書店がインテリゲンチャ(この「インテリゲンチャ」ってどんな人達なんでしょうか。文化人とか大学教授とかですかね)に、「岩波文庫の中でもっとも心に残っている作品は何?」とかいったアンケートをしたら、中勘助の『銀の匙』が一等賞に選ばれて、岩波側もビックリした、といった記事を読んだ事があります。
何となく感じがよくわかりますね。
「えー、まさか一等賞?」という感じと、「そう言われれば、なるほどねー。」という感じと、両方において。
漱石の絶賛による『銀の匙』、私も読みました、若かった頃。
でも今振り返ってみると、その頃はたぶん、もう一つ面白いとは感じなかったんじゃないかと思います。
しかしあの頃は、今に輪をかけて「軟弱者」でしたから、漱石が絶賛している以上面白くないわけがないと、たぶん、思っていました。(うーん、我が事ながら、非常に情けないですねー。)
今考えますに、中勘助の作品の凄さというのは、既存の作品からの影響関係がほとんど読みとれないような圧倒的なオリジナリティーに、その根拠があるんですね。
「漱石が言ってるんだからその通りだ。」という思考の極北であります。反省。
で、『銀の匙』については、分かったような分からないような感想を持ちながら、その後私は、同じくその頃岩波文庫にあった『犬』という小説を読みました。
この小説は、衝撃的でしたねー。
どう衝撃的だったかというと、「衝撃的」としか言えないような衝撃の具合です。うーん、すごかった。(「阿呆」のような文ですね。)
かつて、深沢七郎が『楢山節考』で中公新人賞を取った時、選考委員をしていた三島由紀夫が、絶賛しながらもしきりに気味悪がったという話があります。
自らを三島に例えるつもりはさらさらありませんが、この「愛欲」の極みを描いたような『犬』も、気持ちの悪い事この上ありません。
でも、これも圧倒的なオリジナリティーの産み出した物だと考えると、あの、「メルヘン」そのもののような『銀の匙』と同作者だと納得がいきます。
オリジナリティーとは、本来、無色透明な価値であります。
中勘助は、全体に、「気味の悪い」作家です。
ただ、この「気味の悪い」という表現は、なんと言っても、褒め言葉です。
そもそも優れた作品はどこか気味が悪いですね。
上記の『楢山節考』しかり。詩においても、萩原朔太郎の『月に吠える』は言うまでもありませんが、一編一編の作品でも、例えばサトウハチローの『小さい秋見つけた』なんてのも、少し気味の悪いフレーズがあったりしますよね。
結局この気味の悪さは、「剥き出しの生」というものに直接触れた作品の持つ共通項ではないでしょうか。
つまりは、「生」こそが「気味が悪い」、と。
まるで、太陽は直視できない、というのと同様でありますね。
なるほどそう考えれば、比較的ナチュラルに感じられます。
ともあれ『菩提樹の蔭』も、どこか「気味の悪い」作品です。
メルヘン仕立てになっていますが、子供向きとは思えません。(いえ、やはり子供の方が、読者としてはいいのかも知れません。)
舞台は昔の印度ですが、いかにもそんな民族衣装の似つかわしい、何か、「氷の彫刻」の様な作品です。
そういえば、坂口安吾が、『伊勢物語』の有名な「芥川」の段を取り上げて、この冷たさと美しさこそが「文学のふるさと」だと、言っていました。
このメルヘン、やはり「文学のふるさと」の一つかも知れません。