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紙の本
反転する世界
2006/06/07 00:39
3人中、3人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:中乃造 - この投稿者のレビュー一覧を見る
後にライトノベルレーベルから発行された点をみても、この作品はジュブナイルホラーと定義されるようです。しかし私はその位置づけに正面からは賛同できません。例えば将来、中学生くらいの自分の子供がこれを読んでいたら、取り上げてしまいたくなる。だから子供は、親の偵察に備え机の上に勉強道具をセッティングしたうえで、こっそりとページを捲ればいいのです。そんな読まれ方が似合う小説だと思います。
ある日、主人公・広田の住む街の野外劇場に、奇妙な見世物がやってきます。カメラ・オブスキュラ。そもそものカメラの原理であり、暗い部屋に外の景色を映し出すという。それを見に行った広田と高橋は、原理上ありえないものをそこに見ます。
良子を交え冗談まじりにやったコックリさんのお告げ、霊界ラジオ、禍々しいものが広田達の生活に染みのように広がっていきます。
ホラーとしては申し分ないどころではなく、特に広田が見る白い目玉の夢は、いい大人が……と自覚しながらも「怖いよぅ」と涙がにじむほどでした。
様々なオカルト的モチーフは、ともすればB級にもなりえます。しかしこの作品がそうでないのは、登場人物達に通う血のせいでしょう。精神に異常をきたしたかのような友人を見る、広田の視線。それは「まっとうに」温かいもので、彼の視点を得ている読者は、一笑に付すことができません。
広田は、複雑に絡み合う糸をほどいていくように事実を追究し、やがて全てを明らかにするために自分から行動を起こしてく。その傍らには良子がいます。
この流れは一種の典型であり、不穏な雰囲気や神経に響く繊細な表現はさしおいても、ある意味落ち着いて読み進めることができました。
しかし終盤は、歴とした幻想小説であり、妥当な期待はことごとく打ち破られました。水族館の地下に隠されたもの、それは生半可な現実感を裏切りどこまでも飛翔します。迫るというよりは叩き付けられるイメージはあまりに強烈で、圧倒されるよりありません。
そして誰もが、本当の意味では還ってこない。カメラ・オブスキュラに閉じこめられたまま。
この読書体験はあまりにも衝撃が大きすぎると、理性ある大人が不安になっても仕方ないと思うのです。
非常に印象に残っている場面があります。地下室で、貯水槽への道を確信した時に良子が見せる微笑みです。この笑顔の理由は、作品中で結局明らかにされていないようです。
これは良子が「少女」だったからではないかと私は感じました。作品中、回想の形を取って、十六歳と十八歳のふたりの少女の物語が挿入されています。この場面の美しさはちょっと筆舌に尽くしがたい。紛れもない妖しさ、しかし完璧な透明感。ふたりの少女は薄いヴェールでこの世と隔絶された場所にいました。
良子はちょうど、その時のふたりと同年代にあたります。賢いけれど少しミーハーな、全く普通の女子高生であった良子ですが、彼女たちと通じるものを潜在的に持っていたのではないでしょうか。それはもしかすると良子に限らず、ある年代の少女の特権とも呪縛とも言えるものかもしれません。
その点において広田とは決定的に違っていた良子だからこそ、間もなく来るその瞬間を前に微笑んだのではないか。そんな気がしてなりません。