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- カテゴリ:一般
- 発行年月:1994.5
- 出版社: 早川書房
- レーベル: ハヤカワ・ミステリ文庫
- サイズ:16cm/396p
- 利用対象:一般
- ISBN:978-4-15-077305-2
コンチネンタル・オプの事件簿 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
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紙の本
ハードボイルド。アメリカ。
2002/04/12 14:44
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投稿者:戸波 周 - この投稿者のレビュー一覧を見る
本書は、言わずと知れた米国初期ハードボイルドの大家、ダシール・ハメットの連作集「コンチネンタル・オプ」ものの数編をおさめた短編集である。主人公はコンチネンタル探偵社所属の「名無しのオプ(調査員)」(全編とおしてズバリ一人称「おれ」のみ)。小太りの見た目は冴えない中年男だが、危機にのぞんではしたたかさと粘り強さ、そして冷酷さを発揮できる名調査員である。本書にはオプ初登場作である「放火罪および手」や、のちに長編「赤い収穫」(黒澤映画「用心棒」の元ネタになった)へと発展した中篇「血の報酬」など、オプシリーズのなかから「初登場」「連作」「中篇連作」「異色短編」「オプ最後の事件」とバランスよく取り揃えてある。
この連作集が書かれたのは、急激な工業化と発展によって未曾有の繁栄を現出すると同時に、広がる貧富の差から激烈な犯罪が発生しはじめた、禁酒法とギャングに象徴される1920年代である。全編に暴力と殺人、血まみれた一攫千金の夢が満ちあふれ、しかもそれらをきわめて乾いた描写で放り出してあるハメットの作品に代表される、のちに「ハードボイルド」と総称される小説群がこの時期のアメリカに生まれたのは偶然ではない。こう書いていけば誰もが思い出すのが作家の船戸与一の指摘だろう。
「ハードボイルドとは、帝国主義下の文学である」。すなわち、急激な工業化と次々に到着する移民労働力のすさまじい搾取、そこから生じる人種の多様化と莫大な貧富の差をかかえた「高度工業化社会と内部植民地を同時にもつ地域」であるアメリカにこそ、この過酷な文学が発生する土壌があったというわけである。事実、ヨーロッパでは「ハードボイルド」ではない探偵小説やスパイ小説がのちのちまで主流であった。明らかに「ハードボイルド」とその過酷な形式がアメリカ文化のものだったこと、やはりヨーロッパ人には違和感(それは「かっこいい」という激しい憧れともなる)があったことを知るには、英国の作家ジョージ・オーウェルが自国の穏健な怪盗紳士小説とアメリカからやってきた過酷なハードボイルドの形式とを対比したみごとな批評「ラフルズとミス・ブランディッシュ」(『オーウェル評論集』岩波文庫に収録)を一読すればわかる。
本書におさめられた短編集を読み、ハメットの乾いた描写の向こうに透けて見えるのは、そうした「過酷な社会」アメリカが獰猛さを剥き出しにしていた時代だ。そしてそれはもちろん、「過酷な大地」だったかつての西部が剥き出しにしていた獰猛さともつながっていることはお分かりだろう。だが、ハメットの文章には突き放した非情さ、無機質な乾いた描写だけではなく、時としてまったく不釣合いなセンチメンタルさが顔をのぞかせることがある。例えば本書の「銀色の目の女」「血の報酬」のラスト(読んでくれとしか言えぬ)。しかし、ハメットの文体には一見まったく似合わない、中年男がもごもごと愛の言葉を口ごもっているような、そんな不器用なセンチメンタリズムもまた、いっそうハメットの小説世界を引き立てているのだろう。
ちなみに、いま述べたような「過酷な社会」の条件はこれからのロシアと中国に凄まじいハードボイルド文学を生み出す可能性がある(いや、もうあるのか)。期待大だ。