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収録作品一覧
思凡 | 孟京輝 著 | 7-34 |
---|---|---|
逃亡 | 高行健 著 | 39-77 |
鳥人 | 過士行 著 | 81-148 |
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紙の本
華人初のノーベル賞作家・高行健の亡命後第1作『逃亡』を所収。人物たちの内部の葛藤、そして外部との葛藤によるエネルギーが弾ける中国の現代演劇。
2003/12/09 20:55
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投稿者:中村びわ(JPIC読書アドバイザー) - この投稿者のレビュー一覧を見る
実に地味な本である。だが、1994年に出た本書は2000年に版を重ねている。
この第1集には、孟京輝『思凡』という中国伝統劇である昆劇と『ボッカチオ』に題材をとったコメディ作品、ノーベル賞作家である高行健が1989年の天安門事件に影響を受けて書いた『逃亡』、1990年代前半の国営劇団上演の傑作と言われている過士行『鳥人』が収められている。
プロの興行として採算が成り立つかどうかは心もとないが、いずれも舞台装置が大げさなものではないし、良いテーマに貫かれた作品だと思うので、学生演劇でもよいから上演されないものだろうか(日本での上演記録までは確認していないので、すでに上演歴がある場合はお赦しください)。なかでも高行健の戯曲は、新作がヨーロッパで上演されたという話題もある。畢生の大作とも言うべき小説『霊山』の邦訳が出たばかりでもあるので、国内の演劇人に少しでも注目してもらえないものかと願っている。
1928年に「話劇」と名づけられた中国現代演劇の歩みについては、巻末に簡にして要を得た解説がついている。文化大革命期というブランクを経て、天安門事件による短期間の思想引き締めを乗り越え、演劇界がどのような方向へ向かっているかということが書かれている。
『思凡』『鳥人』の2作品は、設定を政治とは関係のない状況下に置きながらも、演出の力も絡めて体制批判的なメッセージを観客に読み取らせる含みをもたせた内容になっている。個人に屹立してある体制(ないしは制度)との葛藤をそこに投影して眺めることは容易だ。
それに対し『逃亡』は、内戦あるいは戒厳令といった非常事態下にある閉ざされた空間。明らかに政情を反映させたと思われる設定のなかにあって、若い女子学生、男子学生、そして作者本人を彷彿とさせる中年男性の三者が、性差や世代差を意識しながら、それぞれの内なる葛藤へと踏み込んでいく。
小説『霊山』に鮮烈な印象を受けたあとだから、このような読みになるのかもしれないが、政治のような「個」対「制度」の葛藤を過ぎ、恋愛というひとつの極限状況におかれる男女の葛藤も過ぎ、個人の意識に内在する「制度や他者という外部」との葛藤にこだわるこの作家のベクトルに強く惹かれる。自分に刃を向けて斬り込んでいくような台詞の応酬に宗教性は感じられないのだが、或いはこの姿勢こそが解脱に至ろうとする仏教僧の修行に通ずるのではないかという気がしてきた。
「中年/人間も犬と変わりがないな、いろんな点でちょっぴり利口なだけで」
(中略)
「娘/人間って犬より根性わるいのね」
「中年/自分の命だってあぶないんだ、犬までかまってられるか」
「娘/でも犬が人間を助けるときは自分の命なんかかまってないわ」
(『逃亡』48-49P)
これは年の離れた男女の間に横たわる「人間」や「犬」に対する見方の違いを描きながら、ふたりの間にどうしようもなく横たわる深い溝を認識させるような言い合いではある。しかし、利己心ないしはegoによって裏打ちされる人間の社会的側面を、動物の生物的側面と対比させているようにも読める。重層的な読みを可能にする戯曲が、人の声と動作と舞台装置を得てどのように起ち上がるのかに非常に興味がある。