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紙の本
現代版、牧師館の殺人
2002/06/07 19:22
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投稿者:キイスミアキ - この投稿者のレビュー一覧を見る
本格ミステリの新たな旗手ジル・マゴーンによる、デイヴィッド・ロイド主席警部&ジュディ・ヒル部長刑事シリーズ第二弾。
シリーズの愉しみとして、前作から続く日常が描かれている。この日常に暮す数少ない登場人物たちは丹念に造形され、ときには悩み暗鬱たる気持ちを味わい、細やかなきっかけを得て光明を見たように感じながら、架空の小さな町で暮らしている。作中に登場する架空の人物は、当然それだけで虚構の存在なのだが、マゴーンの描く人物たちの存在は活字を通して読者に余韻や残像を残し、空虚さをまったく感じさせない。
前作と比べても、繊細な心理の描写に磨きがかかっている。女性の思いから新しい驚きを感じさせられ、男性の感情には既視感を覚えた。異性と同性の差を感じさせられたのは、それだけ人物たちがよく描けているという証しだろうか。社会や年齢は違えど、人の気持ちには普遍的な何かがあり、時代を経たとしても変わらないことは、優れた文学が百年の後にも愉しまれていることが示している。とすれば、マゴーンの描く男女の在り方も、もしかすると後年に評価されているかもしれない。ジル・マゴーンは優れた本格ミステリの論理を構築する作家であると同時に、物語へ情緒を織り交ぜることが出来るという才能を持ち合わせている、特別な作家なのだ。
この《現代版、牧師館の殺人》には、インド軍の大佐やオーストリアの教授、社交界の伊達男といったお馴染の面々が登場する代わりに、本家クリスティ作品を彷彿とさせるエピソードや小物がふんだんにちりばめられている。こういった趣向もミステリファンには嬉しいところ。クリスティの某作品を想起させられる二度殴られた死体を始めとして、謎めいた台詞や滑稽な光景、メリハリの着けられた展開が愉しい。
同じ職場の同僚であり、捜査をする探偵でもあるロイドとヒル2人の関係に変化が見えている。ロイドとヒルは、不倫の間柄を未だに続けているのだが、今回の事件をきっかけとして関係の在り方を変えようと苦心していく。その方法として、ロイドは衝動的に行動することを選び、ヒルは理性的であろうと悩む。捜査においても、ロイドは直感的であり、ヒルは論理的と、問題に際して対処する方法は事件も人間関係も同じというところが面白い。
前作では、どちらかといえばロイドが理屈っぽく推理を進め、ヒルは想像力の点で彼に優った推理を展開していた。本作でもヒルは直感の鋭いところを見せているのだが、始終メモをとりながら、事実を重ねていく細かな作業に徹している。ロイドとヒルのコンビは、探偵としてほぼ同等の能力を持ち、方法論は共有する部分とそうではない差異を互いを助ける個性としつつ、本格ミステリの謎を解いていく。決まりきった役割を演じるのではなく、作品によって事件の解決に対する貢献が異なっていくことは、同等の力を持った2人の探偵が組んだコンビという点と併せて、マゴーンの世界を読み解き愉しむ上で興味深い。
事件の冒頭と中盤に登場する、病理学者の役割がとても機能的なことにも注目したい。彼は、一般的な意見を持ち、ロイドたちの推理に反目する役割を担っているのだ。専門家として、死体に関する情報を提供するだけではなく、ホームズに対するワトスンのような読者にとっては疑いたくなるような規準となる意見をたんたんと述べてくれる。
ロイド&ヒルのコンビでは、ときにはどちらかが聞き役になることがあるのだが、完全なワトスン役が常在しているわけではないから、脇役に機能的な人物を置くという工夫をしているのだろう。このあたりからも、マゴーンの非凡さを感じさせられる。