紙の本
人間は、どこでもそんなにかわらない
2001/10/17 10:29
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投稿者:小田中直樹 - この投稿者のレビュー一覧を見る
一昔前、「イスラム原理主義国家」っていえばイランだった。世界を驚かせた革命、「イスラーム法学者による統治(ヴェラーヤテ・ファギーフ)」の採用、そして「革命の輸出」(九五ページ)。でも、それから四半世紀近く経って、イスラム原理主義国家って聞いたら、僕も含めて大抵の人がすぐに思い浮かべるのはアフガニスタンやスーダンだろう。イランは変わったんだろうか。
この本のなかで、著者の桜井さんは、イランの歴史を簡単に辿ったあと、イラン・イラク戦争、亡命者、神学校、教育、女性といったトピック毎に、自分の体験と資料やデータを織り交ぜながら、最近のイラン人の日常生活と、その変化を描き出した。農地改革や労働者への利益分配や婦人参政権や識字率の向上といった、僕らの目にはプラスに映る政策を実行した国王パーレビに対して、なぜ人々の不満が高まって革命が起こったのか。イラン・イラク戦争がイランにもたらしたものは何だったのか。なぜ神学校があんなに重視されたり、法学者が統治を担ったりするのか。宗教にもとづく教育のメリットとデメリットは何か。女性にとって、イスラム化はメリットがあったか。革命と革命後の政治を指導したホメイニ亡きあと、イランはどこに向かったのか、これからどこに向かっていくのか。こういった、僕みたいなイランの素人にも興味深い問題が、次々に取り扱われる。
この本のメリットは次の二つだ。第一、イラン人の日常生活を詳しく、でもわかりやすく説明したこと。一九七〇年代前半の石油危機から産油国イランが得た利益は農村部の貧しい人々には届かず、彼らの不満を高めた。神学校は、情報と人脈とカネ(資金の徴収と再配分)のネットワークとして機能してる。革命後には「教育のイスラーム化」(一二四ページ)が進められたけど、教育の普及が雇用の促進につながらないっていう問題が残ってる(イランの人口の約半分は二〇才以下なので、これは大問題なのだ)。女性の就労にとって、イスラム化は功罪の両面があった。こういった知識があれば、僕らも、「文明の衝突だぁ」って騒いで、必要以上にイランを警戒しなくてすむはずだ。イランの社会システムは僕らのとはかなり違うけど、そこに生きる人々の姿は、僕らとそんなに違わないのだ。
第二、ともすればネガティヴに描かれがちな「イスラーム法学者による統治」にもプラスの面があるって教えてくれたこと。たとえば、教育のイスラム化は、男女の隔離をもたらしたけど、他方では、私立学校を公立化したり、教育を無償化したり、大学入試に「地域志願者割当制度」(一三二ページ)を導入して辺境地域の進学率を上げたりして、教育格差を是正もした。女性のイスラム化はヴェールの着用を事実上義務付けたけど、他方では、ヴェールの下に隠れることの気安さをもたらしたり、女性を対象とするサービスは女性がするのが原則だから女性の就労を促したり、女性が教育を受ける機会を拡大したりした。ものごとには常に両面があるのだ。
もちろんこの本には不満もある。二点だけ挙げておこう。第一、革命が起こったり、ダークホースだったハタミが大統領に当選した背景には、人々の経済的な不満があった。でも、経済的な不満が政治的あるいは宗教的な行動を生み出すには、何らかの触媒が必要だ。イランでは何がその機能を果たしてるかがわからない。第二、イスラム教とイラン・ナショナリズムの関係がわからない。桜井さんは、一方では革命後の神学校で使われる言語はペルシア語になった(つまりイスラム教とナショナリズムは結びつく)っていいながら、他方では「イスラームとナショナリズム……の激しいせめぎ合い」(二〇五ページ)を強調する。この点をもう少し説明してほしかった。つまり、説明の枠組が説明不足なのだ。[小田中直樹]
紙の本
2001/09/02朝刊
2001/09/06 22:16
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投稿者:日本経済新聞 - この投稿者のレビュー一覧を見る
性急な近代化を進めた国王とそれにより利益を脅かされた宗教層の激しい対立や、ともに王政を倒した勢力の中で高位聖職者らが勝ち残り、支配体制を確立させた過程をわかりやすく描く。イランは市民生活を規制する厳しい戒律でもっぱら知られるが、政治的な理由などで祖国を離れて欧米に移住した人たちや世界各地から留学生を受け入れネットワークを広げるイスラム神学校の現状などにもページを割いている。
(C) 日本経済新聞社 1997-2001
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(2004.01.27読了)(2002.03.30購入)
副題「神の国の変貌」
1978年までのイランは、パーレビ国王の下で順調に近代化が進んでいると思われたのに、1979年パーレビ国王が国外脱出し、宗教指導者のホメイニーがフランスから帰国し、イスラム革命が成功した。近代化は否定され、イスラム教に基づいた政治が行われるようになった。
この混乱に乗じて、1980年9月にイラクがイランに攻め入り、イラン・イラク戦争が始まり、8年に渡り戦闘状態が続いた。
1988年8月停戦が成立し、平和が訪れた1989年6月、イスラム革命と、イラン・イラク戦争を乗り切った最高指導者ホメイニーがなくなった。
1990年8月イラクがクウェートに攻め込み、湾岸戦争へと続いてゆく。
2001年9月11日イスラム過激派によるテロ事件が起こり、アメリカ等によるアフガニスタン、イラクへの攻撃へと続いてゆく。
1990年代は、イランは国際社会から消えてあまり話題にならなくなった。でもここ数年イラン映画が話題になり、アメリカとの関係ももう一歩で再開できそうな状態になってきた。
ということで、1979年からのイランで何が起こっていたのかを知るためにこの本を読んだ。
パーレビ国王の功績として最も大きな功績は、農地改革をあげることができそうだ。
農地改革は、三段階で実施された。第一段階は1962年で、大地主を対象にし、所有限度を1人一村として大地主から収用した土地は農民に有償で配分された。第二段階は1963年で、主に中小地主と宗教寄進地を対象に実施され、所有限度を越える土地は定額で農民に貸し付けられた。第三段階は1968年で、第二段階の改革で定額借地農となった農民に所有権を与える法律を作り多くの自作農が誕生した。地主層や宗教勢力の激しい抵抗の中で断行された事は評価していいことだと思う。
第2の功績は、婦人参政権を与えたこと。女性に選挙権と被選挙権を与えたこと。1963年に実現している。これも宗教勢力の反対にあっている。イスラームの女性観に反するというのだ。
第3の功績は識字率の向上で、兵役期間中の高卒以上の若者を僻地に派遣し識字教育に当たらせ、10年間で農村における男子の識字率は、25.4%から43.6%に上昇した。女子に関してはよそ者の青年を警戒しあまり学校へやらなかったため、4.3%から17.3%への上昇にとどまっている、ということだが、それでも十分評価に値すると思う。
近代化を進めた結果として、都市と農村の格差が進みそれが1979年のイスラーム革命に繋がったというのだが、この辺の事情はよくわからなかった。
1979年12月に制定された憲法では、すべての法律と規則はイスラームの規準に基づかなければならないと規定されている。イスラーム法学者が重要な位置を占めることになる。
それでも憲法や法律が作られるだけましといえるかもしれない。コーランがそのまま直接、統治のための原典にされてしまってはどうしたらいいか困ってしまう。
新国家では、貧困層に対するいろいろな救済措置が取られているようで、大学にも貧困層に対する一定枠を用意したということだ。ただ、入れてもらったはいいけど、学力が不十分で授業についていけず十分な効果が出ていない等の問題はあるようだ。
女性のヴェールについては、1936年に、ヴェール禁止令がでたが、イスラームの教えに反するとか、貧困層ではヴェールなしで人前に出られる服がないという理由で、反対が多く、1941年にヴェール禁止令は撤廃された。しかし、都市部ではヴェールを着用しない女性が増えたということだ。ところが、イスラーム革命の結果、再度ヴェールの着用が義務づけられた。女性にとってイスラーム革命は、多くの点で権利の後退を招いたようだ。
全体的には、生活は安定化し、向上に向かっているようで、イスラーム革命で、海外に逃げた人たちも戻りつつあるようだ。
●関連図書
「イラン 栄光への挑戦」和泉 武・坂本 弘樹著、日本貿易振興会、1978.05.25
「イラン体験」五十嵐 一著、東洋経済新報社、1979.07.16
「イラン人の心」岡田 恵美子著、NHKブックス、1981.06.20
「隣のイラン人」岡田 恵美子著、平凡社、1998.05.20
「イラン日記」大野 盛雄著、NHKブックス、1985.10.20
「イラン農民25年のドラマ」大野 盛雄著、NHKブックス、1990.01.20
(内容紹介) amazon
1979年2月11日,ホメイニーの革命は中東随一の近代国家イランを,女たちの黒いヴェールに象徴される神の国に変えた.女性,移民や亡命者,殉教者,神学生,学生や若者たちの模索の跡をたどり,イスラームと西洋的な価値観の共存という世界の最先端の課題を生きる人々が,いま何を考えているかを共感をこめてえがきだす.
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[ 内容 ]
1979年2月11日、ホメイニーの革命は中東随一の近代国家イランを、女たちの黒いヴェールに象徴される神の国に変えた。
女性、移民や亡命者、殉教者、神学生、学生や若者たちの模索の跡をたどり、イスラームと西洋的な価値観の共存という世界の最先端の課題を生きる人々が、いま何を考えているかを共感をこめてえがきだす。
[ 目次 ]
1章 革命の渦へ
2章 殉教者
3章 祖国を後にした人々
4章 イスラーム神学校
5章 教育と若者
6章 ヴェールの向こう側
7章 カリスマなき共和国
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
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適当に手にとったこの一冊…
すごく有意義な時間を過ごした感
まずイランイラク戦争を知れたこと
次に授業で聞き流してたホメイニーが知れたこと
そしてイランは意外と日本人のmeからみても普通だということ
それを感じたのは女性の権利を求める運動
なんとなく男尊女卑的なイメージがあったけど、識字率の上昇、裁判顧問の女性投入、そして女性の参政権
やはりもとめるものは同じなのだなと
あとイスラーム的とはいえ学問が重視されてることも意外
とにかくイランというイメージが変わった
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本書はイラン革命からハタミ大統領再選までのまさに『現代イラン』を、7つのテーマからその実態を浮き彫りにしている力作です。この類いの本はジャーナリスティックな観点から書かれたものが多く、表面的な事実の記述に終始しているケースが多いのが現実です。しかし、本書の著者は女子神学校にも入学し、そういった生の体験を通じて描き出された、「内側」からのイランの姿をとてもリアルに感じましたし、私の中で持っていたイラン像というものがかなり変わりました。文化・社会だけでなく国際政治という観点からも、恰好のイラン入門書だと思います。
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革命と戦争は人々の運命を大きく変えた。イスラム革命を守るために戦場に向かう若者がいる一方で、反革命の疑いをかけられて祖国を追われた人々や未来を悲観して海外に移住した人も多くいた。アメリカの西海岸ロスに多くイラン人がいる。イランゼルスと呼ばれている。
ペルシャ語以外にイラン人としてアイデンティティ形成で重要な役割を果たしているのが、各種の伝統行事である。
イランは若者の国である。
イランの人々はイスラム革命を成し遂げ、内外の圧力に耐えイスラム国家を守り抜く中でムスリムとしてのアイデンティティを取り戻してきたが、その一方で静養を敵にまわし、孤立したことで国際社会から取り残されてしまった。
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日本にも大勢住むようになったイラン人。
文化の違いはあるが、古くからの文化を持つところは共通部分がある。
宗教と政治以外に、教育について詳しく書いている。
現地での、食事、生活、文化が、本文からはあまり見えてこない。
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2001年刊行。著者は学習院女子大学助教授。◆当然のことだが、イラン革命関連の叙述が多い。その内容、社会に対する影響等が細かく解説される。
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25/100冊目
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現代イラン、と言いつつ、10年前の本。
社会面の記述が多く、もっと政治面の話を知りたかったな〜、なんて。
イスラーム法を基軸としつつ、超法規的措置とか憲法に記述されていない機関に権限を与えて法律を作成したり、色々上手いことやってんな〜て思った。
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「テヘランでロリータを読む」を読み始めたものの、そもそもイランのことを何も知らないことに気付かされて手に取った。
20年前の本だけど、「テヘランでロリータを読む」の中で描かれている時代とは比較的近いようなのでまあよしということにした。
イランが革命前の近代化政策で、女性のヴェールを禁じていたことは全く知らなかった。
また、革命により、女性の地位や自由が脅かされた一方で、男女別学が進んだことで父親から就学への理解を得られるようになった人がいたことや、女性へのサービスは女性が提供すべきとの考えの下、女性の就労率が上がったことは意外だった。
革命では女性の権利が脅かされる一方だと思っていた。
結びの章のアーシュラーの話が印象的だった。イランにまつわる「イスラーム教保守派」「革命」という文言を聞くと、なんだかそわそわしてしまうけれど、もう少し解像度を高めると、帰郷した際のおみやげをつまみながらおしゃべりに興じるような、わたしたちと同じようなイラン人の姿も垣間見える。
この本を読んで、いまのイランの姿はどうなのか、また、タリバンが実権を握ったアフガニスタンの現状を知りたいと思った。